プロローグ ディストピア
空に昇った月は観測者だ
蝋燭に灯った火が、風に煽られ揺れる様を、
口を大きく開けた女性の影絵が、しきりに動くのを、
月は見ていた
深い夜の帳を払うような、心を慰めるような光で、
熱を持たない、あまりにも無感情な柔らかい光で、
月はただ見ていた
____________ユトレシア王国・スラム街
「___私は、誇り高き貴族の家柄で---」
ユトレシア王国の中心にある4層のスラム街
最下層〈コキュートス〉で母は俺に言い聞かせていた。
自分の家は名門で上位の貴族であったのだ
とか。
王国全土の管理を自分は任されていたのだ
とか。
王国を統治している現国王オキはスラム出身の王国を汚すスパイであるだとか。
そのどれもが世迷言だったことを幼いながらにして俺は理解していた。
ただ誰もがその言葉を世迷言と切り捨てる中、唯一母自身は、自分の言うことをずっと信じ続けていた。
キィキィと感高い声は、今日も響いている。
「壊れたバイオリンみたいだ...」
何を喋っているのかなんて聞く気はない
正しくは聞く余裕はない。
先月、十件先の家が燃やされていた。噂では食料が乏しく
飢えに支配された若者が結託しておこした騒動らしい
昨日は隣家から怒号と争いの音が聞こえた。今朝見にいく
と、そこには隣人だったモノが転がっていた。
明日は我が身だった
誰も生きること以外に使う余裕がない
「明日も誰か死ぬのかも、俺かもしれない」
夜の闇は、視界を遮れても静寂は守れない。
生きるための喧騒は今日もどこかで行われてる
「何も怖くない、何も怖くない」
ボロ布を頭までかぶり、自分だけの世界を作る。
明日死ぬか、今日死ぬか。
死への恐怖を本能は怖がっていた。
しかし意志は退廃的に生きることにも意味を見出さない
果たして死んだように生きることと、死ぬこと
そこに差はあるのか
「...明日はどんな日になるかな」
こんな世界じゃ神様だって明日のことなんか
分からない
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世界に五つある大陸
そのなかでも最大の陸地面積を誇るエルデン大陸
そんな大陸の北側に置かれた国家[ユトレシア王国]
ユトレシア王国は絶対王政を基本とした国家であり、
エルデン大陸の中で300年以上も続いてきた
由緒正しき国家。
であるはずだった。
_____3年前、突如として起こった革命は、ユトレシア王国を変えた
貴族と貧民の地位は入れ替わり、元貧民は
自分たちのために新制度を作っていった
なんとか国の上層部に残った元貴族は
300年の歴史を取り戻すため必死になった
そんなことスラムにいる彼らは、知らない。
知れるはずもない。
生きることで精一杯なスラムにいる人間にとっては
御伽噺のようなものだ
これは今を生きるために必死に生きる
なんでもない少年が、
生きるということに希望を見出せない
なんでもない少年が、
必死に足掻いて、足掻いて、足掻いた先で
『運命』と出会う
---そんなお話