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黄金のバラより愛をこめて~傾国の女皇帝と彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ~  作者: 星見だいふく
第一章01 プレリュードは突然に
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第三の男 (2)


食事の後、ユーリとナーシャは休むことになった。

当然だ。二人とも、一夜をほとんど眠らずに過ごしているのだから。爆睡しまくって、お目々ぱっちりなルティが寝すぎなのである。


「セレス、ボクについていなくても大丈夫だ。ルティも遊びに出たいだろうし、彼女を優先してあげてくれ」

「私、お部屋でちゃんと待てるわ」


そう答えたものの、一時間もすればルティも退屈を持て余すようになってしまった。

最初は窓から外を眺め暇をつぶしていたが、やっぱりだんだん飽きてきて。


部屋の中を、意味もなくうろうろと歩き回る。


「城の中、見に行ってみる?僕が案内してあげようか」


なんでか自室に戻るナーシャについて行かずに客室に残っていたヒスイが、にっこり笑って言った。

即座に、セレスが疑いの眼差しを向ける。


「何を企んでいる」

「ひどい言い草。君はユーリのそばを離れられないだろうから、僕が気を遣ってやってるのに」


だから怪しんでいるんじゃないか。

セレスの目は、そう言いたげだ。


「基本的に面倒くさがりな君が、自発的にそんなことを言い出すなど――何か裏があるに決まっている」


セレスに問い詰められても、ヒスイは素知らぬ顔だ。

二人に挟まれてルティもちょっぴりおろおろしてしまうが、ヒスイの誘いはとても魅力的で、結局彼と一緒に城の探検に出かけることにした。


「ルティを連れ回し過ぎるんじゃないぞ」


二人を見送り、セレスはため息をつく。それから、ベッドで眠るユーリのそばに戻ってきた。

すやすやと眠るユーリの寝顔を見つめ、知らず口角が緩む。


顔にかかる前髪を、そっと梳いた。

成長と共に赤みがずいぶん増したが、華やかな金色の髪。生まれた頃は、いまのルティと同じ、淡いストロベリーブロンドだった。柔らかくて、艶があって……こうして彼女を見守るのも久しぶりだな、と一人笑う。


セレスの使命は、宿主たるユーリを守ること。化神にとって宿主こそが己の存在意義であり、すべてである。

そんなユーリにとって、我が子は自分の命よりも大切な相手だ。だから、ルティが生まれてからは、ユーリの頼みでルティを優先するようになっている。


そのことに不満はないが……こうしてゆっくりユーリのそばにいられるのは、セレスにとっても幸福な時間だったりする。

……そんな時間に水を差す、無粋なノック音。


不快な気持ちは胸の奥にしまい、セレスは扉へ向かった。


「誰だ」


問いかけても、返事はない。

ナーシャではないだろう。ノックがずいぶん粗っぽくて、ナーシャではあり得ないような音だった。


扉の前に、人の気配はする。それも複数。

眉を潜め、セレスはそっと扉を開けた――途端、ごつい手が扉をガっとつかみ、無遠慮に開けてきた。


扉の前には、まったく見覚えのない男たち。ニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべ、品定めするようにセレスの身体を見ている。


「部屋を間違えているぞ」


そう言い捨て、セレスは扉を閉めようとする。でも男の一人が扉をつかんだまま離さず、閉めることを阻止してきた。

セレスは冷ややかに男たちに視線をやる。


「そうつれないこと言うなよ。あんた、そういう女なんだろ?レナートだけじゃなく、俺たちにもサービスしろよ」


男の一人がそう言うと、他の男たちも同意するように大笑いする。

……眠っているユーリが、目を覚ましてしまうじゃないか。セレスは眉間に深い皺を寄せつつ、部屋を出て扉を閉めた。


男たちと、改めて向き合う。




「なんだか美味しそうな匂いがするよ」


ヒスイに案内されながら城を探検していたルティは、ただよってくる甘い匂いに心躍った。

ヒスイが、意味ありげにニヤっとしている。


「ナイスタイミング。ほら、行くよ」


自分をぐいぐい引っ張ってくるヒスイについて、ルティは匂いのもとを追跡する。

向かった先は食堂……の裏にある厨房。料理人たちが、厨房の一角に集まっている。こっそりと覗き込むルティに、料理人たちはすぐに気づいた。

……ヒスイは、まったくこそこそしてないし。


「お、坊主か。相変わらず目ざとい……もとい、鼻ざといな」


どうやらヒスイは、しょっちゅう厨房に侵入しているらしい。料理人たちは慣れっこといった様子だ。


「お?その子があれか――噂の皇子様」


ルティを見て、料理人が言った。若い別の料理人が、え、という顔をしている。


「ど、どう見ても、女の子ですけど……?」

「ん?ユリウス皇子って、女だろ?」

「いやいや、年齢が合わなさ過ぎるって」


別の中年料理人が苦笑いで首を振る。やいやいと喋る料理人たちの隙間をすいーっと抜け、ヒスイの姿が見えなくなってしまった。


「おい、こら――」

「いいじゃん。今日ももらってくよ――あ、今日は五人分ね」


人だかりで、ヒスイが何をしているのかは見えない。ただ、料理人と何か言い合う声だけが聞こえてきて。

ふらっと戻ってきたヒスイは、手に焼き菓子を持っていた。


マフィン……というには適当感がだいぶ強いが、甘い匂いを放つ焼き菓子。ぽんと一つ、ルティにも渡してくれた。


「ありがとう!」

「――んん……仕方がねえな……」


ルティが目を輝かせるのを見て、髭の生えた料理人はぽりぽりと頭を掻く。

お姉様たちに持って行かなくちゃ、とルティが言った。


「僕らだけで食べようよ」

「えー。お姉様たちの分ももらってきたんでしょ?じゃあ、みんなで食べなくちゃ」


ちっとヒスイが舌打ちする。

……もしかして、皆の分とうそぶいて、ヒスイは一人で食べ切るつもりだったのかも。




まだほかほかしている焼き菓子を持って、ルティは急いで客室へ戻る。ユーリも、もう起きているだろうか。

でも部屋に入るより先に、ルティはユーリと出くわした。ナーシャも一緒だ。


「お姉様!ナーシャ!もう起きてたのね――お菓子もらってきたの。みんなで一緒に食べましょう」

「ヒスイ。また厨房に侵入してたのか」


ルティの持っている菓子を見て、ナーシャがずばり言い当てる。やっぱり、ヒスイはいつもお菓子をもらいに行ってるらしい。


ルティは、ユーリのそばにセレスがいないことに気付いた。


「……ああ。そうなんだ。ボクが目を覚ました時には、セレスがいなくてね。呼びかけてるんだが戻ってこないし、ナーシャにいま相談してたところで」


きょろきょろとしていると、ユーリがルティの内心を察して答える。

セレスが、無断でユーリのそばを離れるなんて珍しい……。


「それで、僕も呼びかけてたんだが――ヒスイ。セレスがどこにいるかわかるかい?」


ナーシャが、自分の化神であるヒスイに向かって言った。


化神同士なら気配を探れるから、ヒスイなら見つけられるんだっけ。ルティがヒスイを見ると、ヒスイは黙り込んでいた。

セレスの気配を探しているのかな……?


「ユリウス殿下、ゆっくりお寛ぎ頂けましたでしょうか!ご不足の品などはございませんか」


ヒスイが答えるより先に、やたらとよく通る声で呼びかけられる。

バルリング軍隊長だ。

タイミングを見計らい、ユーリのご機嫌うかがいに来たらしい。この人、意外とマメなんだな、とルティはちょっとだけ感心した。


「キミの気遣いに、ボクは大いに満足している。あまり大仰に構えないでくれ。キミたちの本来の仕事の邪魔をするつもりはない」

「ははっ!殿下の寛大なご配慮!私、感服でございます!」


腰を九十度ぐらい曲げ、軍隊長がガバっと頭を下げる。

ユーリにせっせとゴマをする軍隊長をルティも苦笑いで見ていると、廊下の向こうからセレスが戻ってくるのが見えた。

片手に、うす汚れた風呂敷包みを見って。


「お帰り、セレス。姿が見えないから心配したよ」

「すまない。すぐ戻るつもりだったんだが、思ったより時間がかかってしまった――バルリング軍隊長殿」


セレスに呼びかけられ、軍隊長が顔を上げる。

格下と見なしている女に気安く呼び掛けられるのは不愉快らしく、露骨に嫌そうな顔をしていたが、セレスは構わず持っていた風呂敷包みを突き出す。


「……なんだこれは」


汚らしい風呂敷に、ますます嫌そうな顔をする。乱暴に包みを開け……中を見た瞬間、声を裏返して悲鳴を上げた。

風呂敷包みを放り出し、腰を抜かして。包みの中身が、ゴロンゴロンと転がる。


「きゃあっ!」


自分の足元に転がって来たものを理解した瞬間、ルティも悲鳴を上げて思わずヒスイにしがみつく。ルティの足元に転がってくるものを、ヒスイはボールでも蹴飛ばすように足で追い払う。

……風呂敷の中身は、人間の首。たぶん、男の人……恐ろしくて、しっかり確認することができない。


「私に勝負を挑んできたのだが、思っていた以上に弱くてな――これほど腕がないと分かっていたら、もっと手加減したのだが。仮にも自ら挑んできた人間が、ここまで雑魚だとは思わなかった」


平然と言ってのけるセレスに対し、おやおや、とユーリが呆れたように口を挟む。


「人間はキミたちよりずっとか弱い存在なのだと、前から何度も話していただろう。生身で勝負をするのであれば、思いきり手を抜かなくては」

「すまない。修行不足だった」


転がった首をセレスとナーシャが集めてもう一度風呂敷に包み込み、軍隊長に差し出す。

腰が抜けたままの軍隊長は、自分の目の前に置かれたものからわずかに後ずさった。

……生首が恐ろしいのか、それを前に平然としているセレスたちが恐ろしいのか。


「とは言え、任務外で兵士が命を落とすというのは、あまりよろしくないことだな。軍隊長殿、キミの権限で上手く処理してもらえないだろうか」

「そ、それは……」


軍隊長は青ざめたまま、目を泳がせる。

不祥事をもみ消せと、命令されている――否、脅迫されている。軍隊長は、きっとそう感じていることだろう。ルティですら、遠回しな脅迫に感じるぐらいだし。


結局、軍隊長は頷くしかなく、彼が頷くのを見たユーリは清々しい笑顔で軍隊長を残し、さっさと部屋に入った。




「食べないの?」


持ってきた焼き菓子をもぐもぐしながら、食べようとしないルティに向かってヒスイが尋ねる。

ルティは眉を八の字にした。


丸くてふわふわなこの焼き菓子……さっきの首にも見えてしまって、なんだか食べづらい……。言われてみると、色も絶妙に見ているような気がするし。


「本当にすまなかった、ユーリ。無断でそばを離れたばかりか、君の手間を増やしてしまった」

「気にすることはない。よほどのことがあったのだろう?」


謝罪するセレスに対し、ユーリは笑いかける。

セレスは答えなかったが、訳知り顔でヒスイが口を挟んだ。


「どうせ、女のセレスを襲おうとしたんでしょ。あいつらがやりそうなことだよ」

「……やはりそうか。男ばかりの集団だから、その危険は僕も考えていたが」


ナーシャも表情を曇らせる。

ぎくりと、ルティも身体を強張らせた。


男ばかりの集団の中に、女の自分たち。それがどれほど危険なことか、まったく自覚していなかった。

セレスやナーシャたちが守ってくれるから、自分の身に降りかかる危険について、かなり無防備な自覚はある。


急激な不安に襲われるルティの手を、ユーリが優しく握ってくれた。


「大丈夫だ。明日の朝には出発する。セレスもナーシャも、ヒスイもいる。何よりボクがついてる。危ないことなんて、何もないさ」


自分を励ますユーリの手を、ルティもぎゅっと握り返した。


「そうそう。あいつら、ここでもかなり最低な部類に入るから――いいよね。ユーリなら罰せられることもないから、好きに反撃できるし。セレス、ついでに何人かウザいやつ片付けて行ってよ」

「こら」


物騒なことを話すヒスイの頭を、ナーシャが小突く。

二人のやり取りを見て、もしかしたら、ナーシャもセレスに殺された男の人たちに、何か迷惑なことをされていたのかな、とルティはこっそり考えた。


でも、ヒスイはやり返せない――やり返してしまうと、かえって、ナーシャの立場を危うくしてしまうから。

皇子の地位を振りかざせるユーリだからこそ、自分の化神が相手を死に至らしめてしまっても、お咎めなしでいられるのだ。


「しかし、理解できないな。化神に欲情するなど」


ぽつりと、セレスがため息まじりに呟く。人間ってバカだからね、とヒスイが言った。


「すぐ見た目で判断する――僕のことも、普通の子どもと思って侮ったバカがたくさんいたよ。僕で懲りたかと思ったけど、やっぱりバカはどこまでいってもバカ」

「その言い草はどうかと思うが、同意せざるを得ないな。人間の姿をしていても、我々は人間ではない……」


ヒスイとセレスの会話を聞き、ルティはじっと黙り込む。

ぱく、と。ごく自然に、冷めてしまった焼き菓子を食べる。


姿は人間と同じでも、化神は人間ではない。人間らしい感情を見せてくれるけど、でもどこか人間とは違っていて、彼らの感性は異質だ。

……知っていたつもりだけど、あらためていま、それを思い知らされた。


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