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会議は踊る されど (1)


翌朝には帝都からグライスナー参謀率いる兵士たちがやって来て、皇太后ドロテア含むオルキス人たちは厳重な警備のもと連行されることになった。


ルティは一人、馬車に乗っていた――ユーリは皇太后ドロテアを護送する馬車なので、一緒ではない。化神持ちの紋章使いである皇太后を見張れるのは、ユーリしかいないから。

ナーシャやグライスナー参謀、化神たちも見張りに行ってしまったので、ルティに付き添っている余裕がないのだ。


大丈夫かな、とルティは心配だった。特にユーリのこと。

だってユーリは妊娠中で……いつもよりずっと、大切に守られるべきなのに。


「怪我は良くなったか」


馬車の外から声を掛けられ、ルティは外を覗いた。

馬車のすぐそば――馬に乗ったフェルゼンがいる。化神なのに馬に乗ってるなんて、ちょっと不思議な光景だ。


「心配してくれてありがとう。怪我はセレスに治療してもらって、完全に消えたよ。フェルゼンたちは大丈夫?お母様……お姉様、大丈夫かな?」

「皇太后ドロテアは大人しくしている。私も様子を確認してきたが、拍子抜けするほどに」


あれは演技などではなく、本当に敵意を失っているのではないか、とフェルゼンは感じていた。


ユーリがナーシャの子どもを宿しているということが、皇太后に強いショックを与えたのではないだろうか。

ナーシャの子ども……それはつまり、オルキス王家直系の血を引く子どもということだ。


仇の后になってまでもナーシャを守ろうとした――そんな女性に、ナーシャの子どもは価値観がひっくり返るほどの衝撃を与える存在だろう。

……帝国への敵意を一瞬で喪失させるほど。


ユーリの妊娠が、皇太后にまで影響を与えるとはフェルゼンも思っていなかった。

ナーシャには、すべての葛藤も苦悩も吹き飛ぶほどの影響を与えるだろうと思っていた。これでナーシャの選択は変わる。それはフェルゼンも予想していた。


まさか、皇太后の選択すら変えてしまうとは。

尼僧院でナーシャが飛び込んできた時、ユーリの妊娠を知らされ、皇太后は激しく動揺した。だからユーリを封じこんでいた力が緩み、ユーリはその緩みを感じ取って反撃に出ることができたのだ。


皇太后が力を緩めずともユーリなら勝てたかもしれないが、あそこで皇太后が戦うことを放棄していなければ……母娘で殺し合うことになり、やはり凄惨な結果へと繋がっていたかもしれない……。


「ほとんど血が流れることなく争いが収束したのは、おまえのおかげだ。大手柄だったな」

「そうかな……。私のせいで、あんなことが起きたのに……」


ルティは、むしろ自分が危険を招いてしまったと思っているようだ。

そんなことはない、とフェルゼンはきっぱり否定する。


「おまえのおかげで、すべて上手くいった」


力強くそう言ったフェルゼンに、首を傾げながらもルティは頷いた。


オルキス人たちの復讐は、いずれ起きてしまうものだ。最初の世界は、冬――枢機卿ローヴァインを伴った際に決行された。

あの時のユーリはローゼンハイム帝であることに徹していたから、復讐者たちもためらわなかった。そしてローヴァイン卿の返り討ちに遭い、全員が殺されてしまった。


だが今回は、我が子を守りたい母としての姿を見せたために、復讐者たちはためらった。そのためらいが大きなチャンスを与えた――ナーシャが突入するまで、結局彼らは何もできないまま。

そのおかげで彼らも、容赦ない返り討ちに遭い皆殺しにされるという未来を回避することができたのだ。


フェルゼンはふと、馬車の中のルティを見た。ルティは浮かない表情で、まだ落ち込んでいるようだ。


「何かまだ、気になることがあるのか?」

「うん……あのね。ナーシャのこと。ナーシャ……これからも一緒にいられるよね?オルキスの王子様だってことが分かったけど、でも、ナーシャはナーシャだよ。ずっと私たちのことを守ってくれて、親切にしてくれた。だから……」


ルティが何を心配しているのか、フェルゼンにも分かった。

ナーシャの正体が発覚し、その話は、恐らく宰相ノエインドルフの耳にまで届いていることだろう。下手に隠し立てすると、かえって後が危険だ――話しておいたほうがいいというのは、フェルゼンも同意見だった。


しかし……ルティの危惧するように、やはり一波乱あることだろう。特に今回、オルキス王国の生き残りたちがユーリの命を狙ったのだから。

……ナーシャの処遇について、放置はできまい。




帝都グランツローゼの城では、皇后ヴィルヘルミーナたちがルティたちを出迎えた。

ミーナは、ルティが馬車から降りてくるとすぐに駆け寄ってくる。


「ルティ様!無事で良かった――ラヴェンデル尼僧院でとても恐ろしい事件が起きたと聞いて、心配していたんです……無事な姿を見て、ホッとしました」

「心配かけてごめんね。私もお姉様も大丈夫だよ」


自分の無事を確認するミーナに、ルティはぎゅっと抱きつく。ミーナも、心から安心した様子でルティを抱きしめた。


「ユーリ様――」

「心配をかけた、ミーナ。出迎えご苦労」


ルティが乗っていた馬車より少し後ろの馬車からユーリが降りてきて、ミーナに声をかける。

ユーリの後から、皇太后ドロテアがゆっくりと馬車を降りてきた――全員の視線が、ドロテアに集中している。

ドロテアは周囲の視線など目にも入らないようで、セレスと複数の兵士たちに見張られたまま、城へと入っていった。皇太后を牢に放り込むわけにはいかないから、厳重な警備が施された部屋に軟禁されることになる。その処遇が決まるまで。


……とても恐ろしい思いをしたし、きっと許してはいけない罪なのだろうけれど。

それでも、やっぱりユーリの生母なのだ。ユーリに彼女の罪を裁かせるのは、あまりにもむごい仕打ちだ……。


「レナート・フォン・リンデンベルク――貴公の身柄も預からせてもらう」


ミーナと共に出迎えた宰相ノイエンドルフが、冷酷な声で言った。

そんな、とルティは思わず声を上げた。


「オルキスの王太子アナスタシウス殿下とお呼びしたほうがよろしかったかな。此度のオルキス人たちの謀反について、あなたの関与も検めてさせていただく」

「ナーシャは何もしてないわ!同胞よりも、お姉様を選んで守ってくれたのに!」


ルティが咄嗟に叫んだ――ナーシャの弁護と宰相への非難で顔を赤くするルティの肩に、マティアスがそっと触れる。

それでルティもちょっとだけ冷静になり、口を閉ざした。


宰相の指示で、兵士がナーシャを捕えようとする。大柄なバックハウス隊長が、大きな声でそれを遮った。


「おい、退け。おまえたち程度では、何かあった時に対処できるはずもないだろう!俺がやる――余計な真似をするな!」


バックハウス隊長がナーシャの腕をつかむ。でも、ナーシャへの敵意は感じられなかった。


「口下手な俺ではろくな弁護もできんが……必ずおまえの嫌疑は晴らしてやる。いまは大人しくしていてくれ」

「分かっています。僕は何も後ろめたいことはありませんし、皆さんの判断に任せます」


連行される間、ナーシャとバックハウス隊長がそんなことを話しているのがルティにも聞こえた。

バックハウス隊長が責任者だったら、ナーシャは酷い扱いを受けたりしないはず。


「陛下。お疲れのところ申し訳ございませんが、このまま議会場へお越しください。リンデンベルク伯のことは早急に解決せねばならない問題ですから」


宰相が言い、ユーリは彼らと共に議会場へと行ってしまう。ルティは、不安な気持ちでそれを見送るしかできない――ナーシャの処遇についても心配だが、ユーリのことだって心配だ。

いまは大事を取らなくてはならない時期だし、旅で疲れて、色々と精神的なショックもあるだろうに……。




議会場では宰相を始め城で重職に就く貴族たちが集まり、今回のラヴェンデル尼僧院の後処理について話し合っていた。

セレスが皇太后の見張りに行ってしまっているので、ユーリの護衛はフェルゼンだ。

……皇帝を守る近衛騎士は、よりにもよって今回の議題に挙がっている人物。他にユーリを護衛できる人手がなかった。


「ちょっと。うちのナーシャは助かりそう?」


議会場の片隅に控えているフェルゼンの頭上から、ヒスイの声が聞こえてくる。

なぜおまえがここにいる、と問うよりも先に、右肩に乗ったシャンフもヒソヒソ話しかけてきた。


「どうやらいまは皇太后のことみたいだな。ナーシャはこの次じゃないか?」

「……おまえはヒスイの見張りではなかったのか」


ナーシャ同様ヒスイもまた、監視の対象となっている。化神が相手となれば、同じ化神のシャンフが見張りの役を与えられるのが自然な流れ。

彼らがここにいたらおかしいだろう……。


「だからちゃんと見張ってるじゃん。ほら」


何の問題もないだろう、と言わんばかりにシャンフがフェルゼンの頭に乗るヒスイを指差す。

たしかに、見張ってはいる。見ては……いるのか、一応。それでいいのか……。


「シャンフの言う通り、いまは皇太后の処遇について話し合っている。オレーク・カルロフは彼女の無実を訴えているが、化神持ちであることと彼女の地位を考慮すると、無罪放免とはいくまい。だがやはり、何と言っても彼女は皇帝の生母。放置はできないが、罰を与えるべきと自ら進言するのは恐れ多い――そのような微妙な空気の中で議論が進み、なかなか結論が出ぬ状態だ」


フェルゼンが説明した。


女性……それも皇帝の生みの母を罰するというのは、やはり腰が引けるもの。

宰相ノイエンドルフを始め数人はお構いなしに処罰を進言しているが、ぼんやりとした反対の声も多い。はっきり反対はしないが、さすがの宰相も無視できない程度には物申している。


要するに、皇帝に決定させようと丸投げしている状態ということだ。自分たちで責任を取りたくないから。


「ルティを怖い目に遭わせたんだし、オレとしては死刑でも全然いいと思うんだけどな。今後も生きてると色々面倒くさそうじゃん。ユーリに母親らしいことなんて何一つしてやらない女で、助けてやる義理もないしさ」


宿主のマティアスと、彼が愛している女性たちだけが大切なシャンフは皇太后に冷酷だ。

でも、と言葉を続ける。


「そうは言っても、やっぱり母親だもんなぁ。ユーリだって傷つくよな」

「後々のことを考えると処刑したほうがいいっていうのは、きっとそうなんだろうと僕も思う。だけど、ナーシャも多分引きずる――覚悟はしてるだろうけど、だからと言ってすっぱり割り切れる性格でもないし」


ヒスイが言った。彼にしては珍しく、感傷的な声色がある。

ナーシャにとっては自分を守り育ててくれた相手でもあるから、シャンフのように皇太后に対して冷酷にはなれないらしい。


「でもさぁ。これでユーリが温情をかける決定を下して、また皇太后絡みで何か起きたら、ユーリがグチグチ言われるんだろ?不公平だよな」


シャンフがため息を吐き、それが皇帝の役割だ、と返事をしながらも、フェルゼンも内心同意していた。


だからこそ、宰相は処刑の進言をしている。自分が憎まれ役を引き受け、皇太后は始末してしまう――彼なりにユーリを想ってのやり方だ。

結局はユーリが傷つく、冷酷な選択肢ではあるが……宰相の彼には、この譲歩が精一杯だろう。


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