↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/230

冬の日の思い出


それはまだ、ユーリが辺境地の城で暮らしていた頃の思い出。


馬に乗り、シャンフだけを連れてユーリの暮らす城へとマティアスは向かう途中であった。

季節はすっかり冬になり、どこまでも真っ白な雪が積もっている。昨夜も雪が降ったので、まだ地面に積もる雪は柔らかく、進んだ跡には馬の蹄がきれいに残っていた。


「おっ。セレスっぽい気配だ。ユーリも近くにいるんじゃないか?」


人形サイズになって、マティアスが羽織るマントの中にすっぽり隠れていたシャンフが、顔を出してそんなことを言った。

あっち、とコートを引っ張ってくるシャンフに、破れる、と短く言い、シャンフが指す方向へと馬の進路を変える。


馬を歩かせて二十分ほどで、ぼんやりと人影が見えてきた。

――ユーリだ。


娘とお揃いのマントを着こんで、幼いルティに雪を見せている。

雪の上に降ろされたルティは不思議そうな顔で歩き、ふわふわとした踏み心地に喜んだ。


楽しそうに雪を踏んで笑っていたが、まだよちよち歩きのルティは何もないところでも転んでしまうことも珍しくなく、いまも、ぽてっと雪の上で転んだ。

雪が冷たくて泣いている――ユーリは娘を抱き起こし、優しい笑顔であやす。


二人を見守っていたセレスが顔を上げてこちらを見、それからユーリに何か話しかけた。

ユーリも顔を上げてマティアスを見つけ、ルティに話しかける。


泣き顔のままルティも振り返り、マティアスを見つけるとすぐに抱っこをせがんできた。


鼻の頭を赤くして泣きじゃくるルティの頬を、両手でそっと包む。

すっかり冷たくなってしまった頬――ルティは泣き止み、きょとんとした顔でマティアスを見上げていた。


ルティはマティアスが抱っこをして、自分が乗ってきた馬にユーリを乗せ、みんなで辺境の城へと帰っていく。

途中で雪が降り始め、冷たい空気に、吐く息は白く染まる。けれど、腕に抱いた小さなぬくもりのおかげか、不思議と寒さは感じなかった。




目が覚めた時、ずいぶん昔の夢を見たものだ、と思いながらマティアスは身支度をした。

帝都もすっかり冬。辺境地の城ほどではないが、グランツローゼの城も雪に覆われ、登城してみれば、雪の積もった中庭で雪玉づくりに勤しむルティを見つけた。


「おはよう、マティアス。今朝もとっても寒いね」

「おはようございます」


マティアスを見つけ、ちょこちょこと駆け寄ってきたルティは、鼻の頭を赤くして笑顔で挨拶する。

大きくなって――ここ数年でぐっと大人びてきていたが、こういうところは幼い頃のままだ。


「スノーマン作ってたんだ。お姉様に見せるまでに、溶けないといいんだけど」


ルティがちらっと振り返り、ミーナと一緒に作っていた雪だるまを見る。

人形サイズのシャンフたちと、そう大きさの変わらない、ちょっと歪な形の雪だるま。心なしか、顔の配置がユーリのようにも見えた。


「大変すばらしい出来栄えです」


マティアスが言えば、えへへ、とルティがはにかむ。

でもすぐに顔をしかめ、くしゅんと可愛らしいくしゃみをしていた。手を伸ばし、そっと彼女の頬に触れる――家臣でしかない身で、不敬な行為だと理解していたのだが、つい。


一瞬きょとんとなった後、ルティは笑った。


「お部屋に戻られて、お身体を温めてください」


すっかり冷たくなってしまった頬に、マティアスはそう言った。

そうですね、とミーナが同意する。


「そろそろ戻りましょうか。お部屋で、温かいココアでも」

「うん――またあとでね、マティアス」


ミーナと手を繋いで部屋へと帰っていくルティを、頭を下げて見送る。

彼女たちが見えなくなった後、マティアスは改めてルティが作った雪だるまを見つめ、それから自分も政務室へと向かった。




「エルメンライヒ候。貴公の化神に、陛下を連れ戻させろ」


政務室に着くなり眉間に深い皺を刻んだ宰相ノイエンドルフにそう言われ、マティアスは黙り込む。

いったいどういうことなのかとマティアスが問いかける前に、宰相は不機嫌な様子で説明を付け加えた。


「兵舎に見学に行ったきり、陛下が戻ってこられぬ。どうせバックハウスが、あれやこれやと陛下を引き留めているのだろう――実力行使で連れ戻させて来い」


バックハウス隊長が相手では、シャンフに頼まないとユーリを実力行使で連れ戻すのは無理だろう――マティアスは頷き、シャンフをユーリのもとへ向かわせた。


帰って来るのを待っている間に、宰相と二人で先に仕事を始めたが、予想通り、シャンフは数分と経たずにユーリを連れて戻ってきて。

……ついでに、ユーリを追いかけてきたバックハウス隊長のおまけ付き。


「陛下。さっさと席についてください――バックハウス。貴公もとっとと戻れ。そちらもとうに職務の時間だろう」

「うっ……だ、だがまだ、陛下を兵舎の地下にご案内していなくて……」


宰相ノイエンドルフの鋭いつっこみに、彼にしては珍しくバックハウス隊長はしどろもどろで言い訳をする。ユーリを抱きしめ、まだ彼女と離れたくないと言わんばかりの様子だ。

そんなやり取りを眺めていたマティアスの机に、まるっとした白い文鳥がとまる。


ちゅんっ!と胸を張って鳴く鳥の脚には、手紙が。

――お手数をおかけしますが、うちの脳筋の返却をお願いします。頑丈な男ですので、実力行使で構いません。


「シャンフ。バックハウス伯を兵舎へお連れしろ。実力行使で構わぬと、グライスナー伯からの許可ももらった」


マティアスが言えば、シャンフはべりっとユーリからバックハウス隊長を引きはがし、問答無用で引っ張っていく。

さすがのバックハウス隊長も、化神の力には敵わない。

……それでも、出入り口にしがみついて抵抗されたら、シャンフもちょっと対応に困っていた。


「大人しくしないと、いくらあんたでも怪我するって」


隊長の両足をつかんで引っ張るが、これ以上やると隊長の身体を引きちぎってしまう恐れもある。

手加減しないわけにもいかず、バックハウス隊長も渾身の力で政務室の出入り口にしがみついていた。


「ラファエル」


膠着状態に陥ったバックハウス隊長に近づき、ユーリが笑いかける。


「今日も職務に励んでくれたまえ。ボクのために」

「もちろんです!」


ユーリのために。

美しい笑顔を自分に向けられ、バックハウス隊長がデレっとなって返事をする。


それで力が緩んだ隙に、シャンフはずるずるとバックハウス隊長を引きずって行ってしまった。


「うむ。では、ボクも仕事だな!」


コロッとユーリも気分を変え、何事もなかったかのように席に着いてせっせと書類仕事に取り掛かっていた。

彼女もまた、切り替えの早さは見事なものだ。


ユーリが真面目に仕事を始めれば、宰相も黙々と仕事に専念していた。もちろんマティアスも、二人と共に仕事に取り掛かる。


グランツローゼの城に来て、皇帝となって。

国から忘れられて育った少女だったというのに、ユーリは苦悩する様子もなく皇帝としての責務を果たしている。

即位前後は彼女の能力を疑問視する声もちらほらあったが、いまグランツローゼの城でユーリの資質を疑う者はいないだろう。


その光景に、皇帝となる運命を背負って生まれてきたのだと、マティアスも納得するしかなかった。

……皇帝として、家臣から慕われるのは必須の能力ではあるが……彼女の場合、ちょっと惹きつけ過ぎている気も。


「いかがなされました」


真面目に書類に挑んでいたユーリが手を止め、あからさまに悩んでいる様子を見せたので、マティアスは声をかけた。

もう飽きたのだろうか、と一瞬考えたが、ちょっと違うような。


「うん……この書類の数字が、ボクの計算と合わない気がするんだ。ノイエンドルフ、キミも意見をくれないか」


こちらを見ていた宰相ノイエンドルフも立ち上がり、ユーリから書類を受け取ってざっと目を通していた。


「……たしかに。いささか数字に不審がございますな。エルメンライヒ候、資料保管庫からバールケ地方の報告書――過去三年分持ってこい。それから、これについて貴公も計算のし直しを」


マティアスは了承し、保管庫へ向かった。

――そう言えば、ほんの数年前まで自分はそこの番人だったな、ということをちらりと思い返しながら。

今日はやたらと、昔のことを考えるものだ。




仕事も終わり、屋敷へ帰るために暗い廊下を歩く。日が暮れるのも早いから、空は真っ暗で、城内も灯りだけでは心もとない雰囲気だ。

中庭に面する廊下――行きも通った場所を通れば、今度は中庭で、ユーリの姿を見つけた。


「ユリウス様」


暗い中庭でごそごそしているユーリに声をかける。ユーリが振り返り、いま帰りか、とニコニコと笑顔で寄ってきた。

そんな姿は、朝見かけたルティにそっくり。


「ルティの素晴らしい作品に、ボクの創作意欲も刺激を受けてね。なかなかの出来栄えだろう」


そう言って、誇らしげに自分で作ったらしい雪だるまを披露する。

ユーリは先に仕事を終えて政務室を出て行っていたが……もしかして、あれからずっとここで作っていたのだろうか……。


マティアスが返答に困っていると、くしゅんとユーリが可愛らしくくしゃみをする。

……そんなところまで、ルティそっくり。


よく見てみれば鼻の頭が赤い。そっと頬に手を伸ばせば、一瞬きょとんとなった後、ユーリは嬉しそうに笑った。

本当に何かもそっくりな母娘で、知らず、マティアスの頬が緩む。


このような姿は見られるべきではないと分かっているのだが、どうしてもユーリから離れがたくて。抱きしめたい衝動と必死で葛藤し、ただ立ち尽くすばかり。

やはり自分も、バックハウス隊長のことは言えないな……。


「……マティアス。このままボクの部屋へ寄っていくといい。キミも手が、すっかり冷たくなっている――報告書の精査し直しで大変だったキミを、ボクからも労ってあげよう」


マティアスの手に自分も手を伸ばし、甘えるようにすり寄って、上目遣いにユーリが言った。

断れるはずもなくて、返事の代わりに顔を近づけてしまう。


こら、とユーリが笑って咎めた。


「そういうことは、部屋に着いてからだ。ボクも一応、キミの立場を思いやっているんだぞ」


ユーリの気遣いに感謝すべきなのだが、いまは素直にどうしても不満な気持ちがくすぶってしまって。自分の手に重ねられたユーリの手を取り、彼女の手に口付けた。

――それから、いつもより足早に、彼女と共にユーリの部屋へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。