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分断 (4)


サイの相棒でもある化神アインに乗り、ジェニスたちは崖下へと逃亡したローゼンハイム皇帝を追っていた。


アインは大きな虎で、男を二人乗せても軽々と走り、山岳地帯特有のでこぼことした道もものともせず、木々の隙間を縫ってローゼンハイム帝を追跡している。

ジェニスの化神は戦闘に超特化してる分、こういった追尾やサポート能力はゼロなので、完全に他人任せである。


「どうやらあちらさん、お仲間と合流するつもりはないようだねぇ」


言葉を介さずとも、サイは虎の化神と意思疎通が取れるらしい。それは、ジェニスにも理解できた。

自分の化神も大鎌という無機質な道具であるが、なんとなくこれとは心が通じ合っている……ような気がする。自分が奇人過ぎるだけの可能性もあるが。


「んー……なら、どこに向かってんの?闇雲に逃げるタイプには見えなかったけど」


戦闘力はゼロで守られるだけの弱っちい存在ではあったが、目もいいし、頭も悪くなさそうだった。実際、化神の能力ありきとはいえローゼンハイム帝の機転で彼女たちを逃がしてしまったわけだし。


自分たちの包囲網から逃げ出すことは、そう簡単なことではないはずだ。

さすがはローゼンハイム皇帝……ということにしておこう。


ディートリヒが予定よりも早く勘付かれてしまって、自分たちが飛び込むタイミングも大幅にずれてしまった。その上、相手の能力も優れていたのだ。自分たちはベストを尽くした――落ち度はない。


「水の匂いがすると言っている。たしか……川があるんじゃなかったかな」

「川か。あの女化神は水の力を使ってるから、向こうに地の利があるわけか。いいね、楽しくなりそうだ」


強い相手と戦うのは大好きだ。向こうがさらに強化されるというのなら、願ってもないこと。

ニヤニヤと笑うジェニスの気配を背中で感じ取り、サイはため息を吐く。


「私は御免だねぇ。楽に片付くなら、それに越したことはない。あまり失敗が続くと、評価と報酬が下がってしまう」


話している間に、駆け抜けていた木々の隙間から人影が見えてきた。


女物の軍服と、大柄な男の組み合わせはよく目立つ。ローゼンハイム帝は、自身の化神に抱えられているようだ。

……障害物だらけで化神も全力を出せないとはいえ、化神のスピードに追いついて走れる男がおかしい。


「バックハウス、跳べ!」


セレスが叫び、二人は崖下へと飛び降りた。

崖と言っても、今回は五メートル程度。しかも、下は川だ。水を操れる化神がついているのなら、これぐらいのジャンプはどうということはないだろう。


あたりを白い霧が包み、ジェニスも手に持った大鎌を改めて構えた。


「化神のほうはオレだからね」

「はいはい。大紋章の回収が最優先なことだけは、忘れないでくれよ」


ジェニスも川へ向かって飛び、風を唸らせて霧を吹き飛ばす。

さっきは紋章を使っても消えることのなかった霧も、今度はあっさり消え去っていった。

――ローゼンハイム帝も限界だ。


川へ向かって飛び降りた彼女たちは、川の上に立っていた。

水に沈むことなく水面に立ち続ける姿……疑問を感じる余地もない。それぐらいなら、紋章の力を使えば自分たちにも可能なのだから。




再び小さくなったユーリを片手に抱き、セレスは大鎌の男とし烈な攻防を再開していた。

鎌と剣の動きはなんとか目で追うこともできるが、いまの自分では、助けになるどころか足手まといになって終わりだろう。


だからいまは、せめて彼女の邪魔にだけはならないように努めないと。この虎を足止めして、セレスたちを攻撃させない。

セレスから渡された武器のおかげで、辛うじてやられることなくいる。


「いや、恐ろしいですねぇ。化神の力を借りているとは言え、アインを相手に生身の人間が互角以上に戦えるとは」


大虎の宿主は、少し距離を取って自分たちの戦いを傍観していた。

彼も決して、弱くはない。バックハウス隊長が持っている武器を警戒して、あえて傍観者となっているだけ。


隙を見せれば確実にやられる。

向こうが、消耗しきったバックハウス隊長を狙うべきか、セレスが抱えているユーリを狙うべきか様子をうかがっている――この男も、できるだけ自分に引き付けておかないと。


「おまえたちは――やはり、エンデニル教団の人間か!?」


隊長が言えば、虎の宿主がわずかに考え込むようなそぶりを見せた。

お喋りは好きそうなタイプだ。予想通り、自分の言葉にも反応している。


「……そうですねぇ。喋っちゃダメとは言われてませんし、バレバレですから、隠す必要もありませんかね――その通りですよ。我々の雇い主はエンデニル教団です。ローゼンハイム帝の大紋章を回収してくることと、ディートリヒ殿下がカルタモと合流できるよう手助けしてくるよう派遣されましてね」

「ディートリヒは、なぜおまえたちに寝返った!?」


長い牙をなんとか剣で押し返し、横に転がって飛び掛かる虎を回避する。

だがすぐに虎は次の行動へと移り、結局また力での押し合いだ。意地と根性で食らいつくが……いまは、この状況が続けば、いずれ押し負ける……。


「それは知りません。理由を考えるのは私たちがすべき仕事ではありませんから」


もっともだ、と心の中で同意する。

ディートリヒが裏切った理由など、彼らが知るはずもない。彼らが原因とも思えないし、やはりこれは、苦し紛れの質問だった。


虎に圧されているふりをしてわずかに後退し、タイミングを見はからって剣に噛みつく虎を受け流す。

一瞬だが、虎が背を見せた――剣を振りかぶろうとしたバックハウス隊長は、小さな悲鳴に気を取られ、絶好の機会を逃してしまった。


「陛下!」


バシャっと水音がしてユーリの声らしきものが聞こえてくる。思わず顔を上げれば、セレスの腕から跳ね飛ばされたユーリが、川の上に落ちたのが見えた。


小さな身体では落下のダメージが大きすぎるのか、ユーリはすぐに起き上がれない。

セレスも焦ったようにユーリを見ているが、大鎌の猛攻を防ぐのに精一杯で。虎の宿主が動き、短剣を手にユーリに迫る。


追いかけようとしたバックハウス隊長は、背中に受けた衝撃に崩れ落ちそうになった――虎の長い爪が背中の肉を切り裂く。膝をつきかけたのを歯をくいしばって耐え、よろよろと走った。

当然、間に合うはずもなくて。


「陛下……!」


手を伸ばすも届かない。目の前で短剣が振り下ろされ……。

水飛沫を上げて、ユーリは霧消した。


「――は?」


目前で消え去ったものに、虎の宿主も目を瞬かせている。バックハウス隊長も、呆気に取られてあんぐりと口を開けたまま、目を丸くした。




「ははーん。やっぱ、あれは幻覚だったわけかぁ」


攻防の手を一切緩めることのないまま、ジェニスが言った。


いくら化神が規格外に強いと言っても、人間一人抱えて能力がまったく衰えないのはおかしいと思った。最初から、見せかけの姿だったのだ。

ローゼンハイム帝がそこにいると見せかけるために、セレスも抱きかかえているふりをしていた。

小さな姿にしていたのは、さすがに大きなままでは不自然すぎると思ったからだろう。


水鏡――霧は、ただの目くらましではなくローゼンハイム帝が幻と入れ替わるための布石だ。


「本物はどこかな?」


ジェニスはニヤニヤと笑い、セレスは表情を変えることなく、防戦一方から攻撃に転じてきた――ジェニスを自分に引き付けようと。

自由に探されると困る……ということか。ローゼンハイム帝は、確実にこの場にいる。




「幻を作れる能力だったとは。これはまたなかなか厄介な」


サイはため息を吐き、周囲を見回した。

のんきに傍観している場合ではなかった――相棒にバックハウス隊長を、相方にローゼンハイム帝の化神を任せている間に、自分はローゼンハイム帝を見つけ出して仕留めておくべきだったのに。


だがバックハウス隊長は、すでに満身創痍だ。トドメを刺して、自身の化神にローゼンハイム帝を見つけさせれば……。


これ以上長引かせるわけにもいかない。化神に力を与え、一気に終わらせてしまおうとしたその時。

ガクッと、右足が深みにでも落ちたように水の中へと引きずり込まれた。


急いで足元を見れば、自分の右足のくるぶしを、誰かが引っ張っている。


「アイン!」


サイの呼びかけに応じ、虎が全速力で突進してくる。自分の宿主目掛けて真っ直ぐに。

左足でしっかり踏ん張って、サイはギリギリのところで虎をかわした。アインの突進をもろに食らったのは、川から引きずり出されたローゼンハイム帝であった。




虎の突進によって跳ね飛ばされ、激しく咳き込みながらなんとか起き上がろうとするユーリを、虎が狙っている。

ユーリの身体能力では、あの虎からは逃げ切れない。


ユーリのもとへ駆け寄ろうとするが、がっくりとついた膝は笑うばかりで、自分の言うことをまったく聞かない。

とうに限界を迎えていたバックハウス隊長も、ついに体力が完全に底をついてしまった……。


急旋回で方向を変え、虎は速度を落とすことなく再びユーリ目掛けて突進していく。

バックハウス隊長が剣を持ち上げようとすると、何か重いものが行動を妨げてきた――虎の宿主が剣を踏みつけ、短剣を振り下ろしてくる。もう一方の手で虎の宿主の短剣を防ぎ……バックハウス隊長は、その場から動くことすらできなかった。


そんな自分たちの横を、一筋の光が掠める。

バチバチと聞き覚えのある音が鳴り、虎の咆哮が響き渡った。




「お?おお?」


自分の大鎌を受けとめたセレスの剣が光を放ち、大鎌は凍り漬けとなってしまった。

と言っても、剣と接触する一部だけ。これぐらいなら……と氷を振り払おうとしたが、セレスの剣も大鎌をがっちり押さえ込むように凍り漬けになっており、容易に引き離せない。


セレスは両手でしっかりと自身の剣を握って、渾身の力でジェニスを押してきた。

さすがに、純粋な力勝負では人間の自分は分が悪い。ジェニスも大鎌を改めて両手で握り直し、化神の力を借りて彼女に対抗しようと――。


「おっと、危ない!」


右目の紋章が光を放ち、ジェニスはフルパワーで薙ぎ払って大きく飛び退いた。

ジェニスの立っていた場所には、大きな剣がめり込んでいる。


「タイムアップか。お仲間が駆け付けちゃった」


ちらりとサイたちのほうを見てみれば、化神アインはヒスイの一撃を食らって腹が真っ赤に染まっているし、サイは馬に乗ったナーシャから逃げ回っている。

さすがにこの状態では、もう勝ち目も見えない。


大きく風を起こし、自分たちを守るように盾の役割をさせて追撃してくるセレスとフェルゼンを足止めさせ、ジェニスはサイのほうへ飛んだ。


「こうなっちゃったら逃亡一択でしょ」

「……それしかないかねぇ」


アインは化神だからあれぐらいの傷、すぐに癒えるが……そんな虎に力を与えるサイのほうが、そろそろ限界だ。

これ以上やると、逃げ出す力も残らなくなってしまう。


「最後にもう一発、ド派手にいくよ」


大鎌を振り、大きな竜巻を作り出す。

向こうの化神たちは、吹き飛ばされそうになっている人間をかばうためジェニスたちへの追撃を止めた――ヒスイがユーリを守り、セレスとフェルゼンはバックハウス隊長、ナーシャを。


目を開けていられないほどの強風。鋭い風の刃は、皮膚も切り裂いて。

生身の人間が食らったら、大きな痛手となったことだろう。


ようやく風が止んだ時には、虎と二人の紋章使いは姿を消していた。


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