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黄金のバラより愛をこめて~傾国の女皇帝と彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ~  作者: 星見だいふく
第一章01 プレリュードは突然に
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旅立ち (2)


「うちは小さな宿なんで、部屋にベッドは一つしかないのよ。全員で泊まるには、ちょっと狭いと思うんだけど……」


ユーリたちを見て女将が言い、セレスは無言でユーリに視線を送る。

構わない、とユーリは頷いた。


「この子はまだ幼いし、ボクも大柄というほどではない。ベッド一つでも、なんとかなるだろう」


ユーリが言えばセレスも頷き、部屋は一つだけ取ることになった。

女将はちょっと不満そうな顔をしていたが、構わずユーリは部屋に向かった。


「ルティはすっかりお休みモードだな」


ベッドに降ろし、旅用の衣装は脱がせてルティを休ませる。その間も、まったく目覚める様子のないルティに、セレスはくすくす笑っていた。


「あの女将が夕食を用意するか聞いていたが、どうする?」

「うーん。今夜はボクももう休むことにしよう。食事は、明日の朝にお願いしようかな」


自分も上着を脱ぎ、ルティの隣で横になる。

初めての旅にしては退屈で、我慢の多いものだったが、ルティはワガママひとつ言わなかった。帝都へ着いたら、せめて可愛いドレスぐらいはご褒美に買ってあげたいが……。


「うむ。やはりマティアスに買わせよう」


力強く独り言を呟くユーリに、セレスが首を傾げる。

気にしなくていいぞ、とユーリは笑い、毛布をかぶった。




夜も更け、部屋の灯りはすっかり消えた頃。男たちを連れ、女将は例の部屋へと案内していた。


「女が二人、子どもが一人……着てるものは上等だったわ。馬車も馬もなかなかのものだったし、どこかのお貴族様じゃないかしらね」

「そんな連中が、なぜ護衛もなしに」


男の一人が客の素性を怪しむ。だが彼の意見をまともに取り合う者はいなかった。


「訳ありじゃないか?家出娘とか」

「弟たちが帰ってきていない――捕り物にでもあったかもしれねえ」


仲間の安否を気遣うのは、彼だけであった。他の者は、扉の鍵を開けて部屋の中を確認する。

室内は灯りが消えて真っ暗で、物音も聞こえない。部屋のベッドから、寝息のようなものだけが聞こえる――静かに忍び寄れば、女と子どもが眠っている……ベッドにいるのは二人。


「おい。客は、子どもが一人と女が二人だと言ってたな」

「間違いないわ。いくらなんでも、その人数を間違えたりしないわよ」


男に聞かれ、女将は眉をひそめた。

妙な軍服風の衣装を着ていた女がもう一人――部屋を出入りした様子はなかったから、間違いなく室内にいるはずなのに。


「んん……?ベッドに置かれてる人形……あの女に似てるような」


もう一人の姿を探してキョロキョロしていた女将は、ベッドサイドにちょこんと座る人形に気付いて、目を凝らした。室内は暗いからよく見えないが、人形の服や姿は、宿屋にやって来た女と同じに見える……。


ぱちりと、人形の目が開く。暗闇の中、ギラリと人形の瞳が光った。




部屋に入ってきた男たちが、扉ごと吹っ飛ぶ。部屋の外で弟たちの安否を案じていた男は、何事かと振り返った。


扉のなくなった出入り口から出てきたのは、妙な軍服を着用した女。

長く艶やかな髪をなびかせ、軍服がいささか不似合いなほど、華奢な肉体。体格のいい男たちを吹っ飛ばせるほどの人間には見えない……が、彼女しか考えられない。


大男が目を丸くしていると、女が剣を抜いた。

……武器を持っていたのか。まったく気付かなかった。


剣の刀身が青い光を放つ。剣を振りかぶれば、本来のリーチよりもずっと距離のある仲間が斬り捨てられた。刃先は、間違いなく届いていなかったはずなのに。


「ちっ、てめーも紋章使いか!」


男が手にしていた剣をかざすと、刃に刻まれた紋様が光りを放つ。光と共に火の玉が現れ、煌々と燃え盛る。

ボっと小さく爆発すると、炎の矢となってセレスに向かって行った。


セレスは炎に惑わされることなく突撃し、剣を振りかぶって炎を斬り捨てる。

あの女の紋章、どうやら属性は水。自分の紋章とは相性が悪い。ならば紋章を使わせることなく、使い手本人を攻撃するしかない。


迫りくる炎にも構わず突撃してくる女騎士のスピードを見極め、わずかに後退して距離を取る――牽制の炎を撃ち込み、彼女がすでに剣を振りかぶったタイミングを見計らってもう一度紋章の力を使った。


セレスの足元から、炎の柱を昇らせる。それはまるで壁のように燃え盛り、セレスの行く手を阻んだ。

いくらこの女でも、紋章の発動が間に合わないし、この炎を突っ切れば大火傷だ……これで、彼女の無双を止められる……。


……と思ったのに、女騎士はまったくスピードを緩めることなく突撃してきた。


「ウソだろ――おまえ……化け物か――!」


炎の柱をくぐり抜けて現れた女は、髪や服に火が点いていて、美しい肌を焼いている。

しかしセレスは苦痛に悶えるどころか、顔色を変えることもなく炎の中を通り抜け、盗賊を斬り捨てた。

まともな人間の行動とは思えない……。


「宿ぐるみの盗賊か。なかなかスリリングなオプションだな」


部屋から、眠ったままのルティを抱きかかえたユーリが姿を現す。


ユーリの左手の甲から光が消え、紋様はただの痣へと戻った。セレスが持っていた剣も、ふっと消える――火傷も、ふわりと消えていった。


「……どうやら、村ぐるみの盗賊集団らしい」


窓に近づき、外を見ながらセレスが言った。

近くの民家から、複数の人影……その全てが、この宿に向かってきている。


「ふむ。たしかにこのあたりは役人の目も届かない。盗賊たちが住処にするには、なかなか悪くない場所だ――コマドリに誘われてやってきた秘密の花園……あまりロマンもなさそうだし、早めに出て行くことにしよう」

「全員斬り捨てるか」


自分たちならば余裕だ。

自信に満ちた態度でセレスが提案するが、ユーリは首を振る。


「慈悲を施す必要は感じないが、あえて憎しみを買う必要もないだろう。ここが終着点ではないのだから」


セレスはいささか不満そうだったが、ユーリの腕の中でもぞりとルティが動き、目を覚ました。

目を覚ましたルティはぼんやりとした表情で頭を上げ、ゆっくりと周囲を見回して……セレスによって斬り捨てられた死体を見つけ、びくりと身を竦めた。


「ひっ……!」


ユーリにぎゅっと抱きつき、死体を視界に入れまいとしている。怯える娘をユーリは優しくあやし、セレスもため息をついてかすかに笑った。


「……そうだな。さっさと外に出て、馬に乗ろう。こっちだ」


セレスに先導されながら、ユーリたちは宿を出た。

宿の外にも盗賊たちは待ち構えていたが、難なくセレスが斬り捨てていく――それはいいのだが、ちょっと多すぎないか。


「小さな村だと思っていたのだが、ずいぶんな大所帯だったのだなぁ」


自分にぎゅっと抱きつくルティをしっかり抱いたまま、ユーリは感心したように呟く。


「うん。結局全員斬り捨てることになるかもしれないな」


セレスが頷くと、ユーリの左手の紋様が再び光を放つ。セレスの剣が青い光をまとい、盗賊たちを斬り捨てた刃から水飛沫が迸った。

水は盗賊たちを飲み込み、そのまま凍り付いて……セレスと盗賊たちの間に、巨大な氷の壁のようなものが。


こっちだ、とセレスが先を走り、ルティを抱えたユーリが続く。氷の壁は、宿の裏にある馬小屋まで続いていた。


「馬に乗って。扉を開けると同時に、一気に駆けるぞ――手綱を付けている暇はないから、しっかりしがみつくように」


鞍もついていない馬に一人で乗るなんて不可能で、ルティはセレスに押し上げてもらってなんとか馬の背によじ登る。ユーリも、セレスの膝を踏み台にして馬に乗った。


手綱がないのに、どうやって馬を走らせるのだろう。

そんな不安を抱いてちらりとユーリを振り返ると、しがみつくんだ、とユーリにたしなめられてしまった。


「走れ!」


セレスが、馬の尻を軽く叩く。

馬はいななき、出入り口に飛びついてセレスが開けた扉から一目散に駆け出した。後ろに座るユーリがしっかり身体を抑えてくれてはいるが、ルティは振り落とされないよう馬にしがみつくのに必死だ。




「お、おい……あの軍服女、馬と並走してなかったか……?」


氷の壁の隙間から見えたものに、盗賊たちは顔色を変え、騒然となる。

紋章使いがいることにはすぐに気付いたが、あの女たち、何かがおかしい……。


「何をしてるんだい!こっちも馬を出して、すぐに追うんだよ!」


背の高い老婆が吠える。

老婆は村の中で最年長の年寄りだったが、その迫力は村一番であった。恰幅もよく、女ながらに男顔負けの体型だ。




真っ暗な中を疾走する――恐怖で、馬の首にしがみついたルティは顔を上げることもできなかった。

隣を走るセレスが、馬の進路を誘導しているようだ。


されるがまま馬の背に乗って進み……突然、ユーリが叫んだ。


「ルティ、馬から手を離せ!」


どうして、と疑問を感じる間もなく、ぱっと手を離した次の瞬間、ルティの視界が反転した。

後ろに乗っていたユーリに引っ張られ、地面へと落下する――馬から落ちる二人をセレスがキャッチし、地面に叩きつけられることだけは回避できた。


混乱するルティの目の前で、馬が激しくいななき、暴れている。

身体に火が点いて、燃え盛る炎に馬が苦しんでいる……。


息を呑んでその光景を見ていたら、背後から馬に乗った集団がこちらへ駆けてきた。

ルティたちから少し距離を取って止まり、大きな馬に乗る、大きな老婆が、一歩近づく。老婆の左手の甲が光り、老婆の周囲を複数の蝶が飛び交っていた。


蝶がひらひらと飛ぶたびに、鱗粉のようなものがふわふわと漂っている……小さな粉は、まるで小さな炎のようにパチパチと弾けていて……。


「アンタ、化神だね?」


老婆は警戒を緩めることなく蝶を自身の周囲に飛ばし続け、セレスを見て言った。


「人間の姿をしたやつは初めて見たが――化神クラスの紋章使いなんてのは、そう多くないはずだ。何がなんでも、捕まえておかないとねぇ。身代金が取れなくても、売り飛ばせば破格の値段になるはずだ」

「キミも化神持ちの紋章使いか」


ルティを自分の背後に押しやりながら、ユーリが立ち上がる。

ユーリの左手に描かれた紋章がほのかに光り、セレスも青い光を帯びた剣を抜いている。二人とも、自分たちにふわふわと近付く蝶を警戒していた。


「生憎と、ボクの価値は金銭で換えられるものではない。身代金など要求できないぞ――国家予算レベルでも、本来の価格の十分の一にもならない」

「なかなかの大言だねぇ。あたしゃ、あんたみたいな奴は嫌いじゃないよ。その生意気そうな態度が気に入った。若い頃のあたしにそっくりだ」


老婆が大笑いし、左手を掲げる。

蝶が一斉に飛び掛かってきて、セレスは剣を振るった。


一振りで何百という蝶を斬り捨てているが、老婆のそばでひらひらと飛んでいる大きな一羽から、次々と小さな蝶が飛び出してきて。


きっと、あれが化神の本体だ。

でも、小さな蝶たちがユーリやルティを隙間なく取り囲んでいるから、二人を守るためにセレスも動けない。


ユーリの紋章の光が一層強くなり、老婆も負けじと紋章を発揮する。


力比べだ――ルティにも、それは分かった。

どちらが先に、紋章の力を使い切るか。でも、圧倒的にこちらが不利だ。


こちらは、ユーリが紋章の力を使いきってセレスが戦えなくなったら終わりだが、向こうは老婆が力を使いきっても手下の盗賊たちにユーリを襲わせればいいのだから。老婆も自信がある――勝ちきることはできなくても、大きく消耗させることはできると。


「どうやら、単なる大口じゃぁないわけだ。老いたとはいえ、このあたしとここまでやり合うなんて」


老婆がニヤリと笑う。

老婆のそばの、大きな蝶――キラキラと光っていた白金色の蝶が、だんだん赤くなっていく。蝶から、煙のようなものも出てきた……。


「お姉様……!」


ユーリにぎゅっとしがみつき、ルティは震える声で彼女を呼ぶ。

老婆を真っ直ぐに見据えていたユーリが目を閉じ、ルティに向かって笑いかけた。


「……大丈夫だ。ボクたちが、負けるはずないだろう?」


強い風が通り抜け、ルティはよりいっそうユーリに強くしがみつく。

次の瞬間、暗闇に悲鳴が響き渡った。


「あああああぁぁ……!腕が――あたしの腕……!」


暗闇の中、目を凝らしたルティが見たものは。

手首から先を失った腕を押さえてのたうち回る老婆と、その老婆の目前に立つ少年。


夜闇に溶け込みそうなほど真っ黒な長い髪と、帝国ではかなり異色な風貌。

カタナと呼ばれる独特な剣を鞘に収め、少年がユーリたちに振り返る。


「……何やってんの。君ら」

「騎士の出現を待っていたところさ――絶妙のタイミングだった。実にドラマチックだな」


少年に向かって、ユーリが不敵に笑う。意味分かんない、と少年が呆れたように呟いた。


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