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黄金のバラより愛をこめて~傾国の女皇帝と彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ~  作者: 星見だいふく
第一章01 プレリュードは突然に
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幕前から始まる (1)


ユーリの肩にもたれかかって、背中をトントンとしてもらっていたら、なんだか眠くなってきた。小さな身体は、すぐに体力が尽きてしまう。

大泣きして、落ち着いたらなんだから疲れてきたし、頭もぼんやりする。


うつらうつらと、ルティの瞼は重たくなっていた。


「――ユーリ。ルティの泣き声が聞こえたが」


自分たちしかいない部屋に、女性が入ってくる。

長く艶やかな髪に、軍服を着ていてもはっきり分かるほど女性らしい体つきの女騎士。でも主人であるユーリのこだわりで、彼女の軍服の裾にはフリルが付き、ズボンではなくスカート。

実用性とか、機能面でそれはどうなのだろう……と思う人もいるのだろうけれど、彼女は主人の願いが第一だ。周囲の雑念など完全無視で、女騎士セレスはユーリの望むままの衣装を着用していた。


「どうやら怖い夢を見たらしい。ボクがついているから、もう大丈夫さ」


ユーリが言えば、セレスは笑顔でうとうとしているルティの頭を撫でた。頭を撫でられると、いっそう瞼が重くなる。

ユーリの肩にもたれたまま、ルティは目を閉じた。


「君宛てに手紙だ」

「ボクに?マティアスじゃないな。いったい誰が――」


二人の会話に、ルティはパチッと目を開けた。

睡魔が吹っ飛び、自分はのんきに眠っている場合ではないことを思い出したのだ。


あの時、あんなに固く決心したのに。今度こそ、彼女を助けるのだと。眠気なんかに負けている場合じゃない!


「ダメよ、お姉様!行ってはダメ!」


ガバリと起き上がって威勢よくそう言ったルティに目を丸くしながら、ユーリは妹を見つめた。


「そのお手紙をもらったお姉様は帝都へ行って、お城へ――それで、叔父様の後を継いで皇帝になったお姉様は、親しい人たちに裏切られたり、死に別れたりして一人ぼっちになっちゃって……最後は、しょ、処刑されてしまう……!」


恐ろしい結末を思い出し、蘇ってきた悲しみと恐怖にまた涙があふれてくる。


ちゃんと説明しないといけないのに。

怖い夢を見て混乱しているのではなく、自分は事実を語っているのだと、ユーリに信じてもらわないといけないのに。


話さなくてはいけないこと、話すべきこと……たくさんあるのに。

とりとめのない話し方しかできなくて。


必死に言い募るルティに、ユーリは優しく微笑む。それはまるで、落ち着きのない子をなだめるかのような笑い方……。


「本当なのよ。私、十年後の未来から戻ってきたの!何が起きたのか、見てきたのよ!お姉様――」


言いかけて、ルティはぎゅっと唇を噛む。

一瞬ためらって……思いきって、もう一度彼女を見上げた。


「――お母様」


この呼びかけに、ユーリたちがわずかに動揺するのをルティは感じた。

それに、自分も……。


「お姉様は……本当は、私を生んだお母様なんでしょ?私がそれを聞かされた時……お母様はもう亡くなってしまった後で……い、一度も……そう、呼べなかった……!」


泣いてはいけない。それは分かっている。

泣いてしまうと、話ができなくなってしまう。自分がいますべきことは、彼女を説得すること――ユーリが自分の母親かどうかなんて、後回しでいいことなのに。

でも、目の前の彼女が、自分がずっと知りたかった母親なのだと思うと、どうしても感情が抑えきれなくて。


「……すまなかった。君の身の安全を考えると、ボクの子であることは公にならないほうがいいと思って、ずっと隠していた――騙していて、本当にすまない」


とめどなく流れる大粒の涙を拭うユーリに、ルティは首を振る。しゃくり上げ、言葉に詰まって、ルティはぎゅっとユーリに抱きついた。


「お母様、大好き……」

「ボクも大好きよだ。本当はボクも、君にずっとそう呼ばれたいと思っていた」


結局、涙が止まらなくて。ぐずぐずと泣きじゃくっているルティをなだめるため、ユーリはまた優しく抱きしめてくれていた。


そうしてユーリの腕の中でひとしきり泣いて、少し落ち着いた頃。

女騎士セレスがルティの頭を撫で、じっと見つめてくる。何か言いたげな彼女をルティが見つめ返すと、セレスが口を開いた。


「城に戻ったユーリは皇帝となると話していたな。具体的に、何がどう起きて、ユーリは皇帝になってしまうのか――話せるだろうか」


冷静な口調のセレスにルティも頷き、自分でも涙を拭う。

ユーリの膝の上に座ったまま、記憶を懸命に掘り起こし、できるだけ順序だてて説明する……。


「そのお手紙は、叔父様の四十歳のお誕生日を知らせる内容で……お姉様も、お城に呼ばれるの。えっと、建国三百年の節目でもあるから、国中でお祝いすることになってて、皇子のお姉様を呼ばないわけにもいかないから……」


ユーリは、ルティが生まれるずっと前に城から追い出され、この辺境地で生活してる。たしか、二歳で父帝が亡くなって、母親は尼僧院に入ってしまったから……叔父は皇位継承権を持つ姪が邪魔で……そのあたりの詳細を、ルティには語れなかった。

……知らないから。


巻き戻り前の自分は無知なまま、何も知ろうとしなかった。だから、ユーリのことも何も助けられなかった――そしていまも、たいして助けになれそうにない予感がしていた。

いまから何が起こるか説明しないといけないのに、ルティの持つ情報はあまりにも少ない。


「それで……お城に入ったその日の夜。事件が起きるの。マティアスが、叔父様の命を奪ってしまって」

「マティアスが?」


黙ってルティの説明を聞いていたユーリが、目を丸くして口を挟む。ルティは頷き、ユーリはそれ以上は何も言わず、話の続きを促していた。

でも、彼女も何か考えているようだった。


「叔父様が、マティアスを殺そうとしたからって聞いた――誰からそれを聞いたのかは忘れたけど」


そう言えば、どうして自分はそれを知っていたのだろう。

ルティは何も知らないまま城の一室で眠って、目が覚めたら、姉がローゼンハイム皇帝となっていた。先帝崩御の真相なんて、当然ユーリやマティアスたちが自分に話すわけもないのに……。


「……ルドルフ帝が、マティアスをひどく恐れているという話は私も聞いたことがあるな。いつか自分を殺そうとするのではないか、そんな被害妄想を抱いていると」


なぜかは私も知らないが、とセレスが付け加える。


「と言うことは……叔父上によるマティアス殺害は、ボクが城へ赴かなかったとしても行われるということだな。叔父上とマティアスの関係に、ボクの存在は影響ないはずだ」


ユーリも考えながら言った。ルティは、小さく頷いた。

……正直なところ、自分にはその因果関係は分からない。マティアスとも……巻き戻り前の世界では、ちゃんと話ができなかったから。


「その状況でボクが帝位を継いだということは、マティアスの反逆行為にボクも加担したか、居合わせたかして、彼の共犯者になったからだろう。身を守るためだったとは言え、皇帝殺害は許される罪ではない。共犯となったボクが帝位に就き、マティアスの罪を隠匿した――そう推測するのが妥当だろう」


そっか、とルティは呟き、恥じ入った。

実際に体験したはずの自分よりも、自分の拙い情報で推測したユーリのほうが、よほど詳細に事態を把握できてるだなんて……。


やっぱり、広大な帝国の皇帝になっただけあって、ユーリは頭の回転も速いし、観察眼も洞察力もずば抜けている。

自分は、そんなユーリの足手まといになることなく、彼女を助けられるのだろうか……。


「……なら、ボクは行かないわけにはいかないな。ルティも、マティアスを見捨てられないだろう?」


帝都へ戻ることを決めてしまったユーリにルティはパッと顔を上げたが、彼女の言葉を否定できなくて、ぎゅっと手を握り締めてまたうつむいてしまった。


「お姉様……マティアスが私のお父様って、本当?」

「……本当さ」


やっぱりそれも知っていたか、と言いたげな口調で、ユーリはルティの疑問を認めた。


「ボクたちの関係については……ボク自身、考察中だ。でも、マティアスは間違いなく、キミを愛しているよ。それは断言してもいい」

「そうなのかな……」


悪い人だとは思わない。巻き戻り前の世界でも、最初から最後まで自分たちの味方だった。

間違いなく皇帝ユリウス三世を最も献身的に支えた忠臣であり、マティアスを喪ったことが、ユーリの治世を大きく傾けてしまったような気がする。


でも私人としては何を考えているのかよく分からない人で、巻き戻り前の自分は、ちょっと彼が苦手だった。

自分やユーリのことを、本当に愛していたのかどうかさえ……。


「ボクが城に行こうが行くまいが、叔父上のマティアスへの殺意に変化はないだろう。むしろ、ボクが行かなければマティアスは叔父上に殺されてしまうか、皇帝殺害の罪で処刑されてしまうか――彼の命が危うくなる」


それはダメだと、ルティも同意するしかなかった。

苦手な相手だけれど、失っていい相手ではない。ユーリを守るためには、絶対に彼にも生き延びてもらわなくてはならない。

結局ユーリの城行きを認めるしかなくて。


手紙を開ける彼女を、複雑な思いで眺めていた。


「……ルティの言う通り、城からだ。建国三百年を祝って式典を行うので、ボクも出席しろと」

「君を恐れてこんな場所に隔離し、いままで散々放置して来たにも関わらず……。君への恐れよりも、体裁を整えるほうが大事というわけか」


呆れと蔑みを隠すことなくセレスが言い、ユーリは笑った。


「時には見栄えも重要さ。ボクたち皇族のような人間にとっては、特にね。美しいボクを臣民たちの目から隠す過ちに気付いたのであれば、大いに結構じゃないか。帝都へ赴き、ボクの存在をみなに知らしめてくることにしよう」


傲慢なほど自信に満ちた台詞。

ああ、こういう人だったなと、ルティは呆れつつも控えめに笑った。


ユリウス三世。

傲慢不遜、自意識過剰な自信家。その様を道化と評する者もいたが、彼女のそばにいた人間は、道化の仮面の下に潜む支配者らしい気質も見抜いていた。

――そして素顔の彼女は。


一人娘を可愛がり、友との友情を重んじる、心優しい女性でもあった。

世の人が思うほど悪辣で、冷酷非道な人間ではなかった――彼女にだって、流した血も涙もあったはずだ。頂点に立つ者として、誰にもその姿は見せなかったけれど。


「話は決まりだ。早速、旅の準備をしよう――長い旅になるな」


ユーリの言葉に、ルティも神妙な面持ちで頷く。

帝都への旅。ユーリにとっては、皇帝としての長い旅になる。ルティにとっても……。


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