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黄金のバラより愛をこめて~傾国の女皇帝と彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ~  作者: 星見だいふく
第七章01 我が道を振り返って思う
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長い一日


自分はマティアスたちのいるところに戻ったほうがいいのではないかとも考えたのだが、結局、ルティはそのままザハーブ人たちの居住区に留まることにした。


人質役の自分たちは、ザハーブ人たちの大事な命綱なのだ。

町の役人や治安を守る騎士たちは、立てこもるザハーブ人たちを攻撃する機会をずっと狙っている――ほんの数時間滞在しただけでも、そんな状況がはっきり伝わってくる。


「あの、私のことは気にしないで……勝手に押しかけて来たんだし、食事ぐらい……」


町からは、人質のための食事や物資が定期的に届けられるようになっていた。それでも、人質の数に対して立てこもるザハーブ人たちの人数は圧倒的に多く、配給は行き届いていない。

それなのに、ルティの分までザハーブ人の首長はちゃんと分けてくれて。


「そうはいかないだろ。ザハーブ人が人質を粗略に扱ってるとなったら、町長側が強攻策に出る可能性が高くなるんだぞ。おまえはしっかり食べて休めばいいんだよ――フランツなんか、人質生活を楽しんでる」


むしゃむしゃ遠慮なく食べながら、クルトが横目でフランツを見る。

フランツはこの緊迫した空気にも動じる様子はなく、出された食事を楽しんだ後は、本を読んだり、ちょっとだけ外に出て散策したり、それなりに充実した人質生活を送っているらしい。


彼だって、シェルマン王国の王族だ。宮廷での暮らしに比べれば、窮屈で粗食だらけの辛いものだろうに……二、三日ぐらいなら物珍しさでやり過ごせても、フランツはもう数週間、この生活のはず。


「快適で愉快な生活とはたしかに言えないがね。神学校での生活と大きく差はないから。神学校での生活はまだ数年……本格的に教会に入ることになれば、生涯に渡ってそんな生活を送ることになる。それを思えば、ほんの数週間耐えれば終わるなんて、楽勝じゃないか」


フランツはにこやかに言った。

そう言えば、彼は神学校に行って修行中の身だ。聖職者としての修行と考えれば、これぐらいどうってことない……ものなのだろうか。ルティは首を傾げた。


「居住区に蓄えはあるから、ザハーブ人たちだって当面飢えることはないんだけどな……。この緊迫感の中の生活が続いてるってのがまずい。みんな、精神的に限界だ」


クルトのその言葉は正しく真実であることを、ルティも翌日には実感するようになっていた。


たしかに、食事や休息の面では大きく不便はない。しかし――果たしてこの状況は数日後には終わるのだろうかという先の見えない不安――モヤモヤしたものに包まれて過ごす時間は、何もしなくてもルティの心を大きくすり減らした。

横になっても心が落ち着くことはなく、食事も、だんだんと喉を通らなくなってくる。


自分がお姫様育ちで打たれ弱いことを差し引いても……自分よりずっと長くこの状態で過ごしているザハーブ人たちは、弱りきっているに違いない。医者もいないから、病気にでもなったりしたら致命的だ。

――その日の夜には、それが証明された。




「ルティ、大変だ。首長の娘が産気づいたって!」


眠ることもできずゴロゴロしていたルティを、人形サイズのシャンフが起こす。


大きな建物に集まったザハーブ人たちは、女性と男性で別室となっており、ルティはもちろん女部屋で休んでいた。ルティの護衛も兼ねて、シャンフも一緒に。


そんな中、同じ部屋で休んでいた首長の娘の身に異変が起きたらしい。


「カティア様、しっかり――どうぞ気を強く持って……」


仕える召使たちが、件の女性を気遣っている。

首長の娘の名はカティア。とうに出産予定日も過ぎた妊婦で、彼女こそが一番心配されていた人物だ。


ルティは起き上がり、部屋の隅で苦しむ女性に近づいた。


「赤ちゃん生まれそうなの?なにか、私に手伝えることはある?」

「皇女様にそのようにお気遣いいただいて……陣痛が始まっただけで、すぐに生まれるわけではございませんから……どうぞ、お休みになっていてください」


年老いた召使の女性はそう言ってルティを心配させまいとしているが、カティアの苦しみ方は普通ではないような気がする。妊娠出産に、ルティも詳しいわけではないが……なんとなく。


休むように言われてももう眠れなくて、ルティはその夜、痛みに耐えるカティアに寄り添っていた。


子供がすぐに生まれてくるわけではないということは、母がエディを生む時に経験しているから知っている。でもあの時はそばにいれなくて、母がどんな様子だったかは見ていない。

だから、これが本当に問題のない状態なのかもしれないのだが……。


「カティアさん、お医者様に診てもらうべきじゃないかな。シャンフだったら、カティアさんだけでも何とか連れ出せない?」


カティアの父親でもある首長が不安がっていたように、やはりここに医者がいないのは良くない。

シャンフだったら、カティア一人をこっそり外へと連れ出すことができるのではないかと思い、ルティはそう尋ねた。しかし、シャンフは首を振る。


「オレはペルほど、人を連れていても快適に移動することはできない。そんだけ大きな腹で、苦しんでる女を連れ出すのはちょっと無理だ」

「そっか……お医者様を探して、こっちに連れてきてもらえれば」


じゃあ誰にそれをやってもらうのか、となると思いつかなくて。結局、ルティはカティアに付き添うことしかできなかった。

夜が明けると、男たちにもカティアの異変が知らされたようで、首長やフランツたちも部屋にやってきた。ただ、女性部屋に入ることは躊躇いがあるのか、入ってきたのは子どものフランツとクルトだけだった。


「陣痛が始まったと聞いたが、大丈夫なのかい」


さすがのフランツも、この状況には冷静でいられないようだ。ちょっと声が上ずっている。


「夜中頃から始まって、まだ生まれる状態にはなってないみたいなの。でも……そろそろ出産が始まらないと、カティアさんが……」


それ以上は口にできなくて、ルティは言葉を濁してしまった。フランツやクルトは、それで察してくれたらしい。


陣痛は大変なことはルティも知っているが、やはりカティアの消耗の仕方は普通ではない。


最初はルティをなだめるようなことを言っていた召使いも、いまは女主人の身を心配する気持ちのほうが強くなっている様子だ。カティアの額に浮かぶ汗を何度も拭いながら、不安そうに彼女を見つめている。


「お医者様が必要なんじゃないかしら。カティアさんを連れ出すのは無理だから、なんとかお医者様のほうをこっちに連れてくることはできないか、考えてたところよ」

「医者か……オットーと連絡を取って、すぐに居場所を突き止めさせよう。逮捕されたザハーブ人たちが集められてる場所なら、きっともう分かってるはず」


クルトが言い、オットーとはクルトと同じ赤烏新聞社の記者のことだ、とルティは理解した。


「俺、モーリッツに話してくる」


クルトは部屋を出て行ったが、フランツは残り、ルティと同じくカティアのそばにそっと跪いた。

目を閉じて苦しみに耐えていたカティアは、人の気配に目を開き、フランツを見る。


「……すまない。僕にもっと力があれば」

「フランツ殿下は、十分すぎるほど私たちをお救いくださっております。父も、殿下には深く感謝していました」


痛みと疲労のせいで声はか細く、震えていたが、それでも微笑んでカティアは言った。フランツはぎゅっと唇を結び、何も言わなかった。


「カティアさん、もうちょっとだからね。もうちょっとだけ頑張って」


カティアの手をぎゅっと握れば、彼女もルティの手を握り返した。

……でも、その手はほとんど力が入っていない。


励ましの言葉をかけるのが精一杯で、周囲はただカティアを見守ることしかできないまま時間は過ぎて行って。

東の空から昇った太陽が西に傾き始めた頃。


血相を変えてクルトが部屋に駆け込んできた。


「シャンフ、大変だ!町のやつら、バリケードを破ろうとしてる!」


建物の窓から外を見てみれば、ザハーブ人の男たちは外を出て、バリケードの近くに集まっている。居ても立ってもいられず、ルティもシャンフたちと一緒に外に出た。


外に出れば騒がしくて、クルトの言う通り、バリケードが破壊されようとしているのだということがルティにも分かった。


「モーリッツ!」


外に出て、クルトが唯一のエンジェリク人に向かって叫ぶ。ザハーブ人の男たちと一緒に外に出ていた記者のモーリッツがクルトに振り返った。


「ちくしょう。もう時間切れだ。オットーに連絡を取ってはいるが、まだ返事は来てないっていうのに」

「こうなりゃ戦うしかない。建物の出入り口を直接封じて、男たちはそこを守れ。オレがあいつらの相手をするよ――そのために残ってたんだからな」


シャンフが言い、モーリッツやザハーブ人の男たちの何人かが頷く。


「首長!首長は屋内へ避難を」

「女子供や動けない者も部屋の奥に匿え。他はみんなで戦うぞ!」

「こうなったら俺もやってやる!ペンは剣より強いことを思い知らせてやるぞ!」


呆然とバリケードを見ていた男たちが慌ただしく動き出し、ルティは彼らが行きかう光景に口を挟むことはできなかった。


ルティ、とクルトが呼びかけてくる。


「おまえは、フランツと一緒に中に入ってろ」

「それはできない」


ルティが返事をするより先に、フランツがきっぱりと言った。


「僕たちは君たちにとっての大事な命綱だ。こういう時こそ、奥に引っ込んでる場合じゃない」

「フランツ様」


ルティは目を丸くし、クルトもフランツの意志の強さに反論できないようだ。

それに、外側からバリケードを破壊する音がいっそう激しくなり、そちらに気を取られて、もうそれどころではなくなってしまった。


シャンフは迎え撃つ体勢を整え、モーリッツやザハーブ人の男たちも武器になりそうな道具を手に、固唾をのんでその時に備えている。

ルティは、思わずクルトの服の裾をぎゅっと握った。


バリケードがついに壊れる――そう思った瞬間、白いものがバリケードをひょいっと飛び越えてきた。

ペルだ、とルティが気付くと同時に、ペルは背中に誰かを乗せていることにも気付いた。


「リーゼロッテ様、彼らに警戒を解くよう言ってください」


ペルの背中にしがみついていたのは、ルドガー・フォン・ザイフリート財務官。地面に降り立ち、ルティに向かって話しかける。

財務官を降ろしたペルは、大きな姿のままルティに駆け寄り、ふわふわで大きな尻尾をふりふりさせていた。


「あれは味方です。敵対する意思はありません――かなり強引にですが、町長の権限を取り上げました。もう大丈夫ですよ」


突然乱入してきたエンジェリク人が何を言っているのか、ザハーブ人たちはすぐには理解できないでいるようだ。呆気にとられた表情で、互いに顔を見合わせている。


バリケードは破壊され、開けた場所から武装したエンジェリク人たちが見えた。兵士たちにまじって、マティアスの姿も。

マティアスを見て、静かな戦いは終わったのだ、ということをルティもようやく実感した。


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