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彼女が愛した皇帝の物語


「またその本を読んでいるの?」


母親に声を掛けられ、少女は読んでいた本から顔を上げた。

母親は娘を見つめ、微笑んでいる――咎められているわけではなさそうだ。周囲は、この物語を彼女が読むことを、あまり好ましく思っていないようだけれど。


「すごく不思議な物語で……本当にあったこととは思えない話だけど、でも私、とても好きなんです」


少女が読んでいたのは、かつてこの地に存在したローゼンハイム帝国という国の、ある皇帝の一生を書いた物語。


その皇帝は実は女で。

その時代には、紋章という不思議な力があって。

……この物語の筆者は、そんな女皇帝を助けるために、紋章の力で時を巻き戻ってきたという。


教会は紋章などという不思議な力の存在を否定しているし、この本に書かれていることが事実ならば……ローゼンハイム帝ユリウスというのは、多くの愛人を抱えた、淫蕩な女だったということになる――なんとも荒唐無稽な内容だが、少女はこの女皇帝の物語が大のお気に入りであった。


この物語の筆者は、本当にユリウスのことを愛していた。文章からは、そんな筆者の想いが読み取れて。

少女は、時間があればこの物語を読んでいた。


「その美貌と才能が、多くの男と、国と……自分の行く末に大きな影響を与えた、女皇帝の物語――お母様も好きよ」


娘の頭を撫で、母親が優しく言った。。


この本は、歴史書としては認められていない。実在の人物をモデルにしただけの創作だと、言われている。

だが彼女も、ローゼンハイム帝ユリウスの物語としては、この本が一番好きだった。


美しい女皇帝であり……我が子を愛する母親としての姿が書かれた物語。同じ母親として共感する部分が多い。それに女としても。

高名な歴史学者たちは偉大なローゼンハイムの皇帝を侮辱する説だと眉を潜めるが、女だからこその生き方を、胸を張って貫いた女性の物語でもある……。


「……でも、皇帝としてはどうなんでしょう。このお話が事実だとすると……ユリウス帝は何度も国を危うくし、時には滅ぼしてしまったということになりますが」


少女も王族に連なる血筋だから、一人の女性としては好感を抱いていても、君主としての評価はきっちり別にしている。

母親も苦笑いした。


「そうね。傾国だったことにはなるから……皇帝としては、なんとも困った人ね」


国が傾いた原因の大半が男――彼らの運命を、皇帝の美貌が狂わせた。

そういう意味では、傾国という称号に相応しい女皇帝だ。彼女自身は、皇帝としての度量と才能を十二分に持ち合わせた人物だったというのに。


「本当に不思議な物語……。そのお話に書かれた皇帝ユリウスも――それを書いた人も」


時を巻き戻って、後に傾国となる女皇帝を助けようとした人が書き残した物語。

書いた当人は本にするつもりはなかったようで、手記として書き記していただけのようだ――それがこうして何百年も後の世にまで残ってしまうのだから、うっかり日記も書けない。


後世の人間にとっては、歴史を知る大切な手がかり。

学者たちの評価など少女にはどうでもいいことで、この本に書かれたローゼンハイム帝ユリウスの生涯を、いつも読み耽っていた。


傾国の女皇帝と、彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ。

時を巻き戻り、運命を変えようとした「私」の、奇跡のような軌跡を書いた物語。


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