彼らはローレルの影で泣いた(テンミリオン二次創作)
月光が村を照らし、木炭と化した家屋が明らかとなる。
焦げた匂いも、身を焼く熱も存在せず、ただただ、焼き払われた「跡」だけがそこにある。
焼け残った家屋に宿を取った討伐隊の中、リンだけは屋外で仮設の墓場に赴いている。
見張り番のクロウだけがその背を見つめ、強く握られた拳から滴る血を目にしていた。
「……村を焼く、という行為は、何も敵軍だけがするものではない。お前にもわかるだろう」
外に現れた人影は、いつもの鎧を纏っていなかった。
クロウの言葉に静かに俯いて、「ああ」と答える。
「国は、反乱の芽を潰したか」
食糧が行き渡らなくなれば税を増やすほかない。
それでも足りぬとなれば、さらに負担を強いることになる。
……それに異を唱える、自治の力の強い村は、必然的に……
ごくり、とジルバの喉が鳴る。兜を外してしまえば、月の明かりでも彼の焦燥は見て取れた。
「月はいい」
夜闇に響いた言葉はあまりに唐突で、ジルバは思わず「は?」と返す。
「太陽は俺を罰するだろうが、月ならば、背を押すだろう」
青い瞳が、ようやくジルバの方を向いた。薄明りの下、その澄んだ光は煌めいている。
「お前は国のため、小を切り捨て大を救った。……そして俺は、大を救うため小を殺した」
それを間違っているとは思わない、と、言い切ることはなかった。感情もなく紡がれていた声音は闇に溶け、後に続くのは静寂ばかり。
「……間違ってねぇよ」
クロウの肩が、ぴく、と跳ねた。
「そう言われたかったんだろ?」
同じく国の運命を背負った者として、クロウはまだ年若い。
身に余る才能が、まだ未成熟だった彼の心に無理を強いてきたのを、引き裂かれた魂の悲鳴を、ジルバは何度も見てきた。
「言ったじゃねぇか。兄貴分の俺を頼れって」
訓練場で出会った際、豆の潰れた手のひらに包帯を巻いた時も、
食事に誘った際、妹のために金が要る、と、零した弱音を聞いた時も、
潜入任務に赴く際、小刻みに震える肩を叩いて励ました時も、
コロシアムで再会した際、魔物側に寝返ったふりをして、殺されるつもりだった相手を諫めた時も、
いつだって、ジルバはクロウの「兄」だった。
「リンに、謝りに行くつもりか?」
目を見て問えば、「ああ」と、青色が下に伏せられる。
「んじゃ、一緒に行くよ」
「必要ない。これは俺の懺悔だ。……間違いではないが、それでも罪ではある」
「だったら、俺も懺悔するよ。神様は信じてないが、あの子への筋は俺だって通したい」
リンが踵を返し、拠点へ帰ってくる。月明かりに照らされた雫が、頬を伝い落ちていた。
「……ごめん、兄さん」
「いいってことよ」
敵軍に狙われ、味方に見捨てられた村の生き残りは少女一人。
救う選択をしたブロントに感謝しながら、義兄弟は重い足取りを進める。
月は彼らを穏やかな光で包み、ただ、見守っていた。