12~13:呪いの正体は?
12
アリスが父親と話をしている頃、ユリエルが大聖堂を目指して走っていた。
「クッソ……! すぐ片付くと思ってたのに……!」
すでに遅刻している気配が漂っているものの、最後の最後まで諦めてはならないとばかりに、一生懸命に走っていた。
すると突然、曲がり角から出てきた男とぶつかってしまう。
「アッ?! す、すまねぇッ!」
勢いを止めたユリエルが、振り返って言った。
弾き飛ばされて尻餅をついている男性が、ユリエルを見上げながら、
「お前、もっと周りを見ろッ!」と言った。
「ゲッ?! ハロルドさん……!?」
「お前…… そんなに急いでどうした?」
「いや、その、遅刻しそうなんで……!」
と言ってから、ユリエルが眉をひそめる。
「ハロルドさん…… そんな悠長にしてて、いいんスか?」
「何が?」
「もうじき、礼拝が始まるっスよ?」
「は? まだ一時間も前だぞ?」
「えっ……」
ユリエルが懐中時計を取り出した。
「で、でも、もうこんな時間っスよ?!」
「――ズレてるだろ、それ」
ハロルドが言いながら、自分の懐中時計を取り出して、ユリエルに見せてやった。
「俺は毎日、家の連中に時間を聞いて合わせてあるし、今日は図書館で合わせたから間違いない」
「あ~……」
「全く、お前はいっつもこうだな……!」
ハロルドが立ち上がり、腰の土埃を払った。
「ご、ごめんなさいっス!」
ユリエルが、落ちている本を拾いながら言った。
表題を見るに、歴史や伝記、薬学などの専門書らしい。
「――なんか、難しそうな本ばかりっスね?」
「いや、ほとんどが伝承や歴史の研究論文だ」
「普通に難しい本ッスね…… なんでそんな物、借りたんスか? 図書館で借りるって高いっスよ?」
「汚さず返せば、ほとんどタダだろ?」
「いや、まぁ、そうなんスけど…… 歴史なんて調べてどうするつもりなんスか?」
「王冠のことだよ」
「王冠?」
と言うなり、ハッとするユリエル。逆に、ハロルドは表情を変えずに、ユリエルが持っている本を取りあげた。
「他に、何かあるかもしれないだろ? 調べておくに越したことはない」
「な、なるほど…… さすがハロルドさんっスね」
「どうせだ、一緒に大聖堂へ行くか」
「良ければ、分かったこととか教えてほしいっス!」
「まぁ、今は特に無いんだけどな」
「あれっ」と、肩すかしを食らうユリエル。
「今日、借りてきたばかりだぞ? そんなにすぐ分かるわけないだろう」
「そりゃそうっスけど…… ハロルドさん頭良いから、何か分かったのかと思ってたっスよ」
「期待を裏切って悪かったな」
ハロルドが歩き始めた。ユリエルは後を追った。
13
「王冠って、どうして呪われたんスか?」
「伝説じゃあ、魔王の呪いに掛けられたとか言われているな」
「そういうのって、枚挙に暇がないっスねぇ」
「ただ、王冠の呪いを解いたのがバルバランターレンっていうだけで、王冠の力を使っていたのは別の人間だ」
「普通なら、バルバランターレンが使いそうなモンっすよね?」
「不思議だが、王冠の力を自在に扱っていたのは事実だろう。ひょっとすると本当に魔導具だったのかもしれない」
「マドウグって…… なんスか?」
「おいおい、そんなことも知らないのか? もう一般常識だぞ?」
「地元の出来事の方が興味あるっスから…… それより、マドウグって何スか?」
ハロルドが溜息をついてから、話を始めた。
「魔導具っていうのは、勇者伝説に出てくる不思議な力を持った道具のことだ。
力には色々なタイプがあるらしいが、噂だとそれを研究して、実際に色々な事象を発生させていた研究者がいたらしい。確か、スーズリオン学園の人間だったかな……」
「へぇ~…… なんか、|すごい力なんスね?」
「もし王冠が人間を急激に若返らせる力を持っているとしたら…… すごくないか?」
「すごいって言えば、すごいかもっスけど……」
「なんだ? あんまり興味なさそうだな?」
「勇者伝説のヤツってことは、魔法の力ってことでしょう? それなら、こう、ド派手な力が出る何かがいいっスねぇ~」
「相変わらず子供だな、お前は……」
「でも、格好いいじゃないっスか~! 雷みたいなのがビビッと出たりしたら、すごすぎッスよ!」
「なんにせよ」と、遮るハロルド。「あの王冠にそんな力は無さそうだ。伝説通りなら、力を抑えるための道具らしいからな」
「子供にしたら、弱くなるってことっスかね?」
「多分な。それがなぜか、アリス様に反応して作動したとすると……」
「すると?」
「――もう少し、調べてみないといけない」
大聖堂の正門をくぐったところで、ハロルドが言った。
彼は立ち止まってユリエルを見やり、
「お前、アリス様とは付き合いが長いんだったよな?」
「姐さんが大聖堂に入ってからは、ほとんど会ったこと無いっスよ?」
「だが、俺よりは知っている…… そうだろ?」
ユリエルが眉をひそめた。
「どうかしたんスか?」
「アリス様…… ひょっとして、外へ出ていってるんじゃないか?」
ユリエルは内心、肝が冷えただろうが、それを表に出さないよう努めているようだった。
「――さすがに、そこまではしてないと思うっスよ?」
「それならいいんだが……」
「どうして、そう思うんスか?」
「どう見ても今の生活に不満がありそうだからな。子供の姿になって、寄宿舎から抜け出さないとも限らない…… そう思ったんだ」
「前回ので反省してると思うっスけどね?」
「どうかな」
「妙に引っ掛かってるんスねぇ……」
「人は簡単には変われない生き物だ。お前も喋り方が変えられてないだろ?」
「まぁ、それは……」と、口をつぐむユリエル。
ハロルドは大聖堂を見上げながら、続けた。
「みんなそうだと思う。皮膚の代謝や髪が伸びるのを止められないのと一緒だ…… その道理を変えることなんて、人間にはできやしないんだよ」
「よく分かんないっスけど…… でも、聖女様は子供から戻れなくなるっていう危惧を持っていたっスよ? あのときで、懲りたと思うんすけどね?」
ハロルドが、ユリエルを見据えて言った。
「ユリエル、いいか? アリス様が妙な動きをしないよう、注意してろよ?
もし子供になっていたなんてことがバレたら…… 解任もあり得る。
そうしたら、彼女はもうこの町にいられなくなるからな?」
「えっ? ど、どうしてっスか……?!」
「考えれば分かるだろ。おとぎ話の呪いが実在してて、それを受けた聖女なんて、誰が受け入れる?
バルバラントの連中も、アル・ファームの国会議員共も、なんとかして揉み消そうと躍起になるに決まってる。婚約だって破棄されるだろう……
お前もアリス様の旧友だったなら、幸せになってもらいたいと思ってるんだろ?」
「そう、っスね…… 確かに」と、うつくむユリエル。
「とにかく、あのときの件だけなら、お互いが黙っていれば問題ない。
俺も呪いのことを詳しく調べてみるから、お前はお前で、アリス様が妙なことをしでかさないよう、注意してるんだぞ? いいな?」
「――了解っス!」
ユリエルが力強く言った。