43~44:冤罪(えんざい)か? 有罪か?
43
「妙ではありませんか?」
ライールが言った。
「ユリエルが木箱に薬物を仕込んで使用したとするなら、物証となる木箱をそのままにして放置するなんて……
どんな人間でも、犯罪に使用した物なら処分しようとするのが、一般的な考え方というものです」
シェーンが飲み物を飲んでから、
「太陽によって産まれる影に、悪は蔓延る……
後ろめたいから隠すのですから、当然の行動ですね」
「もっと言うなら、誰かが無知なる人間を利用して、貶めようとしているのではと」
「しかし、単純に王冠だけを持ち出すことに集中していて、木箱を忘れていたという可能性もあるのでは? 何せ、聖女と王冠を隠さなければならないのだし……」
「その可能性もあります。が、やはり引っ掛かりますよ……
報告書には、ユリエルが誘拐の実行犯で、計画や準備をしたのは、仲間であるレックとジャナスだろうと書かれてあるのです。それなら、尚更おかしいのですよ」
「――今もなお雲隠れしているほどの連中なのに、足が付きそうな箱を、そのまま残すわけがない?」
ライールが口角をあげた。
「確かにおかしいですな。それほどの用意周到さなのに、箱の処分を忘れてしまうなんて」
「それで私が考えてた結論が、誰かがユリエルを罠に嵌めたのではないか、というものです」
「…………」
「シェーン大司教は、ユリエルと一緒にいたという女の子のことをご存じですか?」
「女の子……?」
明らかに知らないような顔をしていたから、ライールが話を続けた。
「これは、私の相方の勘――もとい洞察ですが、聖女は小さな女の子になっている可能性が高いのです」
「それは…… なんとも面妖ですな?」
「そうでもありません。原因はハッキリしています」
「ほう?」
「王冠です。アレが魔導具で、バルバランターレンの血を引く彼女が、魔導具の……
いえ、『王冠の呪い』を使えたとしたら、どうでしょう? 確かおとぎ話か何かに、子供になった話がありましたよね?」
「あるにはあるが…… しかし、本当に?」
「可能性はあります。あの王冠が正真正銘、バルバランターレンとつながりのある遺物だとしたら、勇者伝説に出てくる魔導具の可能性も高いでしょう。
伝説がただの伝説ではないことが、近年の遺物発見や魔導具の研究で証明されています。
そして何かが原因で、子孫である彼女が子供になってしまった…… 現に、身元不明の女の子を保護していると、報告書には書いてあるのです」
「ふむ…… 女の子か……」
「シェーン大司教は、アリス様の子供時代のお姿をご覧になったことはありますか? 昔、見たことがあるとか」
「グレイ君に紹介してもらったことはあるが……」
「では一度、その女の子に会って確認して貰えませんか? 面会の理由がパッと思いつかないので恐縮ですが……」
「女の子を保護しているという事実について、全く覚えがないですね。私も確認をしに行きたいと思っています」
「ありがとうございます」
「それはそうと」
「はい?」
「朝食、食べないのですか?」
ライールが自分の皿とシェーンの皿を見比べる。
シェーンの皿は真っ白だが、ライールの方は彩りを保ったままだった。
「失敬、話しに夢中になってしまって……」
「ほっほっほっ、ゆっくり食べてください。そのあいだ、私はグレイさんを連れ出す口実でも考えておきますよ」
「えっ? グレイさんを?」
「彼にとって、アリスさんは実の娘も同然ですからな。保護下の子供がアリスさんかどうか、判断可能な適任者は彼しかおりますまい」
「それは助かります。ぜひ、お願いします」
ライールはそう言ってから、やっと朝食を口に運んだ。
44
ユリエルが目を覚ました。
鉄格子の小さな窓から明かりが漏れてきたから、それで目を覚ませた。
光の加減から言って、もう朝食の時間は過ぎているようである。無論、朝食なんてここには無い。
彼は上体を起こしてから、伸びをした。
「寝床、かってぇなぁ~……」
背中を動かすように、上体を左右へ動かしながらつぶやいた。
――まさか、自分が犯人になるとは思ってもみなかった。
「日頃のおこないが悪かったのかなぁ~……」
しかし、起きたところで何もすることが無い。
昨日は、指名手配犯をどこに匿っているのか、とか、王冠をどこへ運び出すつもりなんだとか、聖女アリスをどこへ監禁しているんだとか、有ること無いことを根掘り葉掘り訊かれた。
知るわけないから、最終的には黙っていたけれど、そのせいか少々疲れが残っている。
ユリエルは、せっかくだからと寝転がり、二度寝する準備を整えた。
「ハァ~……」
――アリスは無事なのだろうか。
彼女のことは考えないでおこう…… そんな風に思うと、余計に安否が気になって仕方なかった。
「大丈夫、大丈夫。俺が気にしても仕方ないって……」
そう言って、ユリエルが目を閉じた。
しばらくすると、カツカツ足音がしてきた。
妙に間隔が狭いから、走ってきているように聞こえる。
足音が最大音量となって、ピタリと止んだ。
「ユリエル君……!」
彼の目が見開く。
パッと起き上がって、鉄格子の向こう側の廊下を見やる。
そこには小さな女の子――アリスがいた。格子をつかんで、こちらを見ている。
「大丈夫……?!」
「え……? あれ? えぇっ……?!」
「話はあと……!」
そう言って、アリスが持っていた鍵を、扉の錠前に合わせていく。
「合った……!」
次の瞬間、パチンと鍵が解かれて、甲高く耳障りな音を鳴らしながら格子扉が開いた。
「ほら、早く来て!」
「い、いやいやいや! 脱獄は不味いって!」
「いいから来るのッ!」
アリスが牢屋へ入って、ユリエルを引っ張った。
子供にねだられる父親みたく、引っ張り起こされたユリエルが、アリスにそのまま引っ張られて牢屋の外に出た。
「ど、どういうこと? 鍵とか、どうやって手に入れたの? 看守は……?」
「分からないけど、とにかく脱出! ここから安全に出る方法とか無いの?!」
「えっと…… それもそうか……」
ユリエルが少し考えてから、
「看守、ひょっとして気絶させたとか?」
アリスが首を横に振って、「なんか、もう寝てた」と言った。
「寝てた……? まさか、誰かに?」
「そんなことは後回し! どうするか考えてよ、ユリエル君!」
「どうするって……」
ユリエルが周囲を見渡す。
特に使えそうな物が無いから、看守のところへ行こうと言って、アリスと共に看守がいるであろう管理室へと向かった。
誰もいない牢屋が両脇に並ぶ中を走って、つき当たりにある道を曲がって、階段を登っていく。
やはり鉄格子の扉があいていて、看守が二人、机の上に上体を預けるようにして眠っていた。
「――本当に眠ってる」
「誰がやったのか気になるし、これも罠かもしれないけど…… 身動きが取れないんじゃ、無実を証明することもできないでしょ?」
「まぁ…… 確かにそうだけどさ……」
「お願い、ユリエル君」
アリスがユリエルの手を力一杯に握った。
「諦めず、一緒に来て……!」
しばらく彼女を見下ろしていたユリエルが、根負けして溜息をついた。
「――分かった。ひとまず脱獄を優先しよう」
やっと、アリスの顔が焦燥から解放された。
ユリエルは周囲を一瞥し、
「もう、これしかなさそうだ。――無茶するけど、いいか?」
アリスが力強くうなずいた。




