41~42:大司教と朝食を
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翌日となる。
聖女アリスの失踪とユリエルの逮捕は、大司祭のマグニーと大司教のシェーンにだけ伝えられ、奉納祭までの定時礼拝と前夜祭の挨拶は、シェーンが代役でおこなうことが内々で決められた。
彼は、じきに奉納祭であり、それまでにアリスが見つからなかった場合を想定し、グレイや他の人々にも正しく公表すべきだと主張した。が、マグニーや他の司祭、神職者たちがそれを許さなかった。
大聖堂側としては、一〇〇〇年ほどの歴史において始めて起こったであろう内部不祥事を、内々で揉み消す方向に舵を切っていた。
事の真相を知ろうと、シェーンはユリエルと身元不定の女の子――アリスとの面会を求めて、詰め所へ向かった。が、捜査中の容疑者と重要参考人に会わせるわけにはいかないと、玄関口で丁重に断られた。
すると……
「シェーン大司教?」
彼が振り返ると、傍にライールがいた。
「確かあなたは……」
「どうかしましたか?」
「ええ、まぁ……」
「――せっかくです、一緒に朝食でもどうですか? 帰りは、私がお送りします」
シェーンが口角をあげた。
「いいですな、あなたと一緒なら護衛も必要なさそうですよ」
「では、よろしくお願い致します」
そう言って、彼はシェーンと共に歩き出した。
「すぐそこに、美味しいお店があるんですよ」
「あそこの喫茶店でしょうか?」
「そうそう。――いつもは奉納祭が終わった後に行くんですがねぇ」
「実は、そのことについて少々お話を聞かせ頂ければと……」
「ふむ。私もあなたに訊きたいことがありましてね。いいですか?」
「むしろ、丁度よかったと言うものです」
二人が店内へと入る。
「シェーン大司教……」
と、困惑したライールが言った。
「扉に準備中という札がありましたが……」
「逆に、他のお客がおらんということですよ。――やぁ、元気かい?」
シェーンが手をあげつつ呼びかけると、店主らしき人物が応えるように手をあげ、
「今日は随分と若いお友達をお連れなさったようで」
「今から護衛してくださる、ベリンガール出身の近衛騎士様じゃよ。少々、話がしたくてね」
「分かりました。いつもの朝食でいいですか?」
「お願いしますよ。――あなたも同じでいいかな?」
「ええ、構いません」
「よっこいしょ…… あなたもお座りなさい」
「では、失礼します」
一礼したライールが、椅子に腰掛けた。
そのとき丁度、奥から店主が出てきて、
「どうぞ」
と、飲み物を置いた。
「ありがとうございます」
「悪いね」
シェーンはそう言ってから、厨房へ戻っていく店主を眺めつつ、
「どちらから話をしましょうか?」と尋ねる。
「私の方は完全に私用ですので、シェーン大司教からお先にどうぞ」
「じゃあ、尋ねさせてもらいますよ」
飲み物を口にしてから、シェーンが話をし始めた。
「あなたは、四半期ほど前に起こった事件の事後処理として、この地方にやって来たと言ってましたね?」
「その通りです」
「事後処理というのは、具体的にどういうモノなのかな? お目に掛かったときは、それほど心配するようなことではないと言っていたようですが」
「他言無用でお願いできますか?」
「無論。私も同じく、他言無用にして頂きたい」
「了解致しました。――おっと、その前に朝食が来そうですね」
シェーンが厨房のある方へ目を向けると、店主が厨房暖簾を分けながら現れた。
「お待たせしました」
「ありがとう」
「いつもながら、美味しそうだねぇ」
「ありがとうございます。――奥にいますので、何かあればお呼びください」
「そうするよ」
一礼した店主が奥へと引っ込むと、シェーンが「頂きます」と言うから、ライールも同じように、頂きますと告げた。
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「先程の続きだが」とシェーン。「あなたは何をしに、アル・ファームの片田舎に?」
「事後処理です。ベリンガールの反社会組織…… 名前を『秋を取り戻す』と言うのですが、ご存じで?」
「世間一般に出回っている情報しか分からないですかねぇ……」
シェーンがナイフとフォークで、目玉焼きを切り始めた。
「秋革命に関与していた人々が、内戦を起こそうとしていた…… という認識で大丈夫ですかな?」
「おおむね問題ありません」
そう言ったライールも、ナイフとフォークを持った。
「問題は、奴らが使っていた兵器でして……」
「ふむ?」と、フォークで食べ物を口に入れる。
「魔導具はご存じでしょうか?」
「――もちろん。ロンデロントにも来られたことがありますからね、魔導具の研究家が」
「確かにそうでした。エルエッサムとは目と鼻の先でしたね……」
「その魔導具が、悪いことに使われたのですか?」
「ええ、間違ってはいないのですが…… そちらよりも、奴らが大量に所持していた爆薬の方が問題でして」
「爆薬?」
「信じ難いことかもしれませんが、奴らは空を飛ぶ乗り物を使って、空から爆弾を投下しようとしていたのです」
シェーンが目を細めた。
「新聞には空を飛ぶ乗り物…… 飛行船と言うらしいのですが、そのことに関して、憶測を書いてあるくらいだったと思います。
実際は、記者連中が考えているよりも恐ろしい事態が起こっていたんです」
「ふ~む、驚いたな…… 新聞にはそんなこと、一言も書かれていなかった」
「無用な心配事をバラまかないための方策です。
幸いなことに、飛行船の核となる魔導具は海中に没し、ほぼ全ての組織関係者を抑えることに成功しました。
あとは、『爆薬』や『燃料』をどこから仕入れたのか…… その点だけが残っている状態なのです」
「それで、ここへ来たと?」
ライールがうなずいた。
「ふむ…… 確かにバルバラントは、昔から鉱物の名産地ですからな」
「そして、花火の名産地でもあります。火薬の扱いに長けた人が多い……」
溜息をついたシェーンが、飲み物を口にしてから、
「嘆かわしいことです」
と、つぶやくように言った。
「――して、犯人の目星は付いていますか?」
「ええ。名前はレック…… 元々はこの町の出身で、花火師に弟子入りしていたそうです。
破門され、ロンデロントへ行き、そこでおそらくジャナスという詐欺師と出会った……」
「ジャナス…… 名前だけは知っております。指名手配犯ですよね、確か」
いつの間にか朝食を平らげていたシェーンは、食器を皿の上に置いた。
「レックに入れ知恵したのはジャナスでしょう…… ヤツは組織の中核メンバーである、ダガーという男と連絡を取っていたようなので」
「流れとしては、ジャナスが組織の連中と連絡を取り、レックに爆薬などを量産させていたと?」
「原材料の仕入れ経路はすでに把握し、抑えています。証拠はもう揃っているようなものなので、後は逮捕だけだったわけですが……」
「鼻の利く二人が、祭りのドサクサに紛れてこの町に来たと?」
「そう考えています。しかし、どうにも謎があるのです」
「ほう? なんです?」
「奴らがこの町にいるのなら、どこかに潜伏しているはず…… しかしどうしても、潜伏先を見つけられないのです」
「ふむ…… 祭りでごった返しているから、見つけるのも大変でしょう?」
「しかし、それにしてもうまく隠れ過ぎている……
他の連中も呼び寄せて捜索しているにも関わらず、どうにも尻尾を見せない。
カントランドにほとんど縁もゆかりも無い二人が、どうして隠れ家を確保できたのかも謎なのです……」
「鉱石の発掘現場や廃坑場はどうだったんですか?」
「もちろん調べました。今も見張っているのですが、誰も近付いて来ないのです」
「ハロルド君の話では、あなたも潜伏先を捜索したそうだね? 何か、手掛かりは無かりましたか?」
「いえ、全く何も……
火薬の調合をおこなったりした形跡はあったのですが、一時的な潜伏先だったようで……
居場所を示す手掛かりがありません」
「そうすると、結局は尻尾をつかめていないと?」
「お恥ずかしい限りです」
「あ、いや。これは失言でしたな。私は君の上官でも何でもないから、そういう意味で言ったわけではありませんよ」
「いえ、事実ですので。――ただ、気になることはありました」
「ふむ?」
「我々が捜索をしたのは、警備隊長とハロルド君たちが押し入ったあとだったのですが…… なぜか王冠の入っていた箱だけ、残されていたのです」
「うむ、それもハロルド君から聞かされましたよ。中身はすでに持ち出されていたと」
「どうしてでしょうか?」
「どうして……? 何か思うところでもあるのかな?」
「――シェーン大司教は、ユリエルの件についてご存じで?」
「一応は…… とりあえず、君がどこでそれを知ったか、聞かないでおく」
「ありがとうございます。ここからは私の話になりそうで恐縮ですが、よろしいでしょうか?」
「もちろん。知りたいことは大体、知れましたから」
「それでは、話を戻します。
ユリエル本人がもし、王冠と聖女の件に絡んでいるのなら、どうして彼は、木箱をあの部屋へ置いたままにしたのでしょう?」
「面倒だから、放っておいただけでは?」
「それが、調査報告書に……
いえ、机の上に置いてあったので目に入ったのですがね、その報告書によりますと…… 木箱から、聖女誘拐に使われたという薬物の反応が出たと書いてあったのです」
「ふむ…… 私も、そのような方法を取っていたと聞かされています」
シェーンがそう言ってから、飲み物を口にした。




