39~40:聖女様はもういない
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ハロルドは鋭い視線でユリエルを見やっている。
ユリエルは何を言っているんだという目で見返している。
「ユリエル」
ハロルドがようやく、低い声音で言った。
「お前、今日は本当に、ずっとアリス様を捜していたんだな?」
「あ、当たり前でしょ!? 何を言ってるんスかッ?!」
ハロルドが、木箱の中にある王冠を取り出して、机の上に置いた。
「実はな、これは偽物だ」
「にせ…… えっ?」
「正確に言うと、この木箱だけが本物であり、見つかった代物だ。お前が引っ掛かるかどうかを試すために、王冠は美術館から借りてきた」
「まさか、ハロルドさん……!」
「ああ、俺はお前が犯人だと思っている」
また沈黙が流れた。
「いくつか気になる証言もあったし、お前がアリス様を子供にして、連れ出している可能性も考えた」
「俺がそんな――」
「嘘をつくなッ!」
ぴしゃりとハロルドが抑えた。
「粉物屋台の店主から、お前が少女を連れて食べに来ていたという証言があった。その少女は誰だ? 迷子か?」
ユリエルは答えられなかった。
「次に、串刺し遊びの屋台で、金髪の少女とゲームに興じていたそうだな? 目撃者も多数だ。それから、お前が少女を連れて大聖堂へ向かったと言う証言もあった。
ちなみに、その少女は金髪のワンサイドアップ…… つまり、髪を片側にだけ結ってある髪型をしていたらしい。えらくアリス様に近い髪型をしているじゃあないか」
ユリエルは何も言えない。
「次に、その髪型の少女が何者かに追われたって話を、ベリンガールの近衛騎士から聞いた。
そいつの話では、お前が連れて帰ったそうだが…… どこへ連れていった?」
ユリエルは押し黙ったままだ。
「極めつけに、今日だ。お前が闇夜に紛れるように大聖堂の墓地へ向かったのを、俺が確認した。
――何をしに行った? 墓地で会っていた男と、どんな話をしていた?」
そう言って、ハロルドが立ちあがる。
ユリエルも反射的に立ちあがった。
「俺はお前を、多少は買ってたんだぞ?
それなのに、護衛兵にあるまじき行動をたの数々を取った。なぜだ?」
「確かに」とユリエル「アリスと祭りに出掛けたのは事実だし、今日、酔った勢いで霊廟に行ったのも事実だ。でも、俺はそこで妙な二人組が会話しているのを聞いた」
「当事者なんだから当たり前だろう?」
「違うッ!」と、ユリエルが手を払った。「俺も知らない連中だッ!」
「じゃあ、どんな会話だった?」
「何か、効果抜群の物がどうとか、量産がどうとか……
あと、聖女がどうとかって言ってた。間違いなく、その二人組が誘拐や王冠の盗難に関わってる!」
「なるほど…… じゃあ、詳細は後で聞くことにしよう。そろそろ、到着する時刻だからな」
ハロルドが机の上の懐中時計を拾いあげながら言った。
ユリエルは身構えたが、ハロルドは次いで木箱を拾いあげると、玄関の方へと向かい、扉を開いた。
――ぞろぞろと警備兵たちが入ってくる。
先頭に立っているのは、警備隊長だった。
「ユリエル。大聖堂にあるお前の衣装箱から、こんな物が見つかった」
彼は懐から布袋を取り出し、その袋の中から、畳んだ紙切れを出してきた。
「鑑識官によると、これは特定の条件で揮発し、意識を昏睡させる薬物らしい」
「お、俺はそんなもの、持ち込んだ覚えないぞ……?!」
「だが、お前の衣装箱にあって、しかも使用された形跡があった」
「使用だって?」
「アリス様の部屋だ」
ユリエルは驚いた顔をした。
「ハロルドさんの持っているこの木箱から、薬物が使用されたという反応が出た。エルエッサムでよく作られているタイプの、睡眠導入剤の錬成版だ」
「大方、例の詐欺師から購入したんだろう」とハロルド。
「待てよ! 俺はそんなもの、買った覚えなんかないぞッ!?」
「隠し通路の存在、なんで黙ってた?」
いきなりハロルドが言った。
不意打ちを食らったユリエルが、言葉を出せなくなる。
「お前、今日はグレイ様に無礼を働いて、決闘の寸前までいったらしいな? その話を聞いたとき、グレイ様からお聞きしたんだ。
――アリス様が大聖堂からいなくなったから、司教の部屋から誰にも知られずに脱出する方法があるのかどうか」
「…………」
「あの隠し通路は、司教たちだけの口伝で伝えられてきたものらしい。
だが、お前はアリス様から聞かされていたか、実際に見たんだろ? アリス様を墓地へ送ったときにでも。
それか、今日の晩に墓地へ行ったのは、部屋に置き忘れた薬物の処理のためか?」
「ち、ちが――」
「待ってッ!!」
ついに、アリスがクローゼットから飛び出してきた。
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「彼は王冠を盗んだりしていないッ! 子供になったのは、私が勝手にやったことですッ!!」
その場にいた全員が、アリスに視線を集中させていた。
彼女の細い足や体が震えている。
しかし、ユリエルをかばうように前に出て、さらに言った。
「私が……! 私が祭りに行きたくてこんなことをしたのッ! 薬物とかは誰かが仕組んだんですッ!
気が付いたら子供になっていて、王冠で元に戻ろうと試行錯誤するために、私が持ち出したんですッ!!」
「――やはりな」
ハロルドが鋭く言った。
「隊長、見ての通りです。ユリエルは子供誘拐犯の一人ですよ」
アリスが信じられないという目でハロルドを見た。そして、胸に手を当てて言った。
「何を言っているのハロルド!?
彼は私を探し出して、こうやって匿ってくれたのですよッ?!」
「薬のせい、ですか?」
隊長が憐憫な表情で言った。
ハロルドがうなずく。
「あの錬成物は、濃度が高いために副作用が強く出る…… エルエッサムでさえ使用を制限しているものですからね。
残念なことに、自分を聖女アリスだと思い込んでいるのでしょう」
「な、何をバカなことを! あなたは私が子供になってしまったのを見ているでしょうッ?!」
「――聖女様はね」とハロルド。「本当は今、行方不明なんだよ?」
アリスはワケが分からなくて何も言えなかった。だから、ハロルドが続けた。
「彼女を見つけ出さないと、大聖堂全体の存続に関わる……
隊長、申し訳ありませんが、この子は重要な情報を握っている証言者として、保護していてください」
「ええ、もちろん」
そう言って、隊長が部下に合図を送る。
二人がユリエルの脇に向かい、彼を両側から抑えた。
アリスは涙を目元に浮かべながら、振り返って、ユリエルのズボンをつかむ。
彼はアリスを見下ろして、軽く微笑んだ。
逆に、アリスは顔面蒼白となり、唇が震え出す。
「ユリエル、お前を幼児誘拐と重要文化財の盗難の現行犯として逮捕する。
これからの発言は全て記録され、法廷に提出され、不利な証拠として使用される可能性がある。
なお、君には黙秘権と弁護権が与えられている。――連れていけ」
ユリエルが連行される。
アリスが追い掛けようとすると、ハロルドがアリスを捕まえた。
「離しなさいハロルドッ!!」
「いい加減、目を覚ますんだ。
君は聖女ではない、ただの女の子だ」
しばらく互いに睨みあう。
「ハロルドさん」
隊長の声がするから、ハロルドがゆっくり彼の方へ目をやった。
「あとは我々にお任せください。もし可能なら、彼女の両親を捜す協力をして頂けると助かります」
「ええ、任せて下さい。王冠共々、必ず見つけてみせますよ。それから、この事件のことは奉納祭が終わるまでは漏らさないようお願いしておきます」
「ええ、分かっています。充分な調査も無いまま、他国に広まってはバルバラントの…… いや、アル・ファーム全体の沽券に関わりますからな」
「ええ、その通りです。どうかよろしくお願い致します」
ハロルドがそう言って、つかんでいるアリスを見やる。
彼女はなおも、ハロルドを恨めしそうに睨んでいた。




