14~15:遠方からの来訪者
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ユリエルとハロルドが大聖堂に入ると、マグニー大司祭とシェーン大司教の他に、見慣れない老人――おそらく議員か何かと、若い取り巻きの男性が何人かいた。
「おはようございます」
ハロルドが言うと、マグニー大司祭が近寄ってきて、
「二人とも、ちょうど良いところに来たな」
と言った。
ユリエルは口調に問題があるから、いつもハロルドだけが話す。
その方が世話が無いし、義理とは言え、親子同士だから話も早い。
今回も彼が話の先頭に立った。
「どうかしましたか? マグニー大司祭」
「うむ。実は先程、アリス様にも伝えたことなのだが……
今年で彼女も司教の任を終えるというから、このたびの前夜祭の期間で、説法をしてもらいたい、という話が出たんだ」
「くっだらねぇ~……」
マグニー大司祭がユリエルを睨み付ける。
ユリエルは素知らぬ顔で明後日の方を向いていた。
「――その護衛をすればいいのですか?」
「うむ、そうだ。相変わらず、隣の男より物分かりが良くて助かるよ」
「恐れ入ります」
「当日は混雑が予想されるから、お前たち他、我々も現地で解散となる」
「聖女様は?」
ユリエルが問うと、マグニー大司祭がまた彼を睨んだ。
「現地解散?」
「違う」
「じゃ、どうするんスか?」
「――話すからもう喋るな」
マグニー大司祭が咳払いを一つして、
「先程も言ったように、混雑が予想される。議事堂には幸い仮眠室があるから、そちらで眠ってもらい、朝に大聖堂へ戻って頂く」
「その方が、混乱も少なくて問題が無いという判断ですね」
「その通りだ。やはりお前は物分かりがいい。隣の男にも見習ってもらいたいもんだ」
「我々が付いていなくても良いのでしょうか?」
「議事堂内は後夜祭まで警備が手厚いし、近くには治安警備隊の詰め所もある。説法が終わり次第、祭りを楽しんでくればいい」
「特に興味ありませんので」とハロルド。「それでは、我々はこれで失礼致します」
目礼したハロルドがユリエルを見やって、
「行くぞ」
と言うから、ユリエルがうなずいて、ハロルドの後に付いて歩いた。
その後ろ姿を見ていたマグニーは、溜息をつきながら、
「やれやれ……」と、独りごちた。
「どの親も、子供には手を焼くものですよ」
「シェ、シェーン大司教……」
「もう少しだけ、距離を取ってみては如何かな?」
「しかし」と言葉を切ってから、続けた。「あ奴は年頃にも関わらず、結婚も進路も決めておりません…… 部屋に籠もって書物ばかりで……」
「読書は素晴らしいことですよ。現状で充分という認識なのでしょう。それはそれで、素晴らしいことではありませぬか」
「そ、そう言って頂けて光栄であります……」
「子供はなんだかんだ、親の背中を見ているものですよ。そこに血縁関係は必須ではないのです」
「…………」
「――失礼します」
二人が入り口の方を見やると、男女が二人、近付いてくるのが見えた。
一人はユリエルたちと同年代か少し上くらいの、異国の兵装をした逞しい男性で、もう一人は、白い細紐でポニーテールに髪を結ってある女性だ。
彼女は左腕に、古くも美しい貴金属の腕輪を付けていた。
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「マグニー大司祭でしょうか?」と男性。
「そうだが、君は?」
彼は懐に手をやって、手帳を取り出し、それをマグニー大司祭に見せながら、
「私、このたびベリンガール共和…… 失礼、ベリンガール連合国から派遣されました、国防省直属の要人近衛騎士、ライールと申します。こちらの女性は協力者のエリカです」
「お初にお目に掛かります、大司祭様」
と、エリカが物腰柔らかく礼をした。
「――そちらはシェーン大司教でいらっしゃいますね?」
「お久しぶりです、エリカさん。半年と少し振り…… ですかな?」
「ええ。ご無沙汰しておりました」
二人は和やかな雰囲気で、握手を交わした。
「お、お知り合いですか、シェーン大司教」
「もちろん。彼女はアルメリア王女の、侍女だったお方ですよ」
マグニーが驚いた顔でエリカを見やった。
「以後お見知りおきを、マグニー大司祭」
エリカがスカートを持ちあげながら会釈する。
マグニーはすぐさま一礼した。
「あの有名な侍女様とお会いできるとは、光栄の至りです……!」
「そんな大袈裟な……」
エリカは、伸ばしている五指の先端を唇へ軽くあてがって言った。
「――それでですね」
頃合いを見計らったライールが、言った。
「チャネルさんという方が、こちらにいらっしゃるとお聞きしまして……」
「ああ、彼ならあそこに」
マグニーが、奥に立って打ち合わせらしき話をしている男性を見やりながら言った。
「ありがとうございます」
「ところで」と、マグニーが視線を戻す。「派遣されて来たと言う話ですが…… いったい、どういうご用件で?」
「詳細は機密なのでお話できません。ただ、すでにこちらで調査をしていた先遣隊の報告から、私が派遣されたとだけ……」
「なにやら不穏な物言いですが……?」
「ご安心を。私はあくまでも、事後処理の確認をしに来ただけです。ここで何かが起こっていた訳ではありません」
「そ、そうですか……」と、安堵するマグニー。
「エリカさんたちも」
シェーンがゆっくりとした口調で言った。
「仕事が一段落したら奉納祭を楽しんでいってください。今日から後夜祭までのあいだ、五日間ほど花火が上がりますから」
「実はそれが目当てなところもありましたの。奉納祭も素晴らしいと伺っておりますし、鉱石の名産地でもありますし…… 見て回るのが楽しみですわ」
「ええ、ええ。ぜひに楽しんでいってください。特に英傑への奉納の儀は、この地方の素晴らしき伝統文化ですから」
「――というわけですわ、ライールさん。楽しみですね?」
ライールが頬をかいていた。
「お~い、チャネルさん!」
マグニーが声を掛けると、彼が気付いて、こちらを向いた。
その後、彼とライールたちが話をするためにと、外へ出ていった。
大聖堂から少し離れたところにある、大きめの木の下に来たライールとエリカが、チャネルという男性と話をし始める。
ある程度の話が進んだところで、
「つまり」と、ライールが言った。「このカントランドに来ている可能性が高いと?」
「ええ。ロンデロントからの手紙によりますと、潜伏先と思われる場所は全て当たったのに、もぬけの空だったそうです」
「カントランドにいるという確証はあるのか?」
「可能性は高いかと。彼は昔、花火職人の元で働いていたことがあったようです。
ただ、火薬の無断持ち出しで破門となったようですが」
「なるほど…… そこで火薬のイロハを学んだわけか」
「それと、エルエッサムからジャナスという詐欺師も、カントランドにまぎれているとかで…… 何かしら協力関係にあると思われます」
「やれやれ…… 面倒な二人が、この町に揃っているわけか」
「そうなりますね」
「どうするの?」とエリカ。
「一網打尽にするいい機会だ。休暇は別の日に取ろう」
「そうなると思った」と、溜息混じりにエリカが言う。
「先遣隊にもこのことは伝えておりまして、今も捜索がおこなわれているとのことです。――ただ、時期が時期だけに難航しておりまして」
「これだけの人だもの、宿泊施設を探すのも一苦労よね」
「そうなんです。本当に人が多く来ますからね、奉納祭は」
「状況は大体、分かった」とライール。「先遣隊は引き続き、潜伏先の特定を急いでくれ。我々は少し別の角度から捜索する」
「了解です。僕はまだ仕事が残っていますので、これで失礼します」
「ああ、ご苦労様」
チャネルが立ち去った。
「――どう思う?」
両腕を組んだライールが、隣のエリカへ目配せして言った。
「そうねぇ……」
と、アゴに指をやるエリカ。
「今のところはなんとも言えないかなぁ」
「そうか。とりあえず、情報を集めてみるかな……」
「あ~あ、これで花火はお預けか~……」
「後夜祭までに終わらせればいい。人相を変えていても、行動まではそう変わらないモンだ」
ライールが目を細めつつ言った。