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ラブレター  作者: 百鬼
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女神のきもち

 神秘的なあなた……。あなたは、何を考えてるの? どうして、あなたはあなたなの? ジュリエットの気持ちがわかる。切ない。苦しい。あなたを見ることができない。自分が、怖いわ。あなたをとめどなく愛してしまう自分が怖い。人を愛するって、もっと楽しいと思ってた。もう今では、あなたのことを考えないようにしてるの。あなたのことを考えると、気が狂いそう。愛って、きっと、狂気に違いない。もうこれ以上、あたしを苦しめないで。

 ああ、どうしてこんなになっちゃたのかしら。あなたのことなんか、どうでもよかったのに。だってあなたは、みんなから仲間はずれなんですもの。ひとりぼっちなんですもの。ひとりぼっちほど、情けなくてみっともなくて辛いものはないわ。かっこ悪いの。ひとりぼっちは、絶対にいや。あたしは、あたしの周りには、いつも男がたくさんいる。電車にいるときも、買い物に行くときも、街を歩いてるときも、いつでもよ。別にあたしが望んでるわけじゃないの、勝手に寄ってくるの。あんまりいっぱい来るもんだから、もう、誰が誰だか顔もわからない。みんな二枚目の気もするし、三枚目の気もする。女友達からは、「いいなあ」とか言われるけど、あたしにはなにがいいのかわからない。そして寄ってくる男たちも、あたしの何がよくて寄ってくるのかがわからない。この前、じゃれあいながら「どうしてあたしに寄ってくるの? あたしのどこがいい?」ってきいてみたけど、なんだかよくわかんないこと言われたわ。男って、不思議ね。

 でも、こんななんでもない何の取り柄もないあたしにも、これだけは負けないって、特技がある。あたし、人のうそが見抜けるのよ。特に、男のうそは、すぐわかる。どうしてわかるのかって言われると困るのだけれど、とにかくわかるの。もう、男はみんなうそつき。ふふ、あたしは気がついてないふりをしてるけどね。悪女かしら。



 あの日、あたしは、すごく有頂天だった。もうちやほやされすぎて、飽きてきて、それでわざと、自分が一番気に入らない靴をはいていったの。真っ青の靴。あたしは青が嫌いなのよ、何か見てて切なくなるから。センスのかけらも、ありゃしない。そして、そのあたしの靴を見て、男たちがなんて言うか見てやりたかったの。「本当に似合うよ」とか、「綺麗だよ」とか、もう、定番の褒め言葉の嵐。それを聞きながら、あたし、心の中でくすくす笑ってたわ。おかしな男たち、あたしが青い色の靴が嫌いで自分には似合わないって思ってることも知らずに、我先にとあたしの靴を褒め称えてた。みんな、あたしの前にひれ伏してる。気持ちいい、こんなに気持ちいいこと他にはないわ。あたしはまだ男に抱かれたことはないけど、あたしが思うに、男に抱かれるのなんてこの気持ちよさの百分の一にも満たないわ。だって、目の前で男共がひれ伏してるのよ。あたしを、崇めてる。最高の瞬間。

 視界の隅に、あなたが飛び込んできたわ。ひとりぽつっと、本を読んでた。あたしなんかに目もくれてなかった。どうしてかしらね、その時むっとしたの。こんな、いっつも一人でみんなから軽蔑されてるあなたが、どうしてあたしに目もくれてないの。あたしのこの靴を見て、他の男共と一緒に、あたしを崇めなさいよ。なによばかにして。頭がいいだけの、ただのがり勉のくせに。ちょっと、いたずらしてやる。



 あたしは次の休み時間に、仲間はずれのあなたに声をかけたわ。「あなただけじゃないのよ。あたしも同じ」って。明らかに仲間はずれのあなたに、明らかに仲間はずれじゃないあたしがよ。ふふ、あたしったら、いじわるね。内心、ひやひやだった。あなたと同類にみられたくなかったから。さあ、喜びなさい。あなた、あたしに声をかけられたのよ。他の男たちみたいに、下卑た褒め言葉をあたしに言って。あたしを喜ばせようと、努力しなさい。あたしを欲しがりなさい。見事にあなたの期待を裏切ってあげるわ。

 その次の瞬間、あたしはどきっとした。あんな感情、生まれて初めて。あなた、涙を流したわ。一瞬だったけど、確かに流してた。あれは、うそじゃない。男の人の涙って初めて見たけど、ああいうものなのね。急に、あなたが愛おしくなった。泣いてるあなたが、かわいそうで、愛しく思えた。あたしが、とてもくだらない人間なんだって、気づいた。あなたが気づかせてくれたのよ。あたしは醜い。あなたに比べたら、あたしは、なんて醜いの。ああ、美しいあなたを、受け入れたい。あたしのものにしたい。あなたの心に、あたしを刻み付けたい。どんな方法を使ってもいい。

 あなたを連れ出した。あたしの右のポッケには、あなたへのラブレター。内容は三日三晩考えた。でも、こんなの初めてだから、殆ど何にも思い浮かばなかった。何を書いてもあなたに拒絶されそうで、怖かった。もう、考えすぎて、おかしくなりそうだったわ。渡す瞬間とか、緊張しすぎてて、覚えていないの。ほんと、かっこ悪い女。



 二日後に、あなたから返事がきた。お家に帰ってから、見ようかどうかすっごく迷ったけど、あたし、思い切ったわ。どうせ、あなたは嫌がってるって思ってた。あたしみたいな醜いアヒルの子には、見向きもしない人なんだって思ってた。「君のことはどうでもいいんだ」とか、そんな内容だと思ってた。けど、違ったわ。あなた、あたしを、こんなあたしを、愛してくれていたのね。もう、それを知った瞬間、うれしくてうれしくて、泣いたわ。一人で声を出して泣いたわ。あたしはなんて幸せなの。愛する、愛しい、愛おしいあなたから、愛されていたなんて。幸福な気持ちでいっぱいになりながら、眠った。



 次の朝、目が覚めた。ううんって、思い切りのびをする。顔を洗ってご飯を食べる。歯を磨く。服を着替える。今日もがんばろっと。「いってきます」



 あなたへの愛はもうなくなってた。だって、あなたはずっと前から、あたしのものだったんですもの。




涙? ああ、流してたわね。人間誰だって泣くわよ。

過去作です。


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