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「蓮、どうだった?」
朝のHRは、始業式の日だったので普段のそれとは異なり、担任の挨拶や軽い自己紹介があった。
そんな少し長めのHRが終わると、ニヤついた湊が早速話しかけてきた。
もちろん、『どうだった?』というのは今朝の話の続きだろう。
「別に。どっち派かと聞かれれば秋川さんかな」
「ほー、その心は?」
「心って……まあ、可愛かったし?」
可愛かったというのは事実だ。
秋川さんは可愛かったし、北原さんは綺麗だった。
というか、他の女子達も結構可愛かったと思う。色気付く年頃だからだろうか。
素直な感想を述べると、湊がありもしない疑いを掛けてきた。
「お前、ロリコンだったのか?」
「どうしてそうなるのさ……」
「いや、秋川さんを可愛いって、そういうことだろ?」
「別に、そういう意味じゃないよ。普通に可愛かったじゃん」
「いやいやいや、そりゃあ可愛かったけど!俺が聞いたのはそういうことじゃないだろ!?」
そういうことってどういうことだよ。
と思わないでもなかったが、湊の言いたいこともなんとなくわかってはいた。
簡単に言えば、湊がlove的な意味で聞いた質問に僕がlike的な意味で答えたということだろう。
しかし、そんなただクラスメイトになって自己紹介されただけの相手に、love的な意味の感想なんて抱かないだろう。
と、僕は思っているのだが、湊が聞いてくるということは普通はそうではないのだろうか?
「はぁ……こりゃあお前、相当だな」
「なんか酷い言われようだけど。なら湊はどうなのさ」
「俺はパス」
「なにそれズルい」
人には聞いておいてなんてやつだ。
まあ、別に湊の恋事情などどうでもいいのだが。
そんなくだらない会話をしているうちに始業式の為に体育館へと移動する時間になった。
始業式とはなんとも退屈なもので、殆どの学生がなにか別のことを考えているものだろう。
かくいう僕もその一人で、始業式中はずっと最近ハマっているゲームのことを考えていた。
⏎
始業式が終わったあと、僕達は委員会やなんやの役割配分を行っていた。
まずは学級委員を決め、その後に学級委員の進行の元で各委員会の役員を決めていく。
委員会には部活動に参加していない生徒が優先して選ばれるというシステムになっているため、部活動に無所属の僕は委員会への参加はほぼ決定しているものだった。
部活動をしている人は当然委員会を逃れられる可能性があるので、最初は大人しくしている。
そしてこの学校では大半の人が部活動をしているため、僕のような無所属の人はむしろやりたい委員会に入りやすいという状況にあった。
当然のように去年もやっていた図書委員に立候補した僕は、無事にその席を獲得した。
委員会というのはほとんどの場合男女一人ずつという配分になっている。
そして図書委員もその例外ではなく、僕の相方となる女子の図書委員は──
「それじゃあ、図書委員は野沢くんと秋川さんで」
秋川友梨。彼女だった。
図書委員が決まった後、教室は若干ザワついた。もちろんその理由は僕ではなく、秋川さんの方だ。
せっかく委員会をやるなら少しでも可愛い女子と一緒にしたいということだろう。残念だったな。君たちのリサーチ不足だ。
……なんて、別に僕も彼女と一緒になりたくて立候補したわけではないが。
⏎
委員会決めが終わると、今日はそのまま解散となった。
しかし図書委員はこのあと集まりがあるので、図書室に行かなければならない。
なので図書室へ行こうと席を立ち上がろうとしたところを、湊に捕まえられた。
「よかったじゃねえか、蓮くん?」
「……はぁ。何がとは聞かないけど。いつもみたいにさっさと帰ったら?」
僕がさっさと立ち去ろうとすると、湊が腕を掴んで止めてきた。
「まあ待てよ。俺にも色々使命があってね」
「使命?」
「ああ。それとなーく蓮に秋川さんと付き合う気にさせるっていう使命がな」
「それを言った時点でそれとなくないんだけど?ていうか何様のつもりなの?」
今日の湊は、去年では考えられないほどグイグイ来ている。
なにか事情がありそうではあるが、流石に失礼すぎてカチンと来てしまった。
それを察したのか、湊は宥めるように事情を語り出した。
「まあまあ。こわーい彼女からの頼みでね。どう考えても蓮がそんな気になるとは思えないし、さっさとぶっちゃけることにした。めんどいしな」
「更にぶっちゃけてきたね。っていうか、湊彼女居たんだ……」
「お?嫉妬か?」
断じて嫉妬ではない。
これは、『もっと先に知っておけば、湊の連絡先を聞いてくる女子達を一撃で撃退出来たのに』というささやかな後悔だ。
「ま、その彼女が秋川さんの友達らしくてな。秋川さんにも色々あるらしくて、彼氏にお前を推薦したわけよ」
「はしょりすぎで何もわからないんだけど。……まあいいよ。そろそろ急がなきゃだし、僕もめんどくさいから今日聞いてみる。じゃあね湊」
「ちょ……!」
湊の2度目の腕掴みを回避した僕は、さっさと教室を出て図書室へと向かった。
図書室に入ると、まずは貸し出しの受け付けにいる司書さんに声を掛けた。
「2-Bの図書委員さんね、もう一人の子が中で待ってるから」
「わかりました」
去年も通い慣れた図書室に併設されている管理室に入ると、そこには秋川さんを含め数人がいた。
委員会活動の振り分けは、去年と同じようで月〜金の昼休み・放課後に司書さんの手伝い、図書委員便りを作成するグループを1・2年計12クラスで分けるというシステムだ。
決め方は、委員会初日──つまり今日に各クラスが希望の役割を第三希望まで提出し、翌日にその結果が伝えられるというものだった。
「秋川さん、遅くなってごめん」
「いいえ。私はいつでもいいから野沢さんが決めていいわよ」
「僕もいつでもいいんだけど」
「なら、そう書いて出しましょうか」
秋川さんが、アンケート用紙の第一希望欄に『いつでも可』と書いて提出した。
初日の活動といってもこれだけなので、僕達は会合してからわずか一分も経たずに解散となった。
颯爽と立ち去る秋川さん。
図書室を出たところで、僕は彼女を呼び止めた。
「秋川さん、ちょっといい?」
「……なに?」
「えーっと……湊から話は聞いたんだけど」
どう切り出したらいいものかわからなくて、ぼかした言い方になってしまう。
「湊……って、春野さん?え、何の話?」
どうやら話が通じていないようで、秋川さんが僕を怪しむ目線を投げ始めたので包み隠さず全てを話すことにした。
事情を全て説明し終えたが、秋川さんは途中からずっと下を見ながら何か考え事をしている様子を見せていた。
そのまま少しの静寂が訪れた後、秋川さんは衝撃の発言を繰り広げた。
「状況はわかったわ。その春野さんの彼女っていうのは確かに心当たりがある。……この際だから包み隠さずに言うと、恐らく凛花のことね」
「……凛花って、確か北原さんの名前だよね?」
「ええ。その北原さんよ」
「そうなんだ……」
北原さんといえば、幾度の告白を断り続けていて、いったい誰がその心を射止めるのかみたいな話題が尽きないって話を聞いたことがある。
まさか、実は既に射止められていたとは。これは一本取られたなぁ……
なんて現実逃避していると、秋川さんがぼそぼそと独り言を垂れ始めた。
「凛花、私は彼氏はいないなんて言っていたのに……だからあんなに……」
それには反応していいものなのか困っていると、秋川さんの方から改めて声を掛けてきた。
「野沢さん。多分二人は……少なくとも凛花はこのことを隠しているようだから、このことは秘密にしておきましょう」
「そうだね」
「それとその……私と野沢さんが、つ……付き合う……っていう話だけれど」
どういう返事が来るのか少し緊張しながら待っていたが、秋川さんはここまで言ってから黙り込んでしまった。
そのまま微妙な空気の中にしばらくいたのだが、いたたまれない気持ちになった僕はふと目線を秋川さんから外した。
秋川さんから目線を少し上げた先には階段があり、そしてその一番奥には、こちらの様子を伺っている湊の姿があった。
そして、僕と湊の視線が混じりあった。
「……」
「……やべっ」
小さな声で『やべっ』と聞こえたのは気のせいだろうか。
恐らく気のせいだろう。なにせ僕と湊には相当な距離があるのだから。
現に、秋川さんもその声には気づいていない。湊が慌てて立ち去ったのもたまたまだ。
僕は、そういうことにしておいた。
色々めんどくさいから。
そして僕はめんどくさいついでに、秋川さんとの話を進めることにした。
「悩む余地があるなら、とりあえず付き合ってみない?合わなければ別れればいいよ」
「……でも」
「秋川さんの事情ってのは僕は知らないけど、僕と付き合うことで解決されることなら付き合うよ」
──これ以上湊にちょっかいかけられるのがめんどくさいから。という本音は隠させてもらった。
「……」
「……それでいい?」
僕が諭すように言うと、秋川さんは上目遣いでこちらを見て言った。
「……一つだけ、確認させて」
「なに?」
「私のことは……す、好き、なの?」
「別に。そもそもろくに話したこともないし……」
「そうよね……」
どこか落ち込んでいるような安心しているようなその呟きは、どういう意味なのだろうか。
その後もやはり微妙な空気が晴れることはなく、連絡先だけ交換して解散となった。
秋川さんの頭には一緒に帰るという選択肢は存在していなかったようだ。
付き合うなら一緒に帰るのが自然かと思ったが。秋川さんは意外とウブなのだろうか?
正直かなり面倒なことに巻き込まれたなあという気持ちと秋川さんの彼氏なら役得かなという気持ちで半々──いや、7:3くらいだった。
もちろん、好きではないとはいえ可愛い子は見ていて癒されるものだ。
特にさっきのもじもじしていた姿なんて特に良かった。せっかくならからかい倒して遊ぶのもいいものが拝めそうだなと、僕は存外にも今回のことに前向きな気持ちでいた。
そのことに、僕自身は気づいていなかったが。