プロローグ
『誰でもいいから恋人が欲しい』
そんなことを言ったら反感を買うのだろうか。
しかし、その感情は紛れもなく僕の中に芽生え始めているものだった。
高校2年の始業式の日。朝の教室は、なんとも言えない緊張感に包まれていた。
見知った人。見知らぬ人。
その教室の中には、様々な顔ぶれが揃っていた。
そんな中、僕がよく見知った顔の人が教室に入ってくる。
「おいーっす。久しぶりだな蓮」
「おはよう湊。また同じクラスだね」
話し掛けてきたのは、春野湊という僕の友達だ。
といっても付き合いは高校からで、理由も番号順で前後だったというのが一番の理由だろう。
「しかし、面白いクラスになりそうだよなぁ」
「北原さんでもいるの?」
「そうだぜ。やっぱ知らなかったのか」
北原さん。
それは、この学校ではかなりの有名人だった。
なんでも、常に学年一位をキープしている上に容姿端麗なんだとか。
その手の情報はあまり仕入れない僕でも、彼女の噂はいくつも耳にしたことがあった。
「しかも北原さんだけじゃねえぜ。須藤と秋川さんもいる」
「須藤くんまでいるんだ。うちのクラスはテスト大変そうだねえ」
須藤くん。
言えば北原さんを若干劣化させた男版だ。
しかし、こちらにはスポーツ万能という文字が加わる。
要するに、完璧超人ってやつだ。
対して秋川さんというのは、僕も知っている。
僕は1年の時に図書委員をしていたのだが、秋川さんも同じく図書委員だったのだ。
その第一印象は、衝撃的なものだった。
なにせ、彼女は小学生と見間違うほど小柄なのだ。しかも童顔。飛び級をしていると言われれば、素直に納得してしまいそうなほどだ。
その可愛げから、校内でもかなり有名なようだった。
「1年の時はぱっとしないクラスだったし、楽しみだな!」
「めんどくさそう」
「言うと思ったわ」
そう笑いながら言う湊。
しかし、僕は知っている。
今湊が挙げた3人と同等な位、この男もまた有名人であることを。
なぜなら、僕はそのせいで去年散々面倒な目にあってきたからだ。
やれ、春野くんの連絡先を教えてくださいだの。
やれ、春野くんの好きなことってなんですかだの。
そもそもの原因は、この男の交友関係の狭さにある。
学内で誰かと話しているところは滅多に見かけないし、放課後になるとすぐに消えてしまう。
僕としては深入りする理由もないし、彼もその方がいいのだろう。だからこそ続いている関係ともいえる。
「んで、お前はどっち派なんだ?」
「……北原さんか秋川さんってこと?そもそも僕は北原さんをそんなに知らないんだけど」
「じゃあ、HRが終わったら教えてくれよ」
「はぁ……僕はそもそもそういうのにあまり興味がないって言ってるだろ?」
いつものやり取り。
湊が恋バナを振ってきて、僕が興味ないと突っぱねる。
そして、湊が──
「そりゃあ、お前がまだ惚れる女に会ったことがないだけだろ?」
──こう言うのだ。
「どっちもレベル高いし、蓮が手のひら返すのも時間の問題かもな?」
「そういうもんなのかなぁ……」
最初は、この話はあまり好きじゃなかった。
それはそうだ。恋愛なんて興味ないと言っているのに、そんなことはないはずだと決めつけて来るのだから。正直うざくもあった。
だが人間とは不思議なもので、何度もそう言われているうちに『あれ?本当にそうなのかな?』とも思うようになってきたのだ。
高校2年の春。
そんな湊の意見にあてられた僕は、こう思うようになっていた。
『誰でもいいから恋人が欲しい』
ただ、本当に欲しがっている人とはかけ離れたその感情には、『自分から探すほどでもないし、余程の機会があれば』という前提が付いていたが。
そしてその『余程の機会』が近づいていることを、この時の僕が知る由はなかったのだった。