二人の熊②
ギリギリセーフ……遅れてすいません。
ベアーの工房。
そこで、俺は亡霊の欠片を彼女に渡していた。
「――この素材、あのフィールドボスのやつじゃない!」
「あ、ああ……そうだけど」
「そりゃ、ベアーに勝てるのも頷けるわね……」
俺が倒せる程度なんだから、あまりそうは思えないが――彼女が言うならそうなのだろう。
「ちょっと前に、これと同じモノを鑑定した事があるから分かるのよ。その時作ったレシピもあるわ」
「ほっほっほ、良かった。欠片の数は?」
「……それなんだけど、黒い欠片が14個ね。結構使うわ」
「ほっほ……ギリギリだなあ」
「まあ足りるなら良いわ。それで、この素材は――インゴットと合わせるのね」
「クマーちゃん、ボクの手持ちでいけそう?」
「ええ……後は――元の武器が要る。これは元の属性も反映されるっぽいから……」
そして途端に、二人が真剣に話し込み始めた。
クマ―に関しては、時折装備している眼鏡が光っているような……装備効果かスキル効果か。
勿論……俺が中に入る隙はない。
「最後の材料だけど――ね、貴方!……今使ってる武器で属性を反映させたいモノある?ないならいいわ」
「!あ、ああ。なら、『コレ』だな」
俺は、『弱攻』の片手斧を手渡す。
商人の『DEX』が存分に活かせる、ずっと使い続けた属性だ。
「……『弱攻』ね。雑に使うにはアレだけどいいの?」
確かに、未知のモンスターだと弱点がまずどこか分からないからな。
でも、人で言えば目、耳、鼻、口、首――喉に鎖骨、足先、鳩尾……アレを含めその他多数。
ぱっと思いつくだけでそれだけあるんだ、何とかなるだろう。
何よりそういった場所に攻撃を通すのは、戦闘の醍醐味だと思っているからな。
「大丈夫だ。俺のプレイスタイルだと、これがよく合ってる」
「ボクも君にはピッタリだと思うなあ」
俺がそう言うと、ベアーも俺の意見に賛同したようだ。
……まあ、俺と戦った身だしな。
うざったい程に弱点を狙う俺のスタイルを見ているわけだし。
「……そう。んじゃ頂戴。後は黒い欠片全部。後の素材はこっちが準備するから」
「ああ、ありがとう。頼むよ。欠片は14個じゃないんだな」
「ええ。鑑定して、品質の良い14個を『選別』してからベアーに渡すの。余ったモノは返すから安心してね」
「な、なるほどな……」
彼女がそう説明してくれる。
もうちょっと、他職の事も勉強しないといけないかもしれない。
《弱攻のアイアンアックスを譲渡しました》
《黒い欠片×17を譲渡しました》
「あ、そういやGは――」
「え?タダで良いわよ。後は全部私達が準備するっての」
「……それは、少しこっちの気が済まないな。良いんだ、彼が居なけりゃ無かったものだし」
いくら何でも、タダは駄目だと思った。
相手が言っても――これは『取引』。
良心に付け込むようで嫌だった。そして何より、ベアーのおかげで得た金な訳だからな、『このG』は。
《380000Gを譲渡しました》
「ちょ、ちょっと……結構な額よ?コレ」
「はは、俺はこれでも『商人』なんだ。Gに特化した職業だから、これぐらいどうってことない」
「……その割には、所持金は少ないのね」
「!?み、見えてるのか!?」
ニヤッと悪戯な笑みを浮かべ、眼鏡を手で抑える彼女。
……鑑定士ってのは、相手の所持金すらも――
「……フフッ、面白いわね貴方。かまをかけたのよ」
――見える訳ではないらしい。
このプレイヤー、最初から見た目とギャップが凄かったが……更に今それを実感した。
「……そ、そっか」
「ま、いいわ。『良い人』ね、貴方……いいや、『ニシキ』さん?宜しくね」
「……宜しく、『クマー』。可愛らしいアバターの割に、怖いな君は」
「!あ、ありがと」
眼鏡を抑えながら、顔を背ける彼女。
……こういうところだけは、見た目通りっちゃ見た目通りだな。
☆
「……と、んじゃこれレシピね、宜しくベアー」
「ほっほっほ、任されたよ。こんな素材を使うのは初めてだ。ワクワクするなあ」
何か紙のようなモノと、俺の素材を渡すクマー。
それまでの間、彼は隣の鍛冶部屋で準備をしていた。
俺は全く分からないが、色々とやる事があるのだろう。
「……よーし、んじゃ結構掛かるからゆっくりしといてよ」
「あーい」
「……あ、ちょっと見ていても良いか?鍛冶する所なんて見たことないんだ」
「?別に良いよ。そんな面白いモノじゃないけど」
「お、そっか。ありがとう」
難なく了承してくれたベアー。
そして――俺は、その部屋に足を踏み入れる。
☆
そこに入って、早三十分程。
俺は――その異様な光景に打ちひしがれている。
「何だ、コレ……」
その場所に立った時から、ベアーの目は違う人になった様だった。
『職人』……少し違うが近いそれ。
そして――行われる『鍛冶』は、俺の想像と全く異なっていたのだ。
「――よッ、とッ!!」
まるで生地の様に、炉の様なモノから取り出した赤く燃える金属を整形している。
……『手』で。
熱々のそれを手で叩き、手で伸ばし、手で整える。
そしてようやくハンマーらしくモノを使いだしたのは、ほぼ終盤の事。
手袋のようなモノを着けているのは分かる。それでも少しずつ体力が減っている気がするが。
こんなのは現実ではあり得ない。というか滅茶苦茶だ。『ゲーム』だからこそだろう。
「――ここは、こうかな」
その後はハンマーで叩いて、時には手で整えて……ソレは斧の形になっていく。
やがて、そんな大胆な様子から、今度は『装飾品』を取り付ける作業に移った。
斧の持ち手にグリップ、刃の腹部分へは装飾品の取り付け。
先程の様子とは真反対だ。迷いなく、それでいて器用に。ミスも全くしていない様子だった。
「凄いな……」
思わず感嘆の声を上げる。
鍛冶職人と違う、何か別の分野の職人に見えてきた。
「ふふん」
そして俺の横で、何故か得意げに胸を張るクマー。
「……俺の知ってる鍛冶と違うな」
「ふふ、そうでしょ、凄いでしょ?ベアー。実は彼、リアルではパン職人さんだから」
「……それはまた、よく鍛冶師なんて選んだな」
「彼曰く現実と一緒じゃ面白くないって。それでもアレを見てると、『出ちゃう』ものなのね」
「はは、そうだな」
「でも、『アレ』をやるのは彼が本気の時だけよ?中々見れないんだから」
彼の鍛冶?風景を見ながら彼女は自慢げに言う。
リアルの職が、ゲームでも役に立つとはこの事だ。
……ただの会社員の俺には、遠い世界かもしれないな。
☆
「……ふう、出来た!!」
それから何十分か、ベアーがそう声を上げた。
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