止水
『黄金の一撃』。
そのスキルは、掛けたG額に応じて次の攻撃威力を増加させるもの。
(それはもうよく知ってる、アバロンにブラウンが嬉しそうに報告してきたし)
だが――ソレは『攻撃の瞬間』に発動するのが普通だ。
当然、大威力の一撃が来ると分かっていれば避けるに決まっている。
「『黄金の一撃』」
だがニシキは。
今――キッドに対峙している状態でそれを発動した。
まるで、『予告』するかの様に。
「……ああ? ついに諦めたか?」
「……」
黙りこくるニシキ。
だが、その目は確実にキッドを射止めている。
(……マジでヤバイな)
先程発した台詞とは別に。
キッドは焦っていた。
(投擲を無効化した時も焦ったが、コレはもっとヤバい)
未だ、ニシキは立ち尽くしたまま。
左腕をだらんと脱力し――キッドを見ている。
(一体何がアイツをここまで? そこら辺のリーマンが出せる威圧感じゃねーんだよ!)
「――『チャージスロー』!」
腰、『指』から繰り出される一射。
チャージスローは発動から発射までに1秒間の待機時間がある。
が、代わりにスピード、威力共に増加する強力な投擲を放てる。
が。
「……」
「……もう慣れっこだって?」
同じだった。
軽く横に跳び、ニシキはその『煌めき』から予測し避ける。
「……行くぞ、キッド」
魂が込められた声。
そしてニシキは、歩き出す。
その黄金に輝く拳を手に――
「……ッ!?」
キッドの目に映るのは、紛れもなく商人のニシキだ。
しかしながら。
今、この時。迫り来る彼の姿に。
確かに――『もう一人』の影が見えた。
(本当にいつもコイツらは、オレに無いものを持ちやがってよ)
「……?」
「な、なんでもねぇよ」
(次。何が何でも。例えオレが逃げても、天地がひっくり返っても、死んだとしても――確実にコイツは『当ててくる』)
VRのはずなのに、頬に流れる汗の感覚。
そして――キッドはある決断を行う。
(コイツに、『大罪』スキルを使う羽目になるとはな)
笑うキッド。
その笑顔に、これまでの余裕は無くなっていた。
☆
「……黄金の一撃」
「……ッ」
お互い睨み合いながら。
俺は歩き、キッドは立ち尽くす。
逃がさない。
絶対に、当ててみせる。
「……」
俺は拳を握り。
彼はナイフを二本両手に構えている。
……大丈夫、恐れるな。
前に進め。
――『ね、錦』――
優しい声。聞いているだけで安心する声。
こんな時浮かんでくるのは、大好きな『最強』の姿で。
よく彼が言っていた、その言葉を思い出す。
《――『人は流水の鑑みるなくして、止水に鑑みる……流水ではなく、静止した水は映った者を揺れる事なく映し出してくれる』――》
《――『僕も、錦も。一緒に止水の境地に至れるといいね』――》
「……明鏡、止水」
小さく呟く。
目の前には既に銃口を向けているキッドが居る。
でも――今、不思議と当たる気はしなかった。
時間の感覚が消えて。
緑林から落ちていく葉がどこに落ちていくかが分かる。
己の拳を振ればどんな軌跡を辿るか分かる
彼の瞳が、手が、足が、心の動きすら――手に取る様に分かっていく。
まるでこの世界が、俺の手中に在るかのように。
「行くぞ、キッド」
「……ッ!?」
「?」
「な、なんでもねぇよ」
……目を見開いた彼。
何かは分からないが動揺している。
その笑顔に、これまでの軽い感覚は消えた。
ナイフを構えているが、ナイフを投擲する様子は無い。
一気に近付く!
「――」
「来いよ」
距離、既に1m。
彼は未だに動かない。
「っ」
決めよう。
俺は左拳を振り上げて――
「――『暴食』――」
輝く一撃が、彼に迫るその瞬間。
聞こえたのは――そんな、聞いた事も無いスキルだった。





