幸運と不穏
「きのこ、いっぱいありすぎて大変です、嬉しい悲鳴ですね!」
「確かにな」
「私達本当にラッキーです!」
そう笑う彼女。
確かに幸運だ。でも、いくらなんでも出来過ぎなんだ。
ココに来た時に人がゼロなのはまだ分かる。
でも既に一時間ほど経った今、誰も来ないのはおかしい。
これは偶然じゃない。
『敵』が居る。
《??? LEVEL25》
《??? LEVEL22》
《??? LEVEL23》
小屋の中から、窓を通して覗く。
木々に隠れるその者共。
《??? LEVEL31》
《??? LEVEL29》
そして、更に東にある小屋の影。
見えていないだけで、恐らくもっと居る。
「ニシキさん?」
「ああすまん。ちょっと外出てくる、シルバーはそのまま続けてくれ」
「……? 分かりました」
「大した事じゃないから。悪いな、すぐ戻るよ」
「……ニシキさんっ!」
「え」
行こうとしたら、シルバーが手を掴んできた。
「……っ。あの時も、そうやって」
「!」
不意だった。
そういえば行商クエストで抜け出した時もこんな感じだったよな。
「大丈夫だから」
「……」
「前みたいに、『敵』が居ないか見るだけだ。俺はレベル49だし大丈夫」
「です、よね」
「ありがとう。シルバーはそのまま採取しててくれ。俺の分も」
「! はい」
「うん……じゃ、見てくるよ」
ごめんシルバー。
さあ、とっとと片付けよう。
☆
「よっ……」
扉を開け、小屋から出る。
――「出てきたぞ」「アレが――」「どうするよ」――
突き刺さる視線。
だが、こちらへ向かってくるPK職は居なかった。
レベルも下だし、ただの様子見か――
「――『ウィンドショット』!」
「っ」
《Reflect!》
「――ぐッ!?」
そんな事は無いらしい。
飛んで来た矢を反射する――方向は。
《??? LEVEL33》
《??? LEVEL33》
《??? LEVEL32》
「ひっ」
「おい行くぞ、確定だ」
「仲間集めろ――」
「……?」
奴らは、その一矢だけで遠くに逃げる。
いや都合良くていいんだけど。
なんだったんだ。
「――ニシキさん」
「! どうした」
「……大丈夫ですか?」
「ん、ああ」
扉を開けて出てくるシルバー。ちょっとびっくりした。
彼女に伝えるべきか迷う。
周囲にPK職が居る事を。
「……」
「どうしました?」
インベントリを腰に抱え、彼女は俺を覗きこむ。
今――今は、黙っておこう。
彼女には、やっぱり不安になって欲しくない。
もし危害が及びそうになれば、『その時』だ。
一瞬でケリを付ける。その為の魂斧。
「シルバー」
「?」
「……いや、何でもない」
☆
「私、こんな短時間でコレだけ採取出来たの初めてかもしれません」
「今日は『なぜか』独占だったしな。でも驚いたよ、シルバーは手際が良い」
「えへ~。そうですか~?」
キノコ小屋から非戦闘フィールドへ。
結構時間が経っていた。
その間にもPK職はウロウロしていたが、草陰に隠れるばかりで助かったよ。
「ほっくほくですね!」
「ああ。まだまだココには採取スポットがあるんだ」
「全く知りませんでした!」
……『ならまた行こうか』、そう言おうとして口を閉じる。
あの時――彼女と初めて組んだ日、俺はその台詞を言わなかった。
例えコレがゲームでも。
俺は、シルバーを置いて一人にしたんだ。
「ニシキさんって、本当に何でも知ってますね。凄いです。」
「……ん、買い被り過ぎ――」
「私――あの日、ニシキさんに会わない方が良かったです」
「!」
唐突なそれ。
……何でショックを受けてるんだ俺は。
分かってた事だろ。
「ニシキさんって酷いですよね」
「……ごめん」
「あの日から、私ずっとフレンド申請してたんです。一週間ぐらい。途中から諦めちゃいましたけど」
「……」
「……ニシキさん」
居たたまれない雰囲気だった。
突如と走り出した彼女は、俺に背を向けて立ち止まる。
「あの日も今日も――私、楽しかったです」
「えっ。じゃあ何で」
「だから酷いんです!」
「……?」
「だって。またニシキさん、しばらく会えなくなるんです。急に。あの時みたいに」
「!」
「そもそも私、レベルこんなんですし。戦闘も出来ませんし」
「……それは」
「お、王都? ならもっと色んなアイテムもあるんですよね? クエストの経験値も。楽しい事もそっちの方がいっぱいあるんですよね? ぶっちゃけ私も、さっきから申し訳なくて嫌なんです」
……ああ。
俺は何を躊躇してたんだ。
今までずっとそうだっただろ。
何も言わずに後悔するより、迷っているなら言うべきだと。
ハル、十六夜。二人の弟子。
今まで出会った人達が教えてくれた。
そしてそれはこれからも。
「だから、こんな私なんかに構わず――」
「今度は別の採取に行こうか。シルバー」
「へっ!? お話聞いてましたか」
「採取だけじゃない。まだまだ、RLには連れて行きたい場所が沢山ある」
「だっ、だから――」
「『俺が』、君と遊びたいんだ」
「!」
「貴重な商人仲間だ。当たり前だろ」
初クリアの行商クエスト。
彼女の笑顔を見れた時からそう思っていたはずなのに。
どうして自分は、この言葉をあの日に言えなかったのか。
「う……」
「?」
「わ、わー!」
「!?」
そのまま彼女は俺に背を向けたまま、見えてきた非戦闘フィールドに走っていった。
元気だ。
置いていかれるぐらい。
「……無事に帰れて良かったな」
胸をなで下ろし、そう呟く。
何があっても良い様、常に左手に魂斧は持っていた。使う事が無くてよかった。
『あのっわ、私はもう! 時間なので落ちます』
『クエスト報告だけはするんだぞ』
『は、はい! そのっ、おやすみなさい!』
『ああ。おやすみ』
『おやすみなさいー!!』
『お、おやすみ』
「……何で二回言った? って落ちてるし」
さっき言えば良かったのに、メッセージでそう報告する彼女。
見ればフレンド欄もオフラインになった。結局クエスト報告忘れてるじゃないか……。
まあ良いや。それは明日言えば良い。
で……彼女が居るなら、このまま帰る予定だったけど。
「丁度良いか」
さあ。
後ろの者共と話をしよう。





