ドクの悩み
「……ふう」
今日は久しぶりに残業したせいで、ログインするのも遅れてしまった。
まさか四時半に上から仕事が降って来るとは思わなかったよ。
二人の『修行』は休みだったから良いけど……何しよう。
また交易クエストとかやってもいいかもな。
「あれ、今日はドクだけか」
何の気なしにフレンドリストを眺める。
ベアーにクマー、ハル、ドクがオンライン。
珍しいな、ドクとレンは二人同時にログインしている事がほとんどだし。
……今日は修行の日じゃないが。
少し、彼女にはいずれ『一人』で話しておきたかった。
それも時間を目一杯取って。
『ドク、今日暇か?』
『……? 暇ですぅ! でも今日は違うんじゃ』
『良かったら会おう。話したい事があったんだ』
『――! わ、分かりましたぁ! すぐ行きます』
相変わらず元気の良い声で、彼女はそう返してくれた。
さて――上手くいくといいけどな。
☆
《ドク様との決闘に勝利しました》
《王都ヴィクトリア・非戦闘フィールドに移動します》
「……ふう」
「うぅ、負けましたぁ」
「なあドク。君はまだレンが弱いままだと思ってるのか?」
「! な、なんで今レンちゃんが?」
「闘っていると分かるんだよ。君はずっと後ろを気にして……本来の実力を出せていない」
「それはぁ……」
「さっきも居ないはずの後ろを気にして、『守る』事に意識が少しいっていた」
「うぅ、レンちゃんはドクが守ってあげないと駄目なんです。後衛だし、レンちゃんだし……」
そう言う彼女は、表情が曇っていた。
「アレからレンは強くなった。ゲーム的にじゃなく、『人』としてな」
「……」
「以前までの彼女じゃない――それは君が一番分かるはずだろ?」
「っ、でも……前からずっとレンちゃんは私の後ろに居て」
「なあドク。その考えが君自身と、彼女の足を引っ張っているんだよ」
その言葉は、可能な限り優しく言ったつもりだった。
それでも。
きっとソレは――
「――! そんな事ありませんっ、ドクは、ドクは……」
珍しく彼女は叫び、取り乱す。
これまでのレンとドクの関係は――きっと俺なんかがかき乱して良いモノじゃないんだろう。
ゲームで会っただけの俺と、現実で長い時を過ごした二人なんだ。
でも。
『間違い』は、正しておかなければならない。
軽い共依存にあった彼女達には――この手しかない。
「なあ、ドク」
「……」
「レンはもうこのゲームで――君が居なくても大丈夫なんだ」
「っ!?」
勿論レンにとってドクは大切な存在だ。居なくなって言い訳ない。
勝手に何を言ってるんだ、という話だが……それでも今俺はそう言った。
『ゲーム』という言葉を強調して。
「……じゃあ、ドクはぁ、どうすれば良いんですかぁ」
「ドクはずっと、レンちゃん達を守る為に頑張って来たんです」
「ドクは……守る事しかしてこなかったんです、一人は嫌なんですぅ……」
レンと居る時の彼女とは、全く異なる弱い姿。
そしてそれは、ずっと隠してきた本当のドクだった。
忘れていたであろう彼女の本心。
「――はは。重すぎるぞ、ドク」
そんな、彼女の言葉に……俺は笑ってそう言った。
「……へぇ?」
「良い言葉を教えてやる、これは『ゲーム』だ」
「そ、そんなこと分かってます」
「要は――『楽しんだ者勝ち』なんだよ。守るとか守らないとか関係なくな」
「……!でも……」
「今日一日。今からは――目の前の俺だけを見て本気で闘え、良いな」
《ドク様に決闘申請を送りました》
《ニシキ様側ハンデ:被ダメージ1.5倍》
《ニシキ様側ハンデ:体力50%減少》
《ニシキ様側ハンデ:アイテム使用不可》
《ニシキ様側ハンデ:全ステータス低下》
《ニシキ様側ハンデ:AGI・DEX大幅低下》
《復活不可》
《制限時間:10分》
「……! こ、これ」
「どうした?『これでも』受けるのが怖いのか?」
「――っ! 受けますぅ!」
「はは、かかって来い」
☆
《ドク様との決闘に勝利しました》
《王都ヴィクトリア・非戦闘フィールドに移動します》
「こんなものか? ドク」
「……うぅう……」
☆
《ドク様との決闘に勝利しました》
《王都ヴィクトリア・非戦闘フィールドに移動します》
「言っただろ、まだ『後ろ』を気にしてるぞ」
「気にしてません! もう一回ですぅ……!」
「はは」
☆
《ドク様との決闘に勝利しました》
《王都ヴィクトリア・非戦闘フィールドに移動します》
「……危なかったな」
「うぅ」
☆
《決闘を開始します》
アレからどれだけ時間が経っただろうか。
依然として俺の勝利で決闘は終わっている。
でも――
「大分良い顔になってきたな」
「――! うるさいですぅ!」
「ははは」
あの時、決闘を始める前にあった弱いドクは消えていた。
俺との戦闘を続けていくにつれ――彼女は俺を見るようになったのだ。
『後ろ』への意識もどんどんと消えている。
それは悔しさもあるだろうが。
「――『バレットパンチ』!」
「っと――」
格闘武技の中、遠距離攻撃を可能とするその武技。
飛んできた拳の形のエフェクトを何とか避ける。
ステータスが下がってるせいか中々身体が重い。
「『気功術』――『スピードナックル』!」
「っ!」
避けた後の隙に気功術を入れ、ドクは拳を振り下ろす。
回避は間に合わない!
「ぐ――」
「スピードナック……」
「!」
「ブラフですぅ! 『スピードナックル』!!」
「くっ――らあ!」
右腕を振りかぶっていた、そのブラフに騙された。
嘘の武技発動。
そして本命の左腕による格闘武技を食らい、大きく減るHP。
だがその一撃を食らいながら、俺は遠心力を活かし魂斧を彼女の首元へ。
「読んでました――『シラハドリ』!」
「!」
その格闘武技は、かなり特殊なモノだ。
斬撃による攻撃を、タイミングよく両の手のひらを刃に合わす事で無効化できる技。
そして無効化に成功した時、斬撃の主は一瞬動けなくなり――
「『ツインキック』!」
手では刃を押さえながら、追加で放たれるその武技。
格闘武技は、手だけでなく足も使えるのだ。
「ぐあっ――」
「頂きましたよぉ!」
シラハドリによって硬直状態の俺は、動けずまともにそれ食らい――
今、彼女の攻撃を『連続』で『三回』食らってしまった。
「っ、『高速戦闘』――」
蹴りにより硬直は解かれ、距離を取ろうとするものの――
彼女はもう、その拳を振りかぶっていて。
「無駄ですぅ――『溜撃』!!」
正確に避けた先へ照準を定めていた。
彼女のスキル、『連撃』は自身の攻撃が連続で命中すればするほど効果が表れる。
そして連続で三回命中した場合、連撃スキルにより『溜撃』が発動できるようになるのだ。
隙の少ないモーションに関わらず、大威力の一撃を放てるそのスキルは――
「――ぐっ!!」
今の俺のHPを削るのに十分すぎる程で。
そしてそれを放つ彼女の顔は――今までにない程に楽しそうだった。
「はは、完敗だ。ドク」
《ドク様との決闘に敗北しました》
「……! も、もうこんな時間だったんですかぁ……」
「ああ。ごめんな時間取らせて、大丈夫だったか?」
「ドクは全然大丈夫です……でもニシキさんが」
「まあこれぐらいなら明日はコーヒーに身を任せれば大丈夫だ」
「駄目ですよ! お身体に悪いですぅ……!」
「はは、冗談だよ」
気付けば、今日が終わり新たな日付けに。
アレからもドクの決闘に付き合って、彼女はかなり成長していたのだ。
もしかしたら成長というよりも、ドクが隠していただけかもしれないが……。
とにかく俺としてもどんどん動きが良くなる彼女を見るのが楽しかった為、時間の事は忘れていた。
「……ニシキさん」
「ん?」
「ドク、とても楽しかったですぅ」
「そうか。そりゃ良かったよ」
「ドク、自分でも何がしたいのか分からなくなってたのかもしれませんねぇ……」
呟く様に言う彼女は、最初とは全く違う充実した表情だった。
実際、ついさっきのドクは活き活きしていたしな。
憑き物が取れたかのような彼女を見ていると、今日こうしていて良かったと感じる。
「……誰かの役には立ちたいという気持ちはまだ残ってますけどぉ……」
「それなら一つ、PKKをすれば良い。このゲームをしていたら嫌でも遭遇するだろうし、襲われているプレイヤーを見つける事もあるだろうからな」
「! ぴ、PKKですか?」
「はは、ああ。君達が今まさに練習しようとしている事なんだけど」
「……ふふ。本当ですねぇ、確かにそうでしたぁ……」
「俺達商人には、行商クエストとか交易クエストとか……PK職が乱入してくるクエストもある。募集されてるそこに助っ人として――何て大助かりだろうし」
「確かにぃ」
今の彼女達なら、戦力アップは間違いない。
足を引っ張る事なんて無い筈だろう。
……今のドクなら、一人のPK職なら倒せそうだ。
「じゃあ、その、ドクは――ニシキ先生の役に立つなら、どうすれば良いですかぁ?」
その質問には彼女の献身さが伺える。
少し恥ずかしそうに口にするドク。
「もっと強くなってくれ。『ハンデ無し』で、俺に勝てるぐらいにな」
俺は、笑ってそう言った。
「! 分かりましたぁ!」
「はは。楽しみにしてるぞ」
いつも応援ありがとうございます。





