変わっていく日常
リアルパートです。
金曜の朝。
身支度を澄ましながら、俺は欠伸をする。
「……流石に眠いな……」
流石に睡眠時間三時間は辛い。
ゲームやってて遅刻しました……なんて事が無いようアラームをセットしておいたが、結局アラームより先に起きてしまった。
どうせならアラームの時間まで寝たかった……なんて願いも、してもしょうがないか。
「……俺、顔色良くなったか?」
仕方なく起きて、洗顔。鏡の自分の顔を見て驚く。
昨日は、色々な事があった。
路上で絡まれに行ったり、深夜からRLを起動、PKK。
スライムに苦戦して、またPKK。
PKKは、健康に良いかもしれないな。
「なわけないか」
自分で思っておきながら苦笑する。
ただ――楽しい。
モンスターを倒して経験値を得るのも楽しい。
違う世界に、商人として活動するのが楽しい。
PK職と戦う時間が楽しい。
……それだけは確かだ。
☆
「……まあ、こんなもんか」
昨日会ったPK達の特徴を、適当に使っていなかったメモに残す。
運良く全勝で終わったが――下手をすれば負けていただろうし。
次に繋げる為、情報は纏めておきたかった。
特に危険なのは……あの『消える』スキル。
たまたま真正面から来られたから助かったが……背後からアレで迫られたら気付けるかは分からない。
できることは、感知スキルが反応した時点であのスキルの存在を留めておく事だ。
常に背後、もしくは死角から何者かが迫っている――そう警戒すれば、気付ける可能性はグンと高くなる。
対処法と言えるかどうかは微妙だが。
……何にせよPK職の武器を出来る限り知っておく事が、PKKの成功率を高めるだろう。
もっと色んな奴と戦わないとな。
「そうすれば、あの人達も戻ってこれるかもしれない」
商人の天敵はPK職だ。
だから、俺がそれに対抗出来るようになれば――
また――あの時みたいに。
商人の皆で、行商クエストを。
「……出来たら、良いよな――」
珈琲を飲みながらPKKのメモを眺め、俺は呟く。
「――って、時間ヤバい!」
もう出発の時間が迫っている。
俺は慌ただしく準備を整えた。
☆
「おはよう、花月君」
出社。
いつものオフィス……のはずだったのだが。
ストレス源が居ない。
代わりに千葉チーフが居た。俺より五ぐらい年上の眼鏡美人。
千葉遥……係長とは正反対の人。
社内としての位置は係長の一つ下だが、仕事が出来、部下の信頼はトップの上司だ。
普段はここのオフィス内におらず、外や社内で動き回っている様な人なんだが――
「……おはようございます。あれ、係長は……」
「久しぶりの有給よ。今日は平和だわ」
ろくに仕事をしない癖に、誰よりも有給はきっちり使うのがあの人だ。
忙しい金曜日にとって三連休。贅沢なもんだ。
しかも俺達が使おうとすれば怒り出す。
ちなみに自分は、一度も有給を使った事がない。
取ろうとすれば……分かるだろう。
まあ取る用事もないし、良いんだけどさ。
「……昨日は大変だったわね。今日期限と言っておきながら今日休むって本当……」
どうやら、昨日の無理難題を押し付けていた事を言っているらしい。
確かにそんな事言ってたな……
まあ、何時もの事か。
「はは、慣れてますから」
「……花月君、雰囲気変わった?」
笑ってそう返すと、不思議そうに言うチーフ。
……正直、良く分からない。
「そ、そうですか?」
「ええ。……取り合えず今日はこの書類の処理と、例の打ち込みお願いしていい?」
「分かりました」
仕事内容の確認を終えて、俺は席に着く。
……平和だ。
さて、頑張りますか。
☆
「……あれ……」
時間は、あれから二時間が経過。
頼まれた仕事が、終わってしまった。
もしかしてチーフ、俺に気を使ってくれたのか?
今日ぐらいはゆっくりしてね、みたいな。
正直……それはそれで申し訳なくて居づらい。
「チーフ、終わりました。……もっと仕事渡して貰ってもいいですよ」
「え!?もう終わったの?どうしよ……じゃ、コレやって貰える?」
「はい」
「……無理、しなくていいのよ?」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
何か、久しぶりに人に優しくして貰っている気がする。
……係長、一生有給使っててくれないかな。
☆
平和な時間は過ぎ去るのが早い。
アレからチーフに仕事を貰いに行く事五回程度。
丁度定時間際、最後の仕事が完了した。
「すいません、頂きます」
「いえいえ、良いのよ。珈琲ぐらい。あれだけ働いてくれたらね」
そして今は休憩室。
若干引いていたチーフに、珈琲を奢ってもらっている。
「……花月君、今日凄くない?」
「いやいや、ただ……今日は少し体調が良かったかもしれませんね」
気のせいだと言うのも悪いので、そう返しておく。
正直、実感は無い。
係長が居ないおかげで、仕事の効率が上がったのかもな。
それこそ、十倍ぐらいに。……これは決して、言い過ぎではない。
「……そ、そう。お陰で、いつもの五倍ぐらい早く仕事が進んだわ」
「はは、それは良かったです」
「……もしかして、コレ?」
小指を立てて、俺に見せるチーフ。
……そんな、ひと昔前のジェスチャーされても。
「はは、違いますよ」
「……ふーん、そっかあ」
残念ながら、俺は年齢イコール彼女いない歴だ。
これからも出来る気もしないし、作る気力も無い。
「あ。それじゃ趣味とか?」
「……趣味、ですか」
温かい珈琲を持ちながら、改めて考える。
趣味、か。
貯金が唯一と言っていい趣味――『だった』。
そうか。
あの時――彼女と行商クエストを達成したあの時から。
ただの暇つぶしから……唯一無二の趣味になってたんだな。
「……実は最近、ゲームを始めたんですよ」
「え、ゲーム?意外ね。何て名前の?」
「ははは。『RL』っていうゲームなんですけど……」
社会人こそ趣味を持て――なんてよく聞いていたが、やっと意味が分かった気がした。
何となく突っかかりが取れて、俺は笑ってその名前を言う。
――瞬間。
「――!?」
「え」
「……」
「ち、チーフ?」
「!ご、ごめんなさい!え、えーっと、CMとかで最近よく聞く名前よね」
「そうですね」
今……確かに、『RL』という単語でチーフはフリーズしていた。
もしかして――
「はは。あ、チーフもプレイしてたり――」
「――へ!?いやいや無いわ!ゲームしないし興味もあんまりないかな~」
「そ、そうですか」
「ええ!あ、もう五時!花月君上がっていいわよ!」
「は、はあ……」
「じゃあね!」
逃げるように休憩室から出て行ってしまうチーフ。
今、明らかに動揺してたような。
というか、癖で言ってしまったが――略称のRLってだけで『Real Life Online』って分かるか?
……まあ、あんまり人の趣味に突っ込むもんじゃない。
「帰るか……」
身支度を済ませ、俺は会社を後にする。
慣れない定時の帰宅。
何時振りだろうか……一か月ぐらいか?
……と、いうことは。
今日は、たっぷりRL出来るな。





