八話目 その頃ブンボッパ村では
「エリオ、もう大丈夫なのか?」
昨日、レックスと別れた後、夜通し泣き続けていたのはパパにはバレていたらしい。まぁ、目の腫れぼったさを見たら誰が見ても一目瞭然なのだけどね……。
「うん、パパ。今日から私は勇者として頑張るの。いち早く魔王を倒してレックスを迎えにいかなくちゃね!」
「そうか……。でも無理はしちゃいけないよ。それはレックスも求めていないのはわかっているな?」
「もちろんよ」
今日も朝から村の広場には村人が全員集まっている。というか、集められているという方が正しい。レックスが脱走したことを知った神官様に村長とドゥマーニ様が説明をしているのだ。村人たちの表情から何かを察した神官様が深くタメ息を吐いている。
「ドゥマーニ様、これは一体どういうことなのですか。まさか、勇者であった、あなたまで、この村の味方をするというのですか?」
「俺は敬虔なイシス教徒だ。騒ぎに気づいて追いかけたのだが、逃げられてしまったんだ……。俺にはどうすることもできなかった」
ドゥマーニ様もちょっと気まずいのか、神官様の顔を正面から見られないようだ。
「逃げられてしまったって……勇者から逃げられる村人がどこにいるのですか!」
「しょうがないわ。レックスちゃん、足はとても早いから」
「ははっ、違ぇーねぇや!」
どうやら、今朝はミランダおばちゃんも味方のようだ。
「お前たちは黙っていなさい! それでドゥマーニ様、どうなのですか?」
「脱走出来るような場所に、監禁していた村長を責めてくれ。俺が見た時には、すでに川を小舟で下っていったところだったんだ。それ以上追うのは、いくら俺でも無理だ」
あとは、村長に聞いてくれと言わんばかりに不貞腐れているドゥマーニ様に、神官様もこれ以上話を聞くことは諦めたようだった。
村人もレックスが無事に村を脱出することが出来て安堵の表情をみせている。あとは、村長と一緒に、とぼけ続けるだけでいいのだから。
「村長、これは由々しき事態ですぞ。ここは特別な村ですから、イシス教としてもこれまで様々な優遇をして参りましたが……定期的に行われていた物資の優遇、怪我の治療などは見直しさせていただく必要がありそうですね」
「申し訳ないですのー。カギを閉めていたので見張りをつけておりませんでしたわい」
「白々しい! 川に小舟まで準備しておいて、よくそんなことが言えますね」
「小舟があったのは、たまたまですじゃ。全くしてやられましたのー」
「川を下っていった先は獣人の国がある方角ですね……。イシス教の包囲網を甘くみないことです。すぐに追手を向かわせますよ」
ブンボッパ村は決して裕福な村ではないが、ここ数年はそこまで貧しい村でもない。イシス教の物資が届かなくなれば、それなりに厳しくなるかもしれないが、新しく私が勇者に選ばれた以上、この村を冷遇することは難しいだろう。そもそも、しばらくはこの村で修行をする予定なのだから。
「勇者エリオ、あなたもあの魔王を逃がすのに協力したわけではないでしょうね?」
「はい、昨夜はぐっすり寝ていたので何も知りませんでした」
「そうですか……。まあいいです。またこの村に戻ってくる可能性もなくはないでしょう。村長、私は街に戻りますが、しばらくは数名の神官を滞在させますからね!」
「へぇ、かしこまりました」
「ドゥマーニ様とギベオン殿は、勇者エリオをしっかり育てる上げるように。あの魔王が敵であることをちゃんと伝えてください」
すっかり激高している神官様は、すぐに街へと戻っていった。教会へ、いろいろと報告があるのだろう。神官様が悪いわけではないので申し訳ない気持ちがないことはない。それでも、レックスに対する態度は、とても許せるものではなかった。
「エリオ、俺から教わるのは嫌かもしれないが、聖光魔法は俺しか扱えんからな……」
「ドゥマーニ様、よろしくお願いします。私は早く強くなって、本当の魔王を倒しにいきます。そうすれば、レックスの罪が消えるのですから」
「そうか……。ならば、今日からみっちり鍛え上げてやる。朝は体力作り、そのまま午前中は剣の訓練で午後からは魔法を使ったモンスターの討伐を進めていく。それでいいか、ギベオン?」
「うむ、それで構わんよ。ドゥマーニ、この村ではレベル幾つまで上げさせるつもりだ?」
「ここでは、レベル十ぐらいが限界だろう。それまでに基礎をしっかり叩き込む」
「それでいい、賛成だ。エリオ、早く強くなりたいという気持ちはわからんでもない。しかし、土台のない力に強さは備わらない。これは遠回りではなく近道なのだと思って訓練に挑むのだ」
「はい、ギベオンおじさん……いえ、剣聖様。ドゥマーニ様もよろしくお願いします」
こうして、私の勇者としての特訓が始まった。ここでの特訓に約一年。その後、街へ行きイシス教が揃える強者たちとパーティを組んでの特訓が開始されるとのこと。
……長い。レックスに会えるのは何時になるのだろう。私が魔王を倒すまで、何とか無事にすごしてもらいたい。
村を一歩出たら、モンスターが蔓延る危険な場所になる。どうか、無事に獣人の国へ辿り着いていますように。気がつくと私は、胸に掛けたレックスのペンダントを両手で握りしめていた。
興味を持っていただけましたら、ブックマークや下の星評価でポイント応援していただけると執筆の励みになります。是非よろしくお願いします。