七十三話目 神様の特訓2
サービスで怪我と魔力は全て元に戻しておいてやった。いや、魔力が元に戻っていなかったら、朝を迎えられなかっただろう。必要最小限のサービスと思われる。それほどに、全員は昨日から一睡も出来ずに苦しめられていた。ただ一人、レックスを除いて。
「うぇぇ……主様一人だけ、気持ちよさそうに寝ているのは解せぬにゃ」
「レックス殿は暗黒竜を倒している。その時にレベルも、ひょっとしたらスキルも上がっているのかもしれないな」
「……ず、ずるい。俺たちがこんなに苦しんでいたのに、レックスだけ幸せそうに寝ているのは許せん」
濃度の高い魔力の影響からか、数時間おきに吐きに行かなければならず。まるで自分の身体ではないかのように重くだるく、ただひたすらに気持ちが悪かった。朝になってようやく少しは慣れてきたのか、会話ができるレベルまで復活してきたのだ。
「お、おい、エリオ、お前、何しようとしてるんだよ!」
「ちょっと復活したからってずるいにゃ!」
少しは私たちの苦しみを知ってもらいたくて、身体の中で徐々に切り替わっていった濃い魔力をレックスに口移しした。いや、レックスは最初から苦しんでいないから全然平気なのかもしれないけど、そうじゃなくて、苦しめられて疲れたご褒美を勝手に貰いたかっただけなのかもしれない。
「むぐぅ、ふぅ、はむはむ……ふあぁ、ちょ、ちょっと、レムリアさん」
「か、代われ、次は俺の番だ!」
「アイミー、その立ち位置は何なのだ?」
「順番待ちにゃ。朝のご挨拶はアイミーの特権だったのに、みんなずるいにゃ」
「そ、そうか、では、私もアイミーの後ろに並ぼう……」
それからしばらくしてレックスの目が覚めた。あれだけわちゃわちゃしていたら寝ている者もそりゃ起きるだろう。
「あ、あの、みんな、おはよう。な、何で森の家で僕は寝ているのかな……。あ、あと、何故か口がゲロ臭いんだけど……うぇっぷ」
誰もこちらを見ないあたり、何かしら理由がはっきりしているのだろうけど、あまり深く聞かない方が良さそうだ。みんなして、口を押えて横を向いている。
「……言えない、言えないにゃ」
「……夜通し吐いていたのに、そのままキスしてたとか」
「あ、あのさ、それで、リュカスは倒したってことで……いいんだよね? みんな怪我も大丈夫そう?」
「あ、ああ、それは問題ない。レックスがちゃんと倒したし、みんな怪我も体力も気力も充実している」
何か問題が発生している? みんなの雰囲気も少し今までと違うような……。いや、自分の中の魔力が何だか変化している気がする。
その時、外から声が聞こえてきたのだけど、誰だろう。この家を知っている知り合いは、他にはいないはずだ。
「いつまでもいちゃついてんじゃねぇよ。そろそろ、始めるから外へ出ろ」
扉を開けて入ってきたのは白髪の壮年男性。どこかで会ったことのあるようなないような。声は何となく覚えがあるんだけど誰だろう。
「てめー、勝手に人の家に入ってくるんじゃねぇよ。アイミーかよ」
「ア、アイミーは、ちゃんと声を掛けてから入るにゃ。居留守を使う、レムちゃんが悪いにゃ」
「俺が用意してやった家だろうが。いらねーんなら撤去すっぞ」
「こちらの方は? みんなの知り合いなの?」
「レックス、俺が神だ。イシス様とか神様とか敬って呼ぶがいい」
なるほど、この人がみんなに無茶苦茶してくれた神様か……。お礼とか文句とか色々と言いたいこともあるんだけど……なんでここに神様がいるのだろう。
「主様、ここは森の中じゃないにゃ。外に出ればわかるけど、この場所はあいつの意識の中とか言ってたにゃ。ここには特訓するためにみんなで来ているにゃ」
「特訓……。それって、エリオが話していたやつ?」
「そう。この場所にいる限りは時間は止まったままらしいの」
それはありがたい。北の砦を心配しなくてもいいし、エリオが戻れなくても勇者パーティが気にすることもない。
外に出ると、一面真っ白な空間に森の家がポツンとあるだけだった。本当に神様の意識の中なのだろう。すごいな……。
「神様、ここでやるのはどんな特訓なのでしょうか?」
「簡単な話だ。空っぽになるぐらい魔法を撃ちまくればいい。お前らの身体に高濃度の魔力が馴染みはじめている。それに伴い、身体の内側が変化していっている」
「そ、それで、死ぬほど吐いたのかにゃ」
「今は内臓も傷ついているから魔法を使用するのもキツいと思うが、早く慣れた方がまた吐かずに済むはずだ」
「了解したにゃ! 身体強化……うぼはっ、レロレロレロ……」
魔法を使ったアイミーが豪快に吐いていた。えっ、何それ。
「うぐっ……図ったにゃ!」
「今日一日はその繰り返しだろう。でも、魔法を使わないと馴染んでいかないからな」
「鬼にゃ……」
そんなこんなで、特訓はなんとか終わり、というか体が馴れることが大事だったのだと思う。三日も経つ頃には体も慣れてきて、そこからはそれぞれ魔法の訓練に移行していった。
こうして、僕達は魔王討伐に向けて動き始めたのだった。
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