七十二話目 神様の特訓1
力を出し尽くしてホッとしたのだろう。レックスはしばらくすると安心したのかスヤスヤと寝てしまった。寝顔だけ見ていると何も変わらないのになぁ。随分と男らしくなってしまったものだ。
「って、どこ触ってるのよー!!」
寝ているはずのレックスの手が下から伸びてきて、私の胸を揉んでくるではないか。つい、抱き締めていた腕をほどき、力いっぱい張り手をしてしまった……。
い、嫌じゃないけど、みんな見ているし、寝ぼけている時にそういうのはちょっとね……。
「痛ってぇなぁ。助けてやったのにビンタはないだろうよ。あー、可哀想なレックス」
というか、レックスがこんなことするわけなかった。気を失ったレックスにイシス神が入り込んでいたのか。
「また勝手にレックスの中に入って、何してるのよ! 神様ならもう少し、らしくしてもらえませんか? イシス教徒が悲しみますよ!」
「教徒とかあいつらが勝手にやってるだけで、俺の教えとか特にないしな、うん、知らん。それよりも、今の戦いでレックスの能力がかなり上がったんでな、例の特訓を開始しようと思う」
「開始しようと思うって言われても、急に言われたって、私も仲間に話をしないと……。いきなりすぎて準備が出来てないわ」
「大丈夫、気にするな。特訓している間は、この世界の時間は止めておく。終わった時は再びこの時間に戻すことになる」
「そんなことが……」
「お、おい、私たちも連れていけよ」
「そうにゃ。アイミーたちが強くなれば、もっと魔王を倒しやすくなるはずにゃ」
「それに、特訓の手伝いをする者もいた方がよいのではないか?」
「ふむ、それもそうか……。わかった、お前たちも連れていってやるよ」
「そ、それで、連れていくって、何処へ連れていくのよ」
「存在しない世界、俺の意識の中とでも言えばいいか。人数が多いと俺も疲れるんだけど、まあ、そんな長い時間でもないし構わねぇ」
すると、いつの間にか景色が変わっていき、真っ白な何もない空間に立っていた。
「あなたがイシス? 様」
「他にいねぇだろ。ほら、レックスは返すぜ」
三十代後半から四十代にかけてのちょっとダンディなおじ様。長い白髪であごには同じく白いひげを蓄えている。見た目はカッコいいが中身はどうしようもない人だというのは知っているので引き続き注意は必要だろう。
「こ、ここはどこにゃ?」
「言っただろ。俺の頭の中だよ」
「真っ白で空っぽ……」
「おいっ、吸血姫、空っぽとか言うんじゃねぇよ。失礼な奴だな。これでも特訓しやすいようになってんだよ」
「イシス様と呼べばよいのだろうか? その、ここは少し息苦しいというか、魔剣が少し苦しそうにしているのだが」
「ほう、気づいたか。お前らにとってこの場所はずっと居ていい場所じゃねぇ。長時間居続けると死ぬ、というか俺に取り込まれることになる。簡単に言えば、高濃度の毒によって徐々に身体を蝕まれていくようなものだ」
「お、おいっ!」
「まあ話は最後まで聞け。その毒の正体っつうのは魔力なんだ。しかしながら、ここの魔力はお前たちが今まで使っていた魔力とは比べ物にならないほどに純度が高い。ここでの目的は、その純度の高い魔力を取り込み、身体の内側から鍛え上げること。それから、その魔力を使った魔法の発動。これは、質を高め最小の魔力で効率よく発動させることを目的としている」
「少ない魔力で効率よくなるにゃ? 魔力の少ないアイミーでも平気にゃ?」
「そうだな、新しく魔法を覚えるとかは無理だろうが、身体強化に回す魔力量は減らせるし、その能力も一気に向上させられるはずだぜ」
「おお! それはすごいにゃ。アイミー、パワーアップするにゃ!」
「と言っても、今日は体を慣らすのでいっぱいいっぱいだろう。寝るところを用意しておいたからゆっくり休むといい。サービスで怪我と魔力は全て元に戻しておいてやった」
まぁ、まともに寝ることが出来ればだがな……。
「す、すごいにゃ、レムちゃんの後ろに家が建ってるにゃ!」
「お、おいっ、この家って、俺が森に建てたやつじゃねぇかよ」
「レックスが心配だから、今日は久し振りに私が一緒に寝るわね」
「お、おい、ふざけてるのかエリオ。何が久し振りに寝るわねだ。怪我をしてまで守ってやった先輩に譲ろうという気はこれっぽっちもないのかよっ」
「それとこれとは話が別……あ、あれっ……」
「どうしたにゃ?」
「そ、それが、身体に力が入らなくなってきて、少し苦しい……」
「ア、アイミーも何だか力が入らないにゃ……」
「さっきから私がそう言ってるであろう。ここの魔力は吸い過ぎると危険なのだ。浅く吸い、身体に馴染ませながら、ゆっくり吐く。取り込み過ぎた魔力は強引にでも外に出しながら慣れるしかない。まともに寝ていられると思わない方がいい」
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