七十一話目 レックス無双
「レムちゃんのことは任せるにゃ! シュナちゃんとエリオは下がって!」
いつの間にやら現れたアイミーが、レムリアを治癒していく。圧倒的な安心感で、気が緩みそうになる。来てくれるとは信じていたけど、半分以上は諦めかけていた。
目の前に迫ろうとしていた暗黒竜は、自身が受けた魔法に困惑しているように感じられた。ちっぽけな魔法を幾つも撃ってくる人間。それが何の魔法なのかはわからないが、暗黒竜は完全に侮っていた。少しでもリュカスの心が残っていたのなら、その行動は違うものになっていたかもしれない。軽い気持ち、それは王者である自分が相手の攻撃を受けてやろうというただの慢心。
しかし、魔法は予想の斜め上をいく。
足の力が抜けていく。無限にあると思われた魔力がごっそりと無くなっていく。この小さい人間が何かをしたというのか!?
「魔力変換、身体強化」
すると、すぐに魔法を撃った人間の動きが俊敏になる。追えないほどの動きではないが、煩わしい。尻尾でもって振り払おうとしたのだが、狙いすました一撃はあっさりと避けられ、あろうことか、その人間の持つ剣が尾の付け根を斬り裂いていた。
ぐぅおおおおおおぁぁぁぁー!!
鋭い痛み、止まらない血と漏れだす魔力。こ、これは、この人間がやったというのか?
到底信じられない。
すぐにブレスを吐いて、尾があった場所を焼いて止血する。それから、回復魔法を……。
「ドレイン!」
回復しようと集めた魔力があっさりと霧散した。あの魔法か、あの魔法のせいなのか。
「魔力変換、イービルミスト!」
また魔法が来る。この人間の魔力はどうなっている? さっきからとんでもない規模の魔法を連発しているのに、いっこうにくたびれる感じがしない。この人間、魔力は底なしか……。
放たれた魔法は、全身を包み込むような毒の霧。傷口から毒が回っていき、すぐに痺れを伴う激しい痛みが身体中を駆け巡る。
皮膚からは毒の影響で血が吹き出し、魔力も体力もどんどん抜けていく。寒くなる体温の低下を感じながら、ある感情が溢れ出てくる。
怖い……。
これは恐怖。
初めての感情で合っているのかわからないが、これがおそらく恐怖というものなのだろう。
あの言葉を聞く度に身体が硬直する。
「ドレイン!」
「魔力変換、カオスドライブ!」
空から一斉に降り注ぐ霹靂。無数の雷が身体に突き刺さり、そして麻痺していく。その人間は、ゆっくりと近づきながら手に持つ剣を抜いた。
そうか、ここで殺されるのか。まさか、人間一人に、何も出来ずに倒されることになるとは思わなかった。すでに身体は動かない。これが恐怖によって動けないのか、雷撃による麻痺なのかもわからない。
あぁ、あと、数秒後に無に帰すのだろう。
人間とは思えないスピードと跳躍で頭の高さまで飛び上がったその人間は、振りかぶった剣を斜め下に振り切る。
その刃が首に当たった瞬間、見えていた景色は赤黒く、そして闇色に染まっていった。
※※※
次元の違う戦闘シーンを見せられた。逃げることと、ほんの数秒だけ時間を稼ぐのが精一杯だった、あの暗黒竜が手も足も出ない。
これが、あのレックスなの……。
「す、すごい……」
「一皮剥けた感じなのであろう。味方の窮地に、リミッターが外れたような感じか。しかしながら、強引に力を振るいすぎだ。あんな使い方では、反動で倒れてしまう……」
そう、何か様子がおかしいと感じたのは、長年一緒にいたからだと思う。何となくそれがわかった私はすでに走り始めていた。
暗黒竜の首をあっさりと狩りとってみせたレックスは地面に着地するとともに、意識が混濁しているのか倒れそうになる。
「もう無茶しすぎだよ、レックス」
なんとかレックスが倒れる前に、その頭を大事に抱き締める。
目の前で見せられた戦闘は常軌を逸するものであったが、今自分の腕の中にいるレックスは村にいた時と何も変わらない。一生懸命で、真面目で優しくて、カッコいい、私の大好きなレックス。
「エ、エリオ……?」
「驚いた。レックスは私なんかより、ずっとずっと先を歩いていたんだね。レックスがこんなにも頼もしく、強かったなんて」
神であるイシスに操られていたレックスのことは見ていたが、実際に本人の力を知らなかったため、レックス自身の力を正確に理解していなかった。圧倒的な強さと仲間を守ろうとする気持ちがこれでもかと伝わってきた。正直、みんながうらやましいと思えるほどに。
もちろん、私のことも含めて助けに来てくれたのだとは理解している。それでも、みんなほどレックスの力を信じきれていなかったのがくやしい。どんなに逃げてもきっと殺されてしまうとしか考えられなかった。
レムリアさんとシュナイダーさんは、レックスが来るまでにどう戦うか、どう乗り切るかを考えていた。これが仲間、そして信頼なのだろう。
私のパーティも仲間の信頼と絆をもっと深めていかなければならない。敵は思っている以上に強大なのだから。
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