七十話目 暗黒竜
森を抜けたところで、凄まじい音が鳴り響いていた。シュナイダーの秘策とやらが決まったのだろう。
「す、すごい……」
森が生き物のように、うねうねとドラゴンを囲うようにして閉じ込めている。遠目にも樹木がドーム状になり、その動きを押さえようとしているのが見てとれた。
「急ぐぞ、ダメージはほとんど受けていない。あれは時間稼ぎに過ぎない」
少しは期待したいところだったが、しばらくするとバリバリと音をたてながら、その束縛を破るようにドラゴンの頭が出てきた。その口元には今にもはち切れそうなほど膨らんだ漆黒のエネルギー体。
「ヤバい……ブレスが来るぞ! お、俺の後ろに隠れろっ」
「は、はいっ」
「シェルガード!」
エリオが俺の後ろに来ると同時に魔法が完成し、その後、すぐにリュカスの放ったブレスがやってきた。
凄まじい勢いが続く。長い……いつ、終わるんだよ。
「チッ、ダメだ……。もう、もたねぇ」
広範囲に吐き出されたブレスの勢いが一向に収まらない。
「わ、私が前に出ます! 聖光魔法なら少しは弾き返せるかもしれません。最悪でも軌道をずらすことが出来れば……」
迷っている場合ではない。このままだと、どちらにしろ直撃だ。エリオに懸けてみるしかないか。
「十秒後だ。お、俺の魔法が途切れるまであと十秒。すぐに魔法を展開する準備をするんだ」
「わ、わかったわ!」
本日二回目の大魔法、しかも連続に近い撃ち方だ。エリオの魔力はこれで空っぽになるだろうし、撃った後は無防備になる。
「ディバインストライク!」
漆黒のブレスを寸断するようにして、聖光の光が駆け抜ける。しかしながら、やはりそれは一瞬の間に押し返されてしまう。
「くっ、もっとよ、もっと!
もっと!」
「アホ、自分の魔力量もわからねぇのかよ」
目の前には再び激しい漆黒のブレス。再び押し返される凶暴なエネルギーからエリオを守るように抱えながら地面にダイブする。その後すぐに荒れ狂うブレスが二人を襲う。
「うあああぁぁぁぁー!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁー」
二人を襲う高熱のブレス攻撃はしばらく続いたが、ここで、シュナイダーの魔剣が二人を助ける。
「行けっ! ファムファタル」
正しく千剣となった魔剣ファムファタルがドラゴンの顎から上方へと向かって突き刺さっていく。
ファムファタルの勢いでブレスは上空へとその方角を変えてしまい、更に、触れることで力を奪うファムファタルの効果により、ブレスの勢いが弱まっていく。
「レムリア、エリオ、無事か!」
「わ、私は大丈夫ですが、レムリアさんが……」
ブレスからエリオを守っていたのだろう。既に気を失っており、その姿は血塗れで火傷のような痕が痛いたしい。
「レムリアは私が背負っていく、とにかく、今は北へ進むのだ」
「あ、あのっ……。ド、ドラゴンが漆黒に」
ブレスを撃ち終えたリュカスの姿が、しばらく停止するように大人しくなっていたのだが、鱗が削げ落ちていき、下から新しく漆黒の鱗が生えてくる。それは、進化というよりは闇に呑まれた姿のように見えた。
「闇堕ちしたドラゴン……。暗黒竜か」
自身をコントロール出来なくなったドラゴンの行く末を暗黒竜と呼ぶ。力を制御出来なくなり、本能のまま思うままに暴れ、その力を失う時まで動きを止めることはない。
「今のうちに少しでも距離を稼ぐ。行くぞエリオ」
「は、はい」
既に二人とも魔力は尽きかけている。また、防御魔法を持っているわけでもなく、次に同じようなブレスを吐かれたら命はない。暗黒竜になったことで、私たちのことを忘れてしまえばいいのだが、期待をするのは野暮だろう。
激しい咆哮が後ろから聞こえてくる。空気が振動し、恐怖で足が震える。頭の中に浮かぶのは死。殺されるイメージしかない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
今はとにかく、遠くへ逃げるしかない。草原を北へ北へとひたすら走り続ける。勇者なのに、みんなの希望なのに、逃げることしかできない。レムリアさんとシュナイダーさんに守られながら、私は逃げるだけ……。
「あ、あれっ、シュナイダーさん!?」
ふと、気づくと私以外の足音が聞こえなくなっていた。後ろを振り返ると、そこには、肩を貸すようにして立ち上がっているレムリアさん。
そして、横にはシュナイダーさんが魔剣を数本出して暗黒竜を迎え撃とうとしていた。
後ろからやってくる暗黒竜にこのままでは追いつかれると判断したのだろう。二人の考えは、私をどうにかして逃がそうとしているのがわかる。きっと、レックスと私を助けるためなら自らの命を顧みない。
しかし、あきらかに魔力も体力も足りない。届かない。暗黒竜から感じる圧倒的な力の前には、壁にもなりえない。
「全ての魔力を注ぎ込む、バインド!」
時間稼ぎだ。少しでも暗黒竜の動きを抑えるために全ての魔力をつぎこんでいる。それでも数秒も動きを止められるかどうか……。
動けないならと、暗黒竜から魔力エネルギーがふくれあがると、雷魔法が二人を貫いていく。
「ふぐぅああああー!」
「くはあぁぁっ、い、いけっ、ファムファタル!」
シュナイダーさんの魔剣も暗黒竜に突き刺さっていくものの、ほとんどダメージを受けているようには思えない。膝をついたその姿からも、あれが最後の攻撃だというのは私にもわかった。
もうダメだ、みんな殺される……。
「レックス、助けてよぉ!」
「ドレイン!」
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