六話目 ブンボッパ村脱出2
「いいか、ドゥマーニ様は寝ているとは思うが、なるべく音を立てるなよ」
バッカス兄ちゃんの緊張が伝わってくる。なるべく足音を出さないようにして、村の裏手方向へと二人走っていく。これで捕まったら、さすがに命はないだろう。というか、村のみんなまで罰を受けかねない。
「ありがとう、バッカス兄ちゃん。でも、明日ドゥマーニ様と神官様には何て言うつもりなの?」
「そんなことは気にするな。知らないで通すとみんなで決めた。ドゥマーニ様だって、この村の出身なんだ。悪いようにはならんだろう」
村を出て、裏山の林を抜けていく。この方角の先には川がある。おそらくだけど、小舟を用意しているのではないかと思う。本当にありがたい。
ところが、そう上手く行くはずもなく……。
「そこまでだ! レックス、いや、魔王。止まらないと問答無用で倒す」
「ドゥマーニ様!」
な、何故、ここにドゥマーニ様が!?
「村長がやけに酒をすすめるから、あやしいと思っていたのだが、まさか魔王を逃がすとはな……。正気か?」
「くっ、レックス、場所はわかっているな! 走れっ!」
「で、でもバッカス兄ちゃん!」
「いいから、早くいけ! みんなの想いを無駄にするなっ」
「わ、わかった。ご、ごめん」
僕は川にあるであろう小舟を目指して一目散に走っていく。
「ドゥマーニ様、レックスはとてもいい奴なんです。昨日は驚いてしまいましたが、誰もレックスが魔王だなんて思っていない」
「お前は、魔王を知らないからそんなことを言えるんだ。残念だが、お前では二秒も持たんぞ」
「……バッカスだけならそうかも知れないな」
「ギベオン……。またしても、邪魔をするというのか」
「お前もこの村の出身ならわかるだろう。村全体でレックスを助けようとしているのが答えだ。頼む、見逃してやってくれ」
「ならぬ。魔王討伐は簡単なことではないことはお前も知っているだろう。あの魔力の者を見逃すことは絶対に出来ぬ!」
「ドゥマーニ、お前を倒すのは難しいが、時間を稼ぐだけでいいなら俺でも簡単だ。あきらめてその剣をしまえ」
「……くそっ、どうなっても知らんからな」
そう言うと、ドゥマーニ様は剣を鞘に納めた。ギベオンの話す通り、剣聖が守りに徹して時間を稼がれては、いかに元勇者といえど、それなりに時間を要してしまう。ギベオンがレックスの味方としてこの場に現れた時点で勝負は決まっていたのだ。
※※※
川沿いの道を全速力で走っていくと一艘の小舟が用意されているのを発見した。いつの間に用意したのか、僕の荷物や食料まで積んでいるようだった。そして、そこには僕の育ての親であるサビオさんとエリオがいた。
「サビオさん、色々と申し訳ありません」
「何を謝っているんだレックス。お前が悪いわけではないだろう。本来なら村で生活できるように取り計らってやらねばならぬのに、私たちは、お前を逃がすことしかできない。どうか、ブンボッパ村をうらまないでやってくれ」
「うらむなんてとんでもない。僕がここまで生きてこれたのは、この村とサビオさんが育ててくれたからです。感謝をしてもしきれません。出来ることなら、これからも村のために役に立ちたかった……」
「こんなことになってしまうとは……すまないなレックス。ドゥマーニ様が来ているのだろう、早く出た方がいい。川を下っていけば獣人の国に辿り着くはずだ。しばらくはそこで身を隠しなさい。状況が変わることがあれば、必ず連絡を送ろう」
状況が変わることなんてきっとない。それでも希望を持たせてくれるサビオさんに今までのお礼を込めて深く頭を下げた。恩返しを何もできないまま去ってしまう悔しさを胸に刻みつけて。
「レックス、レックス、レックスぅ!」
僕の胸に頭をうずめるようにしながらエリオが抱きついてきた。エリオとも、これで会うのは最後になるのかもしれない。そう思うと悲しみとともに胸の奥がとても熱くなっていることに気がついた。家族と思って接してきたエリオのことを、僕はいつの間にか好意を持っていたのかもしれない。こんな時に気づかされるなんて神様はなんて残酷なんだろう。
「エリオ、エリオは、これから勇者として大変な思いをすることになるのだと思う。僕はエリオの無事と成功をずっと願っているよ。これを僕の代わりだと思って、辛い時に思い出してくれたら……きっと元気になるおまじないを掛けておくよ」
僕は普段から身につけていた十字架のペンダントをエリオの首に掛けてあげた。泣いているエリオの涙を拭ってあげると、エリオは驚いたように声を発した。
「で、でも、このペンダントは!?」
このペンダントは僕が発見されたときに既に身につけていたものなのだという。つまり、僕を捨てた両親を探す唯一の手掛かりでもあるのだけど、今となっては僕の親はサビオさんだし、今さら親を探すつもりなんて毛頭ない。それなら、エリオが少しでも心休まる時間にしてもらいたいと思ったのだ。
「いいんだ。こんなことしか出来ないけど、でも遠くからずっと応援している。それじゃあ、サビオさん、エリオ、僕、行きます」
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