五話目 ブンボッパ村脱出1
とりあえず、村長様のお陰で、僕は村に唯一ある牢獄の中へ監禁されることになった。普通に考えて、殺されてもおかしくない状況だった。誰も僕の意見を聞いてくれないところが悲しいところではあるが、何か聞かれたところで僕に話すこともない。僕自身がよくわかっていないのだから。
神官様から様々な質問をされたのだけど、何一つ答えることは出来なかった。そもそも、お前は魔王なのか? とか聞かれても、僕は何て答えればいいのかわからない。違うと思いたいけど、職業は魔王なわけで……。魔王軍は何処にいる? 僕が知るわけないだろう。僕の知っている世界はこのブンボッパ村とその周辺ぐらいなんだ。
「まあいい。明日、ドゥマーニ様とともにお前を連れて街に戻ることになった。大人しくしていることだ」
神官様いわく、こんな職業は聞いたことがないとのことで、王都にあるイシス教の総本山にお伺いを立てるとのことだった。いろいろ調べることで魔王攻略の糸口になるかもしれない。いや、僕がもしも本当に魔王なのだとしたら、弱い僕を殺すことであっさり世界が平和になるかもしれないのだ。
ドゥマーニ様もこれには一応の納得したようで、予定は狂ってしまったけど、いったん街に戻ることを決めたらしい。本来なら久し振りの里帰りで羽根を伸ばし、勇者の教育に取り掛かるはずだったのだろう。そのことについては申し訳ないなとは思うけど、いきなり殺されそうになった僕としては、謝るつもりもなければ協力するつもりもない。
何はともあれ、僕の命は少しだけ伸びたようだ。
「レックス、大丈夫? 怪我とかさせられてない?」
次にやってきたのはエリオで、夕食の差し入れを持ってきてくれた。朝から何も食べていなかったので本当にありがたい。いつものエリオ特製のサンドイッチに温かいスープまで用意してくれた。
「ありがとうエリオ。お腹ペコペコだったから助かったよ。その、せっかくの祝賀ムードを台無しにしてしまってごめんね」
「そんなこと気にしないでよ。それよりも今は自分の事を考えて。……レックスは魔王じゃない。レックスはレックスだもの。私はずっと一緒にいたからわかる。優しいレックスが魔王なわけないって!」
「自分のことを考えてって言われても、身動きは取れないし、明日には街へ連れてかれてしまうんだ……。街で無実を証明出来たらいいのだろうけど、僕もよくわからないから説明のしようがないんだ……」
「今はドゥマーニ様や神官様の目があるから動けないけど、これを」
エリオから手渡されたものは小さく折りたたんだ手紙のようなもの。
「これは?」
「見つからないように後で見ておいて。最初は驚いてしまったみたいだけど、村のみんなもレックスの味方よ」
「わ、わかった」
「それから……レックス、もう少しこっちに来て」
エリオに言われるがままに、牢屋の鉄格子越しに近づくと、手を握られ、そして顔を撫でるように触られたかと思うとエリオの顔が近づいてキスをされた。これは、二人にとってファーストキスってやつになる。
「もうね、レックスに会えなくなるかもしれないの……。でもね、私が本当の魔王を倒してみせる。そうしたら……、ううん。それまでレックス生きて、大変だと思うけど生き延びて……そしていつかまた絶対に、あ、会うのっ……」
泣き顔のエリオを見るのは久し振りな気がする。顔が熱くて涙でぐしょぐしょで、とっても困った顔をしている。
「エリオ、ありがとう。またみんなと村で畑仕事しながら、楽しく過ごしたいな……」
「エリオ、いつまで話しているのですか! もう戻ってきなさい」
「い、いけない、神官様だわ。もう戻らないと……」
「う、うん」
エリオに対して気軽に頑張ってねとか、期待しているとかは言ってはいけない気がした。魔王討伐がそんな簡単なことではないのは理解しているつもりだ。三代目のドゥマーニ様が魔王討伐の旅を始めてから戻ってくるまで約二十年。それぐらいの期間と人生を犠牲にして世界の平和が保たれているのだ。わかりたくはないけど、ドゥマーニ様が僕をすぐに殺そうとしたのも理解できなくもない。
エリオからもらった手紙を読むと、予想通り逃走方法について記されていた。村長様とトールさんがドゥマーニ様と神官様にお酒を振る舞っているらしく、寝静まった頃合いにバッカス兄ちゃんがカギを開けに来てくれるそうだ。
自分の今後のことを考えながら、バッカス兄ちゃんが来るのを待つ。一人で生きていくということがどれだけ過酷なことなのかは理解している。畑仕事なんかしている余裕はない、どこかの街へ入って職を探すしかないのだろうけど、きっとイシス教に指名手配されてしまうだろうから長くは働けないかもしれない。そうなると、一人で生計を立てるにはイシス教の力が及ばない冒険者ギルドが頭に浮かぶ。いやいや、僕がモンスター討伐で生計を立てるとか難しそうだ……。
「レックス、レックス! 起きているか?」
そんなことを考えていたら、バッカス兄ちゃんがカギを開けに来てくれた。
「は、はい。起きています」
「よし、村の裏手に回る。ついてくるんだ」
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