三話目 勇者誕生
ブンボッパ村では珍しく、朝から全ての村民が広場に集まってきている。早朝に神殿から神官様が到着したとの情報が回っていたようだ。すでに神官様も広場で儀式の準備を進めている。あともう少ししたら、僕とエリオの職業が判明することだろう。
「やはり、エリオが勇者なのだろうな」
「女の子の勇者は歴代でもはじめてらしいわ。きっとこれまでとは注目度が違うのでしょうね」
「エリオちゃん……お父さんの武器屋を継ぎたいって言ってたのになー」
小さな村なので、エリオを知らない人なんて誰もいない。小さい頃から知っているし、その女の子が勇者になるかもしれないというのは、もちろん感慨深いものがあるだろうし、また我が子のように接していただけに、やるせない思いの人もいるのだと思う。
驚いたのは神官様の付き添いで、三代目勇者ドゥマーニ様もいらっしゃっていることだ。どうやら、勇者育成のために、しばらくブンボッパ村に滞在することになっているらしい。剣については、剣聖ギベオン様が、魔法については勇者ドゥマーニ様が直々に教えることになっているらしい。
「ど、ど、ど、どうしよう、レックス。これで、私が勇者じゃなかったら、絶対怒られちゃうよ」
「エリオが気にすることじゃないよ。それに、まだこの村からしか勇者が生まれないと、決まったわけではないんだ」
とはいっても、三度あることは四回目もあり得るわけで、ドゥマーニ様が来ているのは、つまり、そういうことなのだと思う。
「うぅー」
エリオが緊張するのも致し方ない。勇者、剣聖が立ち会って、新しい勇者誕生を待ち構えているのだから……。エリオが悪いわけではないけど、僕が同じ立場だったら何度も吐き気をもよおしているに違いない。顔が真っ青だけど、しっかり直立しているだけでも、エリオはえらいと思うんだ。
「ギベオン、勇者候補というのは、この子達なのかい?」
「そうだ。正確には、エリオ。そっちの女の子の方というのが正しい。隣の男の子レックスは、この村の出身ではないからな」
「そうなのか。ということは、はじめて女の子の勇者が誕生するというのか……」
やはり、決定事項のようだ。エリオ、頑張って!
「あっ、あの、はじめまして、エ、エリオです!」
「ああ、どうも。ドゥマーニだ。そっちは?」
「あっ、はい。僕はレックスといいます」
「そうか、エリオ、レックス、今日はよろしくな。二人にイシス様のご加護がありますように」
イシス様というのは、イシス教の女神様のことで、街にあるのもイシス教の神殿だ。この世界の平和を願い、魔王討伐を訴えている教団であり全世界的に多くの信徒がいる。
教団は信徒によるお布施と、聖水やポーション等の販売によって運営されているのだとか。イシス教が職業をチェックするのには、勇者や聖女、賢者等の特別な職業を早期発見をすることと、回復魔法を使える神官候補を広く集めることなのだそうだ。
そして、どうやら準備が整ったらしい神官様が、僕たちのところに来て声を掛けてくれた。
「もしも君の職業が勇者だったら、今日はきっと素晴らしい日になるだろう。なんといっても女の子の勇者様が誕生する日なのですからね」
みんな、エリオにものすごいプレッシャーをかけてくる。これで、勇者じゃなかったらエリオ、しばらく立ち直れないと思うんだけど。
「エリオ、大丈夫?」
「う、うん。だ、大丈夫だよ!?」
全然大丈夫じゃなさそうなエリオだけど、僕には手を握ってあげることぐらいしか出来ない。そんなに時間の掛かる儀式ではないはずなので、早く終わることを願うばかりだ。
「それではエリオ、一歩前へ出なさい。その水晶の上に手をかざすのです」
ぎこちなく緊張した面もちで歩いていき、神官様の前に立つエリオ。ゆっくりと水晶の上に手を置くと、目映い幾つもの虹色の光が溢れだし、やがて一つに収束すると、辺り一面に広がっていった。
「おぉ、こ、これは間違いない」
「やはり、エリオが四代目の勇者なのね!」
「これはめでたい! 今夜は宴会だな」
「よっしゃ、酒の準備じゃー!」
後ろを振り返って、僕の方を見てくるエリオは、何だか照れくさそうにしながらも、僕に小さくピースサインをしていた。少しは緊張がとれたのだろう。とりあえずは一安心といったところか。
「エリオ、職業は勇者です。そして、手にしたスキルは、聖光魔法強化、力の覚醒、集中力の極みです」
聖光魔法、力の覚醒というのは勇者が持つ有名なスキルと言われている。聖光魔法を覚える勇者にとってその魔法が強化されるのは心強い。そして、力の覚醒だ。これはピンチになればなるほど底力を発揮するという、ちょっとチートっぽい勇者ならではのスキルともいえる。
最後の集中力の極みというのは、エリオならではの勇者カラーなのだと思う。聞いたことのない名前だけど、きっとエリオを助けてくれる強力なスキルに違いない。
「お疲れさま、エリオ」
「う、うん。ありがとうレックス! 次は、レックスの番だね」
そう、次は僕の番なのだろうけど、広場はすでに祝賀ムードで、みんなきっと僕のことを忘れているような気がしないでもない。三十年ぶりの勇者誕生にブンボッパ村はとても浮かれていたのだ。
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