三十六話目 勇者エリオ
イーリアの街は王都からも近く、人口の多い王都イシストピアに向けて農作物や道具類の商いが盛んに行われている。
「馬車って、はじめて乗るんだけどゆっくりなスピードなんだね」
道が踏み固められているとはいえ、所詮は土の道だけにデコボコは多い。早歩き程度のスピードはエリオにとってはもどかしかったようだ。
「エリオ様は、イーリアまでは馬に乗られて来られたのですか?」
「ううん、ドゥマーニ様と鍛錬を兼ねて、三日ほど走りながら来たんだ」
「あぁ、そうでしたか……」
イーリアの修練場で、死にそうになるほど特訓させられたドゥマーニ様を思い出した賢者クリストフは冷や汗を流していた。
「あのドゥマーニ様と、一年近く一緒に訓練されていたエリオ様を尊敬いたしますわ」
聖女であるシャルロットも心底、感心しているらしい。それだけ、二人にとっても三代目勇者ドゥマーニ様は別格の師であったのだ。
職業と才能を認められて集められた、我々の鼻っ柱を何度も折っては窘められてきた。「もっと愚直に強さを求めろ、エリオを見習え。簡単に諦めるな、お前らの後ろには何十万もの民がいるんだ!」口癖のように叩き込まれた言葉である。
「二人とも、驚き過ぎじゃないかな。ドゥマーニ様も最初はキツい訓練だったけど、後半はそうでもなかったと思うし」
……そうか、そういえばエリオ様も十分に化け物レベルの勇者に成長をしているのだった。その成長は歴代の勇者と比較しても、相当上をいっているとの話だ。合同で行われた訓練でも、我々が早々に音を上げるなか、その類い稀な研ぎ澄まされた集中力で課題を何度もクリアしてみせた。
「おいおい、二人とも、そんなんじゃ魔王討伐なんか出来やしねぇぞ。このままエリオに頼りきっりだと、パーティから追い出しちまうぜ」
剣聖ライル、調子の良い口調が特徴な田舎育ちの少年だ。賢者や聖女のように王都で育った貴族のご子息ではなく、エリオと同じ田舎村の出身者だった。
「ライルには言われたくないです。いつもサボってドゥマーニ様に怒られていたじゃないですか」
「そうですわ。まったく調子がいいんですから」
「そ、そうだったか? はははっ」
この四名が新しい勇者パーティ。前衛をライル、二列目にエリオ、後列にクリストフにシャルロットといった布陣となる。今はバランスが悪く、エリオの負担が大きいのだが、ライルが安定して前をさばけるようになれば、徐々にパーティの形が見えてくるだろうとのこと。
「ドゥマーニ様からライルの成長がこのパーティの要になる、とか言われて調子に乗ってるのでしょう」
「い、いや、調子に乗ってる訳じゃねぇけどさ、あのドゥマーニ様に言われたら、う、嬉しいじゃねぇかよ」
「はい、はい。まあ、わからなくもないわ」
「でも、ライルを成長させる為には、私たちのサポートも重要だよ。誰が強くなるとかじゃなくって、このパーティはみんなで強くなるの。それが、いち早く魔王を倒すために必要なことよ。ねっ?」
勇者にそう言われてしまうと頷くしかない。イーリアの街で組んだばかりのパーティではあるが、エリオを中心に良い方向に進もうとしている。
勇者エリオ レベル二十九
賢者クリストフ レベル二十
聖女シャルロット レベル十八
剣聖ライル レベル二十
「ところで、クリストフとシャルロットは王都の出身なのよね? イシストピアってどんなところなの」
「そうですね。やはり、イシス教の総本山ですから、大聖堂が有名じゃないでしょうか。多くの信者が訪れる観光スポットですよ」
「そうですわね。私も聖女という職業を授かってからは、治癒の修練のためによく通わせて頂きました。神秘的でとても美しい教会です」
「イシス教とかどうでもいいんだよ。美味しい名物料理とか教えてくれよ」
「ライルは食事のことばっかりなんだから。でも、私も大聖堂より食べ物とか武器の方が気になるんだけどね」
「食べ物と武器が好きな女の子なんて、ダメですわエリオ様。王都では、私オススメの服飾店に連れていきますわね」
「えー、服よりも、聖防具や聖剣エクスカリバーが気になるなー。王様から貸し出されるんだよね」
「はい、賢者の私には魔道士のローブと宝玉の杖」
「私には聖女のローブと癒しの杖ですわ」
「俺には……なんだっけ?」
「剣聖には、攻防どちらにも対応するデュランダルですわ」
「おー、それそれ。でもよー、王都に着いたら自由行動とか出来ねぇんじゃね」
そう言って周りを見渡すと、商人に扮した神官様方が周りを囲むようにして馬車を進めている。王都に着いてからも、護衛が付くのはもちろんのこと、外出なども制限がかかるのは間違いない。お披露目の後となっては、それこそ自由行動など難しいだろう。
「せっかくの王都なのに……見学とか買物は諦めた方がよさそうね」
レックス、私、頑張ってるからね。レックスもきっと、どこかで元気でいることを願っているよ。ううん、きっと元気でいるはず。その為にも、早く魔王を倒さないとね。
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