十七話目 ドレインの実験
ウサギ目掛けて放ったドレインは見事にお尻に命中した。ウサギはドレインが当たったことにも気づいていないようで、一瞬こちらを振り返り、僕たちの姿を見ると森の奥へと逃げていった。もちろん、ドレインの糸は繋がったままだ。
「レックスはそんなにお尻が好きなのか……。ド、ドレインはちゃんと繋がっているんだろうな?」
お尻はたまたまだからね。人を尻フェチかのように言わないでもらいたい。
「うん、繋がっている。糸から情報を探ればウサギが何処に行ったのかもわかりそう」
「よしっ、なら、実験継続と行こう。今日は疲れたから予定通りワイルドディアを狩って戻るぞ。今のレックスならディアの頭か細い首を狙い撃ちできるだろう」
「動き回るモンスターを相手に、そう狙い撃てるとは思えないんだけど……」
「何のために泉に行くと思っているんだ。ワイルドディアが水を飲んで油断しているところを狙うためだろうが」
「あっ、なるほどね。それなら僕でも倒せそうだね」
「わかったなら、さっさと行くぞ。今日は何だかとても疲れた」
今日一日だけで魔王の強さの片鱗を見た気がする。既にレベル七になってるし、ブンボッパ村のなかでもギベオンおじさんを別にしたら、おそらく一番強くなっていると思う。それぐらいに成長速度が異常だ。勇者も成長速度は早いのかな……。きっと今頃、エリオも特訓をしているはずだろう。僕を逃がしたせいで村が大変なことになっていなければいいのだけど……。
「何、考え事をしているんだ。泉についたぞ、もっと腰を落としてちゃんと隠れろよ。ワイルドディアは今夜のご馳走なんだろ?」
レムちゃんは食べることにとても貪欲だ。僕なんかの手料理で喜んでもらえるのは嬉しい。特訓のお礼ではあるけども、出来る限り美味しいものを作ってあげたい。アイミーも食べるのは好きみたいだから作りがいがある。料理ぐらいで、特訓してもらえるのだからありがたい。
「了解! 気を引き締めていくよ」
「うむ、早速だが、ワイルドディアが二体来ている。食材的に二体では少ないか?」
この食いしん坊は、どれだけの量を食べるつもりなんだ。下ごしらえするのだって大変なんだからね。そもそも、一体で十人前のディア肉がとれるはずなんだけど。
「いや、一体で十分かな」
「そ、そうか……。じゃあ、あのデカい方を狙うんだレックス」
「りょ、了解」
少しでも大きい個体で肉の量を確保したいのだろう。燻製にして、日持ちさせるのもありか……。
泉の側まで来たワイルドディアは周りの様子を伺いながら、片方が見張り役をしているようだ。どうやら、交互に水を飲むという賢さはあるらしい。ワイルドディアとの距離がある分、僕のドレインは撃ってから途中で気づかれてしまう可能性が高い。もっと、ゴクゴクと一心不乱に水を飲んでもらわないと頭や首は狙えない。
「どうやら、賢い個体もいるらしいな。どうする? も、もう、俺が狩って来ようか」
お腹空いたのかな。レムちゃんが我慢出来ずにウズウズしてしまっている。
「レムちゃんなら、僕が失敗してからでもワイルドディアを倒せるでしょ?」
「ああ、問題ない。では、レックスがやってみるか?」
「うん。ちょっと試してみたいことがあるんだ」
「何をするつもりか知らんが、やってみるといい」
ドレインは、僕のイメージに近い動きをしてくれる。大きくなったり、小さくなったり。そして、糸のように伸ばすことも出来た。
唯一弱点があるとしたら、スピードだろう。言うほど遅いわけでもないんだけど、野生のモンスター相手には避けられることがありそうな程度のスピード。仲間のアシストや隙をつかなければ魔法はそうそう当らない。範囲攻撃魔法なら別なんだろうけどね。
それでは実験だ。
「ドレイン!」
「ん? どこに撃ったのだ?」
「下だよ。下」
ドレインは地面を這うようにゆっくりとワイルドディアに向かって進んでいく。わざわざ正面から行く必要はない。最終的に当てれば僕の勝ちなんだ。本当は透明なドレインでも撃てれば最高なんだろうけど、撃てたのはやっぱり黒い霧。こればっかりはしょうがない。
「影のように、こっそりとワイルドディアに近付くのか。なんだか、こすいなレックス」
こ、こすいって……。いや、まあそうかもしれないけどさ。狩りの基本は相手に気づかれないように仕留めることだってギベオンおじさんも言っていた。今は、討伐ではなく狩りなんだ。相手が油断している時に、こちらに全く気づかれずに仕留めるのが腕のいい狩人というものだ。
黒い影はワイルドディアに見つからないように一時停止したり、ススっと進んだり、はたまた大回りをしながら、とうとうワイルドディアの背後をとった。この時点で僕の狩りは成功と言ってもいい。
「なんだか、あれだな……長いな。もっと、バシッとズババーンと倒せないのかよ」
そんなこと言われても、僕が撃ったら逃げられちゃう可能性が高いんだからしょうがないでしょ。
とはいえ、ここまで来たらもう射程距離だ。見張り役の目を掻い潜り、対象は水を飲んでいて油断しまくり。
「いけっ!」
黒い霧は、ワイルドディアの頭部目掛けて一気に包み込むと、そのまま首から上が消滅した。驚いたもう一体のワイルドディアは慌てて森の中へと逃げていった。
「え、えぐいな……。な、何でドレインで頭が消滅しちゃうんだよ……」
驚いたレムちゃんは、モジモジと自分のお尻をさすっていた。