十三話目 特訓開始
「主様は何で魔王を倒そうなんて思っているにゃ? 人間は魔王を恐れるもので、倒そうと思うのは珍しいと思うにゃ」
朝食後に軽くストレッチを終えると、アイミーとの追いかけっこが始まった。森の中で俊敏に駆け回るアイミーを捕まえるのは、今の僕には難しい。それでも起伏の多い地形、木々が多く細かいステップを必要とするこの場所は、確かに訓練にはうってつけだと思う。
一時間も経っていないと思うけど、すでに僕の足腰はフラフラになってしまって、アイミーもそんな僕を見かねて小休止としたのだろう。
「ぼ、僕が魔王を倒したいと思っている理由は、自分の職業のこともあるんだけど、幼馴染が勇者になってしまったからなんだ。エリオが大変な思いをするなら、僕も陰ながら少しでも力になってあげたいと思ったんだ。あとは、僕を守ってくれた村のみんなのために。出来る限り早く魔王を倒して、平和な村に戻りたいんだ」
「誰かのために強くなるというのはとても素晴らしいことにゃ。やっぱり、主様はお優しいにゃ」
「とはいっても、僕に魔王を倒せるぐらいの強さが備わらないと話にもならないんだけどね」
「うーん。主様のスキルを見る限り、間違いなく強くなると思うにゃ。でも今は、体の動かし方を基礎からじっくり学んだ方が先々の成長に繋がるはずにゃ」
「うん、アイミーの言う通りに頑張るよ」
「午後の魔法の訓練で少しずつレベルを上げていくにゃ。レベルに応じてアイミーの特訓のレベルを体に馴染むように調整していくにゃ」
何かと勢いで行動するアイミーだけど、意外にも、それなりに成長バランスを考えていくれているようだ。僕としては、早く力をつけたい気持ちが強いのだけど、今は二人を信じてじっくり力を蓄えようと思う。
「よしっ、じゃあそろそろ休憩は終了して特訓を始めようか!」
「了解にゃ」
元気に特訓を再開したものの、僕の足は既に動きが鈍く、手を抜いているであろうアイミーには全然届かなかった。それでも、僕の体の動きを見ながら、ギリギリで避けようとしているらしく、自然と最短で動けるステップが体に叩きこまれていく。
休憩後、一時間程度の追いかけっこで僕の足は動かなくなってしまった。ふくらはぎはパンパンで、小刻みに痙攣している。足が笑っているというのは、こういう状況をいうのだろう。
「今日のアイミーの特訓はここまでにゃ。戻って、美味しいお昼ごはんを作らないと、レムちゃんが魔法を教えてくれないにゃ」
昼ごはんか……。何気に大変かもしれないな。まだ特訓は半分しか終わっていない。
「特訓中にアイミーがビーグ鳥を捕獲しといたにゃ。主様、これで、お昼ごはんを用意するにゃ」
「い、いつの間にビーグ鳥を!?」
「アイミーの手にかかれば、ビーグ鳥ぐらい特訓中でも余裕にゃ」
食材の用意をしなくて済むのはありがたいのだけど、これはこれで僕としては、もっと頑張らなくてはと思わされてしまう。よし、とりあえずの目標として午前の特訓中に食材の確保も出来るように頑張ろう。
※※※
「レックスの作ったサンドイッチは美味いのう! 俺は、こんなジューシー且つ、スパイシーなサンドイッチを食べたことがないぞ」
「卵と水分たっぷりの野菜があったからね。喜んでもらえてよかったよ」
「ビーグ鳥の巣から卵をとってきたアイミーのおかげにゃ」
「うむ。しかし、夜はさすがにビーグ鳥じゃない食材を食べてみたいな。レックス、何か他に得意な食材はあるか?」
「うーん、ワイルドディアかワイルドボアあたりかな」
「ど、どっちがいいのだ?」
ディアとは角のある四足のモンスターで馬よりもひと回り小さい俊敏な森に住む魔物だ。ボアも同じく森で見かける牙の鋭いモンスター。どちらも、ギベオンおじさんが弓でよく狩っていた。首の細いディアは特に狩りやすいようで、おこぼれのお肉をよくエリオと共に頂いていた。塩で味付けするだけで極上の旨みが広がる。
「久し振りにワイルドディアを食べてみたいな。柔らかい赤身肉がとっても美味しいんだ」
「ほぅ、なら決まりだな。レックスがそんな顔をするなんて、絶対美味しいに違いない。ワイルドディアが多く生息しているのは、確か泉の近くだったはずだ」
今晩の食卓はワイルドディアに決定した。泉が近くにあるなら血抜きもすぐ出来るだろう。肉は早く冷やした方がより美味しくなるとギベオンおじさんも話していた。
「それじゃあ、行こうかレムちゃん」
「その前に、レベルを上げておこう。ワイルドディアは、レックスに魔法で討伐してもらう。午前中、暇だったからスライムを集めておいたんだ。この杖を貸してやるから先端でスライムの核を貫くのだ」
スライム。湿気の多い場所や水場に多く生息するモンスター。僕でも何度か倒したことのあるモンスターだ。大量に発生すると脅威だと言われているけど、単体なら敵ではない。というか、スライムなんかを倒してレベルが上がるのだろうか……。
レムちゃんに裏庭に連れていかれると、そこには今朝食べたビーグ鳥の残骸が掘られた穴の中に棄てられており、それを貪るようにちょっと大きめのスライムが骨を溶かしながら吸収していた。
「これなら、今の僕でも倒せそうだけどスライム倒してレベルアップするのかな?」
「職業を授かってからまだモンスターを倒してないんだろ? それに、この森に住むスライムだからな……まぁ、気にするな。サクッとやってしまえ、体力はかなり削っておいた。核を正確に突き刺せよ」
「う、うん、わかったよ。……えいっ!」
スライムの核を貫くと、僕の体は一気にあたたかくなった。多分、これがレベルアップというやつなのだろう。
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