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じゃあ逆に君以外がみんな死んでしまうとしたらどうするんだって話  作者: quiet
Ⅰ どうせ死ぬのに生きてるし秘めている
4/22

Ⅰ-4



 いない。


 ので探すのにも飽きてきた。我ながら雑な性格してるなあと思う。だけど同じ階のどの教室にもいなければ、一階や特別授業棟のめぼしいところを巡っても影も形も見つからないんだから、やる気もなくす。ひょっとして職員室に行ってるんじゃないかと思いついてしまってからは、もう探す意味すらない。


 もしかしたらいるかもなあ、と思って昨日の夜の渡り廊下を覗いてみたけれど、やっぱりいない。外に出てると先生たちにバレやすそうだな、と思ってすぐに戻る。


 携帯を取り出して榛名にメッセージを送る。


『今授業してる?』


 どうせ向こうも携帯を弄ってるだろうし、秒で返ってくると踏んでいたんだけど、一分くらい経っても返信が来ない。教室に帰る気をなくした。担任が普通に戻ってきてたらものすごく気まずい目に遭いそうだから。


 また時間潰しの時間がやってきてしまった。どこか落ち着ける場所でも見つけて携帯で動画でも見ていようか、と思ってイヤホンを机の上に忘れてきたことに気付く。なんだかダメダメだ。本格的にすべてを投げ出したくなってきて、家に帰りたくなってくる。そして死ぬまでベッドで眠りたくなってくる。割と現実味のある選択肢だと思う。現実味があるので、仕方なく丸めてぽいっとごみ箱に捨てた。


 学校の中にはたくさんの空間があるけれど、授業中に不適切に時間を潰すための場所というのは考えてみるとあんまり思いつかない。大体の特別教室は鍵が閉められてしまっているし、普通教室は授業中だ。外に出てしまうと本格的にサボりになってしまうし(サボってるんだけど)、図書室は常時開錠されてるって聞いたことがある気がするけど、三年生がそこで授業中に自習していたら司書の先生から学年主任にチクられて問題になったって話も聞いた気がする。勉強してたら怒られるなんてとんでもない学校だ。


 結局特別授業棟のあたりをうろうろすることになる。本館よりはこっちの方が隠れる場所が多そうだ。郷土資料室とかいう文化部が週二くらいで部活に使ってるところしか見たことのない二階の大部屋の存在を、通り過ぎてから思い出して、ちょっと戻る。鍵がかかっている。でしょうね、ともう一度通り過ぎる。学校の集団宿泊の関連で物置にして、そのあと施錠し忘れてたとかそういう展開を期待していた。ダメだったけど。


 三階の大部屋は生物・化学実験室。施錠中。四階の大部屋は物理実験室。施錠中。一階まで下りればたぶん被服室が施錠中なことを確認できると思うけれど、面倒なのでやりたくなかった。


 代わりに、四階から上に続く階段があるのに今更気付いた。物理実験室への移動は本館からだとかなり時間がかかるし、いつもチャイムが鳴ってからドタバタ生徒が入ってくる。ので、このあたりをじっくり見る時間がなかった。


 屋上行きの階段かな、と一年半もこの学校にいて今更発見した未踏領域に足を踏み入れる。どうせ屋上なんか施錠されてるに決まってるんだけど、この先にあるのが屋上だけなんだったら、かえって先生だろうが誰だろうがまず来ないんじゃないかと思う。安全圏を見つけてしまった。


 踊り場で折り返す。と、目が眩む。屋上に続くスチールの扉が正面にある。磨りガラスを通り抜けて太陽の光が目に刺さってくる。空気中の埃がキラキラと輝いて、人間なんかいなくてもこの世に塵と芥の絶えないことを教えてくれる。


 もう半分を上り切って扉の前に立つ。思ったよりも錆びたりはしていない、校舎の築年数にしては綺麗な扉だった。ノブを押し下げて、ゆっくり開く。開けない。がたん、と鈍い音がして、行き止まりだとわかる。けれどまあ、誰の気配もない場所だ。ここにいればしばらくは時間を潰せるだろう、と踏む。携帯で時間を確認すると、八時五〇分。これから三〇分で一時限目が終わる。


 ただこの、階段の踊り場から自分の姿が丸見えの状態は居心地が悪い。扉に背を向けるように振り返ると、


「うわっ」


 上ってきた階段からさらに折り返すようにして、意外に広そうなスペースがあった。なんで目の前にある空間に対して広そうな、なんて推測交じりの言い方になるのかというと、自分の身長くらいの高さまで、奥にあるスペースがどのくらい深いのかわからないくらいに段ボール箱が積まれていてからだ。いくらなんでも高すぎる。


 箱の側面には、『2―3』とマジックペンで殴り書きされている。乱雑に閉じられた蓋の隙間からは黒いセロファンの切れ端が覗いている。ちょっと考えてから、ああこれ、文化祭の片付け残しか、と気付く。この学校の文化祭は夏頃に開かれて、すでに今年の分は終わっている。ただその準備のとき、各クラス好き勝手に学校の空き場所を物置に使うのが伝統とされている。三組はここを使ってたらしい。いや終わったんだから片付けろよ。


 さすがにこのままだと何かの弾みに倒壊しそうで怖いので、上の方のをいくつか下ろすことにする。まあでも、これだけ積まれてるのは好都合かもしれない。床に座ったときの座高の高さくらいまで積んだままこの奥に入り込めば、バリケードみたいにして落ち着いて過ごせそうだ。


 箱は横向きに二列、隙間を埋めるようにしてさらに縦向きに一列の計三つが、六段積みになっている。一番上の三つを下ろす。これで胸の高さのあたりまで。もう一段崩さないと奥には行けない。ので、残りの三つを下ろす。下ろそうとする。


 一個目で、目が合った。


「…………呼びに来た?」

「……いや、サボりに」


 光倉さんがいた。どうも考えていることは同じだったみたいで、この段ボール箱のバリケードの裏にお先に忍び込んでいたらしい。携帯片手にイヤホンを付けて、地べたにぺたんと座ったまま僕を見上げている。その顔には、僕の影がかかっていた。


「光倉さんは……保健室に?」


 完全に予想外の状況に出くわしてしまったので、特に何も考えないまま発言してしまう。


「うんそう……、ここ保健室だから……」


 向こうも同じような感じになってる。シンクロだった。ちょっと面白いな、と思って、笑いが漏れると、それをきっかけに、するりと頭が回り出す。


 客観的に見て自分がだいぶ気持ち悪い行動をしているんじゃないかと思い当たった。偶然以外の何物でもなく、というかサボり高校生ふたりの思考が収束してしまった結果同じ場所に辿り着いてしまっただけなんだけれど、光倉さんの視点から見ると、人気のない場所でひとりでいたら、なぜか僕がそこまで追いかけてきた構図になっている。


 少し前までの僕なら、自分で自分を自意識過剰だなと笑うところなんだけど、ここ最近の学校や世の中の雰囲気を見ると、そう簡単な話でもない。今は空前のカップル成立ブームなのだ。原因が何かなんていうのは火を見るより明らかで、榛名なんかは「人類最後の繁殖期だな」とか自分で言って自分でバカみたいに笑ってたけど、最低なりに言い得て妙だった。


 このシチュエーションはマズいな、と思って、退却を決意する。お邪魔しやしたー、と言って、床に下ろした段ボール箱をもう一度積み直して壁を作ろうとする。と、


「あ、ちょ、ちょっと待って」


 呼び止められた。ので、床から箱が離れようとする微妙な一瞬の状態で止まってしまう。


「昨日のさ、あれ……」

「誰にも言ってないよ。あ、でもインフルだったって話はちょっとした」


 言いづらそうにしていたのを引き継いで答えると、光倉さんはあからさまにほっとした顔に変わって、


「そっか。大丈夫だとは思ったんだけど、一応ね。ありがとう」


 うん、と頷いて返す。


 昨日、光倉さんが僕に、セッカ病に罹っていないと漏らした後のこと。「これ、絶対誰にも言わないでね」とお願いをされた。だから、誰にもそこは言っていない。


 光倉さんがそのまま僕の方を見ているので、会話が続くのかと思ったけれど、しばらく何も言わなかった。そして僕の方がしばらくしてから、あ、これ僕が立ち去るタイミングまで何となく目線逸らせなかったやつか、と気付く。無駄にお見合いの時間を作ってしまった。気を取り直して、


「じゃあ、埋めていくからごゆっくり」

「あ、」

「うん?」

「あ、ううん。ごめん、なんでもない。……あ、やっぱりちょっと待って」

「はい」

「待鳥くんって学校泊まってる? よね?」

「うん」

「どう、雰囲気」

「どうってこともないけど。ふつー。あ、ちょっとテンション高いかな」

「あ、そうなんだ。結構みんな……、えっと、」

「楽しそうかもね。ああ、今朝のあれみたいな空気かな」

「そっか。……あの、そうしたらさ、もし私が……」


 光倉さんは、言葉を口にしながら段々と俯いていって、


「ごめん、なんでもない」

「めっちゃもったいぶってくるじゃん。どしたの今日」

「え!? あ、いや、そんなつもりは……」


 露骨に光倉さんがあわあわし始めて、そういう行動を取るつもりじゃなかったんだけど、自然と笑いが漏れてしまう。鼻で笑うような調子で。すると光倉さんは下唇を浅く噛んだ。初めて見るジェスチャーだったので、僕はそれがどういう意味なのかさっぱりわからない。沈黙が支配する。


「なんにもないなら行くけど」

「あ、うん」


 頷かれたので、段ボール箱でバリケードを張る作業に戻る。結構重い。よく光倉さんはこれが持てたなあと感心してから、そういえばこの人運動神経も良いんだっけ、と朧げな記憶がよみがえる。シャトルランで普通に負けてた覚えがある。都合の悪い記憶なので封印する。


 二段目の一個を戻して、次は一番上の段。するとまた、あ、と光倉さんが声を上げる。それに反応して、箱を顔の前のあたりで持ち上げたまま止まろうとしてしまって、ふらつく。咄嗟にたたらを踏んでこらえたけれど、箱が傾いて、蓋の隙間からするりとセロファンが逃げ出しそうになる。


「あ、」


 と言って、光倉さんが段ボールの城から頭を出した。そのとき、頭が妙な動きをした。イヤホンを付けたまま、立ち上がってしまったときに起こる動作。

 箱が両側から支えられる。セロファンは落ちない。携帯が床に落ちる音がする。遅れてこんな声が聞こえてくる。



『――ここまで痛みの少ない自殺の方法ランキングを紹介してきましたが、死なずに済むならそれに越したことはありません。お悩みやご相談のある方は、お近くの心療内科や無料相談窓口に連絡を――』



 光倉さんの視線が、床と箱の間を行き来する。どこにも接続されていないイヤホンを付けたまま、面白いくらいに焦った顔をしていた。箱を抱え直して、もう大丈夫、と伝えると、すぐに姿が消えて、声がやむ。次にバリケードから顔を出したときには、すっかり笑顔が張り付いていた。


「あの、違うから!」

「何が?」

「いつもこういうの聴いてるわけじゃなくて、あの、たまたまだから!」

「いや別に、何聴いてても人の自由でしょ」

「え? あ、だ、だよね……」

「それとも構った方がいい感じ?」


 何の気なしに放った言葉だったけれど、光倉さんのリアクションは長かった。一瞬、面食らったような顔になって、それからちょっと半笑いになって、あーだのうーだの言いながら、口のあたりをもごもご動かす。


「ううん、いいよ……。迷惑だし……」

「別に迷惑ではないけど」

「あ……」


 そうしてまた口ごもる。話したくないならいいけど、という言葉が喉まで出かかっていて、出かかったまま止めているからものすごくもやもやする。向こうの言葉を待ってる間は適当に笑っておく。適当に笑っておいて失敗するのは話し相手が「へらへらするな!」「何笑ってんだ」「笑い事じゃないんですけど」とキレてくるタイプの人だった場合だけで、大抵は毒にも薬にもならずに時間を消費することができる。


「でもどうせ、待鳥くんには言っちゃってるし……」


 というようなことを光倉さんは僕に聞こえる大きさの独り言として呟いた後、ちらっと僕を見て、こういった。


「き、気になる?」


 そんなでもなかった。ので、


「人並み」


 と、正直に答えたところ、光倉さんはあからさまに困った顔をした。よくもまあこんなにコロコロ表情を変えられるものだなあ、と感心してしまう。


「話されれば聞くし、話さないなら聞かない。あと腕が限界来てるんだけど、箱はどうすればいい?」

「あ、いいよ! それはもう積まなくて。私もどうせすぐ出るし……」

「そう? ていうか光倉さん二限は出るの?」

「一応……うん、そのつもり、かな。授業再開してたら」

「二限続けて自習だったらもうそれ早終わりにならない? 泊まり組がいるからそうでもないのかな。……ちょっと待って」


 身体の向きを横に変えて、どさっと箱を置く。その向きのまま、壁に背中を預けて、ポケットから携帯を取り出す。


 新着のメッセージが一件。

 ロックを解除して進むと、差出人は榛名。

 メッセージを開く。


 開いた。


 心臓の鼓動が、弱くなった気がした。


「これ、やらないんじゃなかなあ、二限」

「え」

「いや今……、榛名。わかる? 金髪の」

「知ってる」

「授業やってるか聞いたんだけどさ、なんか」


 ちょっと迷って、結局言葉にはしないことにした。


「こんな感じだって」


 携帯の画面を向ける。光倉さんは、目を細めて、段ボール箱に手をかけながら、身を乗り出すようにしてそれを見た。


 瞳が広がって、その目が、文字を読み取った瞬間が、はっきりとわかった。


「ね、どのタイミングで教室戻ろっか」


 僕は訊く。

 光倉さんは画面を眺めたまま。

 時間が経って、携帯の明かりが消えていく。

 そこには、こんな文字が書かれている。



『一組で、ひとり死んだ』



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