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じゃあ逆に君以外がみんな死んでしまうとしたらどうするんだって話  作者: quiet
Ⅰ どうせ死ぬのに生きてるし秘めている
2/22

Ⅰ-2


 携帯を開くたびに、ロック画面よりも先にエリアメールを目にすることになる。


 セッカ病関連情報。政府公式見解。国際研究機関の最新情報。自治体からの避難所に関するお知らせ。たまに起きてるテロ情報。初めの頃こそいちいちギョッとしていたものだけど、今となってはどれもこれも変わり映えがなくて、昨日と今日とで何が変わったのかもわからない。どうせクラスの誰かが覚えてるだろう、と思えば、一瞥するのも儀式みたいなもので、慣れた手つきが『確認』のボタンを押す。


 二〇時。充電、残り四〇パーセント。

 新着のメッセージが二件あります。


 すぐに返信する気にはなれなくて、既読をつけないように携帯のインターネット接続を切ってから、そのアイコンを開く。


 差出人は榛名。


『今暇?』

『おーい』


 ポケットにしまいこむ。代わりに、後ろ側のポケットに差していた財布を手に取った。


 夜になってもまだ学校にいるっていうのは、思い出してみてもこれまで一度もなかったことのような気がする。

 校舎裏のゴミ捨て場に繋がる渡り廊下の自販機の前には、誰の影もない。見上げてみれば校舎から当然のように明かりは漏れ出しているけれど、不思議と声は何も聞こえてこない。


 そのうち、あの明かりも消える。

 自販機は、使えるうちに使っておく。


 一二〇円を入れる。ボタンを押す。コーンスープが出てくる。プルタブを開ける。飲む。


 温まる。


 夏と冬の間にある季節は、小さい頃に比べてずっと短くなったように思う。僕たちが自分の運命を知らされた頃にはいつまでも終わらない夏みたいな陽射しが降り注いでいたのに、それから一月が経つ今になっては、どことなく夜の空気は細かな氷の粒子を孕んで漂っていた。

 

 まだ息は、白く濁らないけれど。


 セッカ病。ひとりになると、自然とそのことが頭に浮かんでくるようになった。たぶんそれは僕だけじゃなくて、他のクラスメイトもそうだろうし、先生だってそうだろうし、この街に住む誰だってそうだろうし、世界の裏側に住んでる遠い国の人だってそうだろうし、何ならひとりのときだけじゃなくて、誰かと一緒にいるときだってそうだろうな、と思う。



 僕たちは、だいたい冬の間には全員死んでしまうらしい。太平洋の真ん中に落ちた、小さな隕石が原因で。



 ずっとずっと遠いところから、旅してきた隕石なんだそうだ。それはびっくりすることに、この広い宇宙の中にひょっとすると存在するんじゃないかと言われていた、この星以外で生まれた生き物を運んできた。といっても、それはSF小説みたいにぐねぐねしたタコの形もしていなければ、一目で恋に落ちるような美しい人間の形もしてはいなかったけれど。


 それは微生物だった。ただし、人間を含む地球上の生物には信じられないほど優しくない、って注釈をつけなくちゃいけない、そんな微生物。


 それは、生き物の体表に付着する。それから、少しずつ細胞同士の結合を緩めていって、最後には砂の城が風にほどけていくみたいに、生き物をばらばらに崩してしまう。


 痛くは、ないらしい。

 それから、思ったよりも、綺麗に死ぬらしい。


 どんな理由でその地球外微生物が僕らを殺していくのかは、わかっていない。知能なんてまずないそうだから、たぶんその生まれ育った遠い星がよっぽどろくでもないとこなんじゃないかって説と、ろくでもない生き物だから遠い星から追放されてきたんじゃないかって説のふたつが有力で、「どっちだと思う?」っていうのが初対面の人との会話の取っ掛かりに使われるようになった。


 そんな遠い場所から来た生き物は随分寂しがり屋みたいで、今や全世界の人類とお友達になって、みんなを病気にしてしまった。英語でつけられた長ったらしい病名は縮めてセッカ病と呼ばれていて、世界的な罹患率は驚異の推定九九パーセント。残りの一パーセントは、ろくに他のコミュニティとのの交流がないような、戸籍が当たり前みたいに管理されていないような秘境に住んでいる未検査の人間を数え入れるための余裕部分らしい。


 それから、この病気の致死率は、今のところ推定一〇〇パーセント。


 つまり、僕らはみんな死ぬってこと。


 で、僕は今、そんな世界を受け入れて、校舎の裏でコーンスープを飲んでるってこと。


 缶は小さくて、ひとりきりだとあまり時間を潰せそうにない。習慣的に、ポケットに手を入れて携帯を握る。それから、ついさっき電波を遮断したことを思い出す。それに、充電もあんまりない。教室にあるコンセントはすでに充電が底を尽きた生徒たちで占領されていて、ほかに差し込む隙もないものだから、ここで残量がなくなってしまえば、それでおしまいだ。僕はRPGの最後の最後まで大量に回復アイテムを残すタイプで、日々の生活においてもそれに準じた行動を取っている。


 手持ち無沙汰で、コーンスープの原材料を眺めてみたり、ふたつ並んだ自販機を、端から端まで目で追いかけてみたりする。三分消化。人生はまだある。これから缶の中に残ったコーンの粒をどうにか口に入れる格闘を始めるとしても。


「……あれ」


 ギクッ、と肩を竦める。背中に声をかけられた。建付けの悪い、重たい扉が大きく開く音がした。何か後ろめたいことをしているわけでもないのに、ひとりでいるところに誰かがやってくると妙に焦る。外にいるのに、自分の部屋にでもいるような気分になっていた。


「待鳥じゃん」


 振り向くと、知り合いだった。東野さんだった。学校指定のジャージを着て、長い財布を片手に持っていた。ちょっとだけ、肩の力が抜ける。


「お前結局今日何もしてなかったっしょ」


 肩の力が入った。

 じとっ、と東野さんが僕を見ている。目と目が合ったのは一瞬だけで、僕は、するりと視線を外す。扉の横のよくわからないシミみたいなのを熱心に眺めてみる。


「人によってはそう見えるかもしれない」

「誰がどう見てもサボってたでしょ。なんもしてなかったんだから」

「してたよ、なんかは」

「何を」

「光倉さんと色々喋ってた」


 もう完全に罵倒されることを覚悟して口にした言葉だったけど、意外にも東野さんはただ目を大きく開いただけで、すぐさま反論してボコボコに痛めつけて縄で縛って吊るすようなことはしてこなかった。ああ、と小さく頷いて、後ろ手に、校舎に繋がる扉を閉める。


「まあ、確かに仕事だね」

「え」

「少なくともわたしにはできないわ、それ」


 そう言って、さっきの僕と同じように、財布を開いて自販機と向き合う。小銭を入れる。ココアのボタンに指までかけて、しばらく停止する。それから急に機敏な動きで指をストレートの紅茶のにかけ変えて、ぽちり、とボタンを押す。容赦のない音を立てて、ペットボトルが降ってくる。ばたん、と取り出し口が音を立てる。


「あ。つめた、これ」

「さむそ」

「や、そんなでもないけど」


 東野さんは自販機の前で振り返る。真っ白な逆光でその顔はよく見えなかったけれど、小さく冷たいペットボトルを自分の手を温めるみたいに転がしているのを見ていると、何となくぼんやりしてるんだろうな、と思う。


「疲れた?」

「ん? や、そーでもない」

「つよ」

「こういうの好きだしね。男子の方どう?」

「別に、普通かな」


 東野さんが紅茶を飲むのに合わせて、僕も缶に少し口をつける。あんまり早く飲み干すつもりはなかったけれど、コーンを一緒に飲みこもうとするとどうしても勢いよく振ってしまう。缶がだいぶ、軽くなる。


「そういや光倉さん、インフルだったらしいよ。しかも二種類」

「ふーん」

「全然興味なさそー」

「ないし。気にしてたの待鳥くらいでしょ」

「いや気になるでしょ。クラスで一ヶ月も休んでる人いたら」

「相手によるでしょ。てか、あの人泊まり組じゃないの?」


 ああ、うん、と。あの後のちょっとしたやり取りのことを思い出してから、僕は斜めに頷いて、


「親、どっちも家にいるらしいよ」

「スパルタ系?」

「そこまでは知らないけど」

「てか榛名は? なんであいつ帰ったの? なんか昼間流して聞いちゃったけど」

「あー、」


 どこから話そうかな、と一瞬悩んで、まあどっからでもいいか、と思いついたところから話始める。


「榛名ん家、ほら、医者じゃん」

「え、マジ?」

「だから医学部志望なんだよ」

「いやそっちも初耳なんだけど。医者ぁ? 似合わなー」

「うん、まあ……。で、なんか集団生活とか気休めレベルだから普通に家にいろって言われたんだって」

「なんかどんどん初耳情報が出てくるんだけど。それマジ?」

「やー、どうなんだろ。榛名はなんか、そういうの関係なく人と一緒に生活すんのとか勘弁してくれって感じな気がするけど」

「あー。でもそしたら、待鳥が残ってるのも意外なんだけど。そういうタイプでしょ」

「まあ確かにそういうタイプだけど……。気休めだっていうのさっき聞いたばっかだから、親もそのつもりで別の避難所に行っちゃってるし。ひとりだけ家に戻るのも、なんかアレでしょ」

「怖い?」

「何が?」

「幽霊とか」


 うわ、すごい微妙な話題、とちょっと止まる。


 僕は幽霊なんてこれっぽっちも信じてないんだけど、この話題はそのスタンスで臨むと、びっくりするほど噛み合わなくなることが多い。だから、そっちに話の矛先が向かないようにして、


「別に。ただめんどいじゃん。掃除とか、ご飯とか」


 ああ、と東野さんが頷いたので、目論見は成功した。東野さん、マジで幽霊信じてるのかな、と興味が湧かないでもなかった。今度さりげなく確かめてみようかな、と思う。たぶん忘れる。僕は死んだら普通に全部終わりだと思う。


「一応言っとくけど、お前もここにいるなら色々手伝うんだかんね」

「え、めんどくさ」

「こら」


 そういえば、と携帯を取り出す。点ける。メッセージ画面を終了してから、接続の設定を弄って、電波を繋げる。二〇時一七分。新着のメッセージはやってこない。


「親?」


 と東野さんが訊いてくる。いや、と首を横に振って、


「榛名」

「仲いいよね」

「ん? うん、まあ」


 メッセージ画面をもう一度開く。『今暇?』『おーい』の文字。『普通』と返した。缶に口をつけて、また軽くなる。熱は失われつつある。東野さんも、同じタイミングでペットボトルに口をつける。離す。それからチーッ、とジャージのチャックを一番上まで上げて、首をすくめた。


「さむっ。……戻るわ」

「はーい」

「待鳥も風邪引く前に戻りなよ」

「さんきゅ」


 扉が開かれる。閉ざされる。ひとりになる。僕はまた缶に口をつける。コーンの粒がどうやっても飲みこめそうにないと悟り始める。


 携帯を弄る。動画でも見ようかな、とサイトを開く。何を見てもセッカ病のニュースばかりだった時期はちょっと行き過ぎて、おすすめ欄には普通に、簡単に作れるけど一生作らないような料理の動画だとか、最新のゲームのプレイ動画だとか、話題のCM、話題の音楽、話題の動物が並んでいる。ポケットを探って、イヤホンを忘れたことに気付く。充電の残りが三八パーセントになっていることにも気付く。動画の画面を閉じて、メッセージの画面を開く。榛名に当てた『普通』のメッセージ。既読がついている。続けて送る。


『なん?』


 ほとんど同時に、榛名からのメッセージが届く。


『わり』

『解決したわ』


「何がだよ」


 口の中で呟いて、既読だけつけて、携帯の電源を消す。あー、と呻いて、背伸びをする。集団生活は肩が凝る。これから毎日ここにこうして息を抜きにくるのかもしれない、と思う。


 やっぱ学校じゃなくて、家にいようかなあ。


 そんなことを思いながら、上体を左右にねじる。ついでに振り返ると、夜がある。見上げると星と月、があるはずなんだけど、今はぼんやりした薄い雲が空の大半を覆ってしまって見えやしない。白っぽい雲の一部だけが赤くなっているのは、方角から見てファミレスの看板に照らされているに違いなかった。


 溜息ひとつ。白くは濁らないけれど、口の中に温い風が起こって、ふと昼間のことを思い出す。


 メッセージ画面を開く。


 光倉さんの連絡先を知らないことを確認して、そのまま閉じた。




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