Ⅲ-1
起きんのめんどくさいな、と思ってベッドでごろごろ転がっていたら夜が来る。
最近はそんな生活ばかりをしていたけれど、今日は違った。起きんのめんどくさいな、と思ってベッドでごろごろ転がっていたら朝が来た。カーテンの隙間から光が漏れ始めたので、たぶんそうだと思う。とうとう昼と夜が入れ替わるときがきた。
起きてみる。寒い。もう一度ベッドに帰りたくなる。朝も夜も、人間が行動するような季節じゃないな、と昼間ずっと寝ていたくせに思ったりする。
カーテンを開ける。その勢いで、窓にべったり張り付いていた結露が、するすると落ち始める。
一二月も中頃を過ぎて、まだ冬だった。枯草ばかりが目に入って、今年まだ、雪は降っていない。空だって曇っていて、太陽はぱらぱらと降る雨の向こう側から、鈍い白色を発しているだけ。それでも少しだけ眩しくて、自然、目を細めた。
せっかく朝起きしたんだし、たまには部屋の掃除でもするかな、という気持ちがついさっきまでないこともなかったんだけど、今はフローリングを踏んだ瞬間に強張った足の指が、それを冷静に拒否している。
さむ、と腕をさする。風呂にでも入って温まろうかな、と考える。適当な着替えを手にして、部屋から出る。一歩進むごとに、足の裏から体温が奪われていく感触がある。脱衣場についたころには、もう痛いくらいに。
「あ」
見つからないと思っていた携帯が、昨日脱いだ服の上に忘れ去られているのを発見した。拾って、電源を点けてみる。通知が四件。パスコードを入れて開く。全部東野さんからのメッセージだったので、その場で全部開く。
『こないの?』
文字が打たれていたのは、その一通目だけ。二通目はうさぎがはてなマークと一緒に右に首を傾げているスタンプ。三通目はうさぎがはてなマークと一緒に左に首を傾けているスタンプ。四通目はうさぎが右手に目覚まし時計を、左手に包丁を持ったスタンプ。どんな場面で使う気で買ったんだ、と思って、いやよく考えれば結構使い道ありそうだな、と思い直す。
『いかない』
とだけ返す。のんびり風呂に入る。出る。通知が光っている。返信は明日でいいかな、と思ってそのまま忘れ去ろうとする。
通話の画面が見えた。
携帯が鳴っている。けれど普段から通知の音を切っているので、音自体は聞こえない。
ただ、画面に東野さんの名前が表示されている。僕は服を着て、髪を乾かしながらそれを見続けて、コールがやんだのを見てから、携帯を手に取って、メッセージを送る。
『なに?』
もう一度コール画面が表示される。髪を乾かすのに戻る。コール画面が消える。髪を乾かし終わる。携帯を手に取る。
『なんすか』
『電話出ろ』
コール画面。三度目の正直、と仕方なく繋げる。
「はーい」
『……私、嫌われてる?』
「や、風呂入ってたからさ」
『え、あ。そうなんだ。ごめん、今だいじょぶ?』
「うん、今出たから」
平気、と脱衣所を出る。ずいぶん身体は温まって、もうフローリングの冷たさは気にならなくなっていた。
「で、なんすか」
『今日も学校来ないの?』
「行きませんけど」
『来なよ』
「えー」
『えーじゃなくてさ。どうせ暇でしょ』
「行ったらもっと暇だし」
『なことないよ。やることあるし』
「何」
『カレンダーづくり』
部屋の扉を開ける。いつもの癖でベッドに携帯を投げそうになって、すんでで抑える。手に持ったまま、脱力してベッドに倒れ込む。
「ぶっちゃけさあ」
薄暗い天井を見上げつつ、
「あれ全然興味ないんだよね」
『………………』
しばらく東野さんからの返答がなかった。怒って電話をぶち切られるのかと思ったのだけれど、しばらくはしばらく続いて、通話の終了はいつまで経っても訪れない。
さすがに明け透けに言いすぎたのかな、と思って、
「こういうこと言うの、色々やってくれてた東野さんには悪い気もするけど」
『お前は悪い』
断言されてしまった。
『今のめっちゃ傷ついた』
「はあ、すんません」
『謝りに来て』
電話がぶち切られた。東野さんも若干ぶち切れてるような雰囲気がないでもなかった。
携帯を置く。天井に向かって小さく口を開ける。
「あーーーーーーー」
眠たくなるような声が出る。
「めんどくせーーーーーー」
目を瞑る。このまま死なないかな、と思う。眠れるほどではない眠気。
行くんだったら、このまますぐに出られる。すでにジャージになっているから。逆にすぐに出られなかったら、湯冷めした身体で、ものすごく寒い思いをしながら学校まで行くことになる。
一〇秒待っても、眠れなかった。から、
「…………行くかあ」
仕方なく、起き上がってみたりした。
そういえばそろそろお葬式の日か、なんて思い出したりしながら。




