下僕視点11
場が混乱している今が一番のチャンス。
騎獣の速度を限界まで上げて、廊下を突き進む。
「行かせるな!」
騎士たちが一斉にこちらへトライードを向けて突進してくる。
クロートはすぐさまトライードに魔力を通した。
「ふん!」
クロートのトライードが伸びて鞭のようにしなりを生みながら敵を壁へと叩きつける。
領主の城を守るために仕事を全うしているだけの者たちを殺す気はない。
たがこちらを止めようと相手も必死になっているので、捨て身で来ようとする。
厄介だと思っているほど意外な活路が出てきた。
「みなさん、どうか道を開けてください!」
ガーネフの言葉を聞いて騎士たちが動きを止める。
「ど、どうしてガーネフさまが!?」
「話は後でしますから、どうか武器を向けないでください」
領主の弟が敵に寝返って城を攻めてくるなんて思ってもみなかったはずだ。
指揮系統が一気に乱れた。
その迷いの時間によってぼくたちは廊下を一瞬で突き進んだ。
ガーネフが前に出ることで、騎士たちもどのように動けばいいのか分からなくなっている。
「あそこです!」
ガーネフは廊下の最奥にある扉を指差した。
あそこが領主の部屋であろう。
クロートはトライードに魔力を込めて、扉を切り裂いた。
騎獣から降りて、その先に待つ人物を睨む。
「来たか」
玉座に座るのはアビ・フォアデルヘ。
ぼくたちを待っていたようで、肘掛けに頬杖を付いていた。
年齢はまだ三十そこそこなはずなのに、どこか老いた雰囲気がある。
だがこちらを見つめる眼だけは歴戦の猛者と思わせる輝きを持っていた。
クロートは額のシワを寄せて、一度眼鏡を上げた。
「分かっていると思いますが、貴方を捕らえさせてもらいます」
「ふんっ、蒼の髪を持ったからといい気になりおって、後はお前と光の髪さえ消せば盤石だ。もう逃しはしない」
アビの足元が光っていた。
それは魔法陣である。
こちらが来ることを予想して罠を仕掛けていた。
ぼくたちもそれは予想していたので、何があってもいいように身構えた。
だがぼくたちを消し去る魔法ではなく、地面から大きないばらが出現して部屋を覆い尽くす。
それは相手もこちらを逃さず、一人で始末を付けるという覚悟の現れだ。
「あ、アビ! お一人では危険です!」
いばらの外からアビの援護をしようとしている騎士たちの声が響いてくる。
完全にいばらでこの場所が囲まれているので、外から中を見ることも入ってくることもできない。
「お前たちは中央広場へ向かえ。こやつらの仲間がいる。シルヴィに反逆をする不届き者たちだ。殺しても構わん、ここはわしが抑える」
ゆっくりと立ち上がって、臨戦態勢となった。
ぼくたちと一騎打ちをするにも関わらず鎧を着ずにローブを纏っているだけだ。
「し、しかし、クロートという蒼の髪を持った者がいます。城を半壊させる魔力は流石のアビでもーー」
「五月蝿い」
「えーー、ギャアアアアアアアア!」
アビが指を上げると、いばらの外から大きな悲鳴が聞こえる。
何をしたのか分からないが、この男が従わない臣下を殺したことは間違いない。
「同じように死にたくなければ早く行け」
アビが次の声を上げると、足音がどんどん遠ざかっていく。
「派閥の証としてバッジを送るという文化は気に入っている。何も疑われずに魔道具を与えられるのだからな」
「それは殺すためにですか?」
「他に何がある?」
一切の躊躇いすらなしにアビは答えた。
仲間を殺すなんて一体この男は何を考えているのだ。
「あ、兄上! 臣下に何てことをするんですか!」
ガーネフは自身の兄を非難した。
それは普通の反応であり、私情で臣下を殺せば派閥が離れていく。
だがアビは特に興味がなく、ガーネフを見下ろすのみだ。
「ふんっ、馬鹿な弟だと思っていたが敵に寝返るほど愚かとは。珍しくあの女の予想が外れるものだ」
「あの女……義姉上のことですか?」
アビは答えない。
当たり前の質問を聞くなと顔が言っている。
「時間もないので世間話はこれまでにしておきましょう。わたしが聞きたいのは一つです。マリアさまを殺したい理由は何ですか?」
「目障り以外に何がある。称号持ちの小僧のせいで、人間をいくら差し向けても無駄だと分かったから、あの女の通りに策を労したのに全て先を読まれた」
マリアさまはよく命を狙ってくる輩がいた。
そのためどんな時でもマリアさまの近辺には気を付けている。
魔道具もたくさん付けているので、生半可な攻撃では一切傷付かない。
魔道具代だけもかなりの資金が動いているとの噂だ。
「策ってもしかして、春の毒殺の件のこと?」
「そんなこともあったな。他にも領地同士の同士討ちや平民を使った手も使ったのに、どれ一つとして効果がなかった。いや、効果があったはずなのにマリア・ジョセフィーヌはそれを全て上回った。流石は幸運を持っていると言われるだけはある」
「やはりお前かーー!」
クロートは大きな声を張り上げて、全速力でトライードを突き出した。
しかしアビは手を前にやるだけで、その攻撃を受け止めた。
正確には魔道具が発動して、クロートの一撃を寸前で止めたのだ。
「お前の蒼の髪は……なるほどのぉ」
アビは何かに気付いた風だった。
クロートが二撃目を繰り出そうとした時に、地面からトゲが出現してくる。
どうにかクロートはそれを避けて、後ろに下がってくる。
「蒼の髪だと警戒したが、お前は本物ではないな?」
「なに?」
本物ではない。
確かにクロートは後天的に魔力が増強されてその髪を得た。
しかし偽物という言い方に引っ掛かりがある。
「とんだ茶番だ。お前なんぞに警戒したわしが馬鹿だった」
「それなら侮ったまま死んでください」
クロートは再度攻撃を仕掛けるが、アビもトライードを取り出して迎撃する。




