第9話 ペナルティ
おめでとうございますという言葉と共に、どこからともなくファンファーレが聞こえてきたかと思うと、いつものメッセージが表示される。
『バードにクラスチェンジしました。
音楽スキルが解放されました。
楽器が装備可能となりました。
クラス補正により、生命力、器用さ、幸運値が上昇しました』
自分では良く分からないけれど、どうやら強くなったらしい。
「あの、ところでスキルってどうやって修得するんですか?」
「ステータス上にスキルというメニューがありますので、そこで取得出来ます。レベルが上がる毎にスキルポイントが十ポイント付与されますので、好きなスキルを取得してください」
「なるほど。という事は、僕はレベル10だから、九十ポイント使えるって事か」
早速ステータスウィンドウを開き、教えてもらったスキルメニューを開く。
スキルはいくつかのグループに分かれていて、これぞバードだと言える音楽スキルを開いてみる。
「あれ? 『歌唱力』っていうスキルと、『元気の歌』の二つだけしかないの?」
「いえ。スキルツリー式になっていますので、特定スキルを取得すると、新たなスキルが解放されるという仕組みです。宜しければ、歌唱力のスキルを一つ取得してみてください」
お姉さんに言われるがまま、スキルポイントを三つ消費すると表示された、歌唱力のスキルを取得すると、
『歌唱力Lv1を修得しました。
新たに、勇気の歌のスキルが解放されました』
確かに、新たなスキルが解放された。
「ほんとだ。『勇気の歌』っていうのが出てきた」
「他にも色々ありますので、是非様々なスキルを解放してみてください。ちなみに、歌唱力は修得するだけで音楽スキルの効果範囲を広げる事が出来ます。可能な限り、取得しておいた方が良いと思います」
「分かりました。ありがとうございます」
「それと、先程お渡しした楽器や詩人の服など、身につけているだけで歌の効力が上がるアイテムもあります。是非、御活用ください」
なるほど。じゃあ、せっかくバードになったのだから、貰った装備に変えておいた方が良いかな。
お姉さんにお礼を言って、皆の所へ戻りながらステータスウインドウで、詩人の服を装備する。
「あ、あれ? 何だか、足がスースーする……。ステータスウインドウで装備したから、サイズはピッタリ合うはずだよね?」
自分の足を見てみると、膝くらいまでの長さのハーフパンツが消えて、膝上までのスカートみたいな服になっていた。
「え? これ、どういう服なの? 裾の短いノースリーブのワンピースみたいに見えるけど、僕が着る服ではないよね?」
お姉さんに男性用の服に替えてもらおうと、クルリと後ろを振り返った瞬間、
「おぉぉぉ、スカートが捲れて、パンツがっ!」
「うわぁぁぁっ! ツバサちゃん……もう我慢出来ないっ!」
「あ! おい、何をする気だっ!」
野太い叫び声と共に、ドスドスと迫りくる気配。
慌てて振り返ると、入口から大きな影が走って来る。
思わず、身体を強張らせると、大きな影が僕の視界を覆い尽くし……抱きしめられた!?
そう思った途端に影が消え、何事も無かったかのように冒険者ギルドの室内が視界に映る。
「あーあ。あのオッサン、やりやがったな」
「クマヨシって名前だっけ? 前にツバサちゃんの頭を撫で撫でした前科もあるし、あいつはもうブラックリスト入りだな」
「許さねぇ。俺のツバサちゃんに抱きつきやがって!」
僕は誰かのものになった記憶はないけれど、周りから聞こえてくる話から判断すると、クマヨシさんに抱きつかれたらしい。
だけど、そのクマヨシさんの姿は既に無い。一体、どこへ行ってしまったのだろう。
「ツバサちゃん、大丈夫?」
「はい。えーっと……コージィさん。今、何が起こったんですか?」
「あぁ、あのオッサン……クマヨシがツバサちゃんに抱きついたんだ。で、他プレイヤーに危害を与えたペナルティで強制ログアウトされたんだよ。一週間は戻って来られないはずだから、安心して」
すぐさま駆け寄ってきた大学生くらいの人に事の顛末を聞いていると、
「いいえ。二週間です。低年齢プレイヤーへの悪質な嫌がらせ行為は、通常プレイヤーよりも倍のペナルティが課せられます」
一部始終を見ていた受付のお姉さんが声を掛けてきた。
「だってさ。一先ず、暫くは安全なはずだし、ここに居る皆は紳士だから、ツバサちゃんも不安にならずゲームを楽しんで欲しいな」
「そうそう。俺たちは、さっきの変態とは違って、皆紳士だから」
「そうだそうだ。ただ、あのオッサンの気持ちも分かる……痛ッ! あはは、何でもないよー」
よく分からないけど、クマヨシさんが僕に抱きついて、ペナルティで強制ログアウトになったって事? どうして僕なんかに抱きついたんだろ。
そう言えば、アオイも突然抱きしめてきたよね。女の子は、抱きついても良いのかな?
そんな事を考えていると、ふと表示させたままだったステータスウインドウのリアルタイム時間が十九時になっている事に気付く。
「あ! もうこんな時間なんだ。ごめんなさい。晩御飯の時間なので、僕そろそろ終わりますね。クエストを手伝ってくださって、ありがとうございました」
ギルドの入口に集まったオジサンたちにお礼を告げると、
「もうそんな時間だったんだ。ツバサちゃんと一緒に居るとすぐに時間が過ぎちゃうね」
「俺も一度落ちようかな。飯喰わないと」
「げ! やっべ! 仕事に戻らなきゃ!」
十人十色のリアクションが返ってくる。
……仕事中にプレイしていた人は、いろんな意味で大丈夫だろうか。
「それでは、またー! お疲れ様でしたー!」
「バイバーイ!」
「ツバサちゃーん! 愛してるぜーっ!」
よく分からない言葉を聞きながらログオフすると、自分の部屋の白い天井が映る。
「んー。何だろう、身体が重い。ゲームし過ぎたかな……って、あれ?」
重い身体を起こそうとして、眠っている渚の存在に気付く。
いや、僕の部屋で寝ているのはよくある事だけど、僕に身体を重ねるようにして、胸の上で熟睡しているのは問題だ。
「ちょ、渚。何してるんだよ」
「みゅー。もう、お兄ちゃんったら。そんな所触っちゃダメだよー」
「どんな夢を見てるんだよっ! 渚、起きて! 起きてってば!」
渚の柔らかいほっぺたを引っ張ってみたり、腋をくすぐったりして、ようやく渚が目を覚ます。
「ふわぁー! お兄ちゃん、おはよう」
「おはよう……じゃないよ。どうして、こんな所で寝てたのさ」
「だって、お兄ちゃんに遊んでもらおうと思ったら、またヘルメット着けて眠ってるんだもん。いくら起こしても起きてくれないし、気付いたら渚も寝ちゃってたよー」
「そっか、ごめんね。一先ず、晩御飯の時間だから、リビングへ行こうか」
「はーい。でも、ご飯食べたら遊んでよねー」
はいはい……と適当に応えながら、渚と共にリビングへ。
「ところで、お兄ちゃん。今日もやってたけど、あのリアルなゲームって面白いの?」
「まぁ、ぼちぼちかな。息抜きには良いと思うよ」
「ふーん、そうなんだー。あ、見て! お兄ちゃん、今日はエビフライだー!」
食卓に並ぶ料理を見て、渚がテンションを上げる。エビフライは僕も好きだから、一緒にテンションが上がりそうになった所でふと思う。
……あれ? 渚にフォーチュン・オンラインの事って話したっけ?
「ねぇねぇ。お兄ちゃん、その小さいの一つ貰っても良い?」
「うーん。じゃあ、そっちのポテトと交換でどう?」
「いいよー。はい、どうぞ」
「……って、それトマトだから。渚の嫌いな物を押し付けちゃダメだよ。じゃあ、こっちの茹で卵を貰おーっと」
「あぁーっ! お兄ちゃん、それ渚の! 卵はダメーっ!」
渚と料理の争奪戦を始め、母さんに両成敗された僕は、食事を終えた後、普通に勉強して、明日に備えて就寝したのだった。