第4話 一次クラス
「ただいまー」
「お兄ちゃん、お帰りー! 今日はヨーグルトだってー」
「ありがとう。じゃあ、また勉強の休憩の時にでも食べるね」
「えー、今日も家に帰ってすぐにお勉強なのー?」
「ごめんね。お兄ちゃん、受験生だからね」
学校から帰ってくると、拗ねる渚の頭を撫でつつ、すぐさま自室へ掛け込む。
昨日レベル10になった所で「おあずけ」状態だったので、とにかく早くプレイしたかったので、猛ダッシュで帰って来た。
というのも、昨晩夕食を済ませた後に勉強して、その後に少しだけログインしようとしたら、「年齢制限モードのため午後十時以降はログイン出来ません」と表示されてしまったからだ。
キャラメイク時にプレイヤーの実年齢などを測定するらしいし、中学生だから勉強を優先しろという事だろう。
受験生に優しい仕様なのだろうけど、むしろフォーチュン・オンラインの事が気になって、勉強に身が入らなかった。
「まぁログイン出来なかった時間を使って、ネットで情報収集出来たけどね」
独り言を呟きながら、先ずは制服を脱いで、ゲームに飛び込む準備をする。
中学生でネットに書き込む人が少ないからか、年齢制限モードの事は殆ど情報が無かったけれど、一次クラスの事については、概ね知る事が出来た。
最初に必ず就く基本クラス「アドベンチャラー」から転職出来るのは、基本的に九つのクラスだ。
前衛となって敵と戦う、武器の使い手ファイターと、拳で戦うストライカーに、同じく前衛だけど、攻撃がメインではなく盾となって仲間を護るソルジャー。
中衛で敏捷性を使ったトリッキーな攻撃するシーフに、弓矢で戦うシューター。そして、歌でサポートを行うバード。
後衛から強力な魔法攻撃を行うメイジや、アオイみたいに仲間を回復させるアコライト。それから、ちょっと特殊なテイマーという、モンスターを仲間にして戦わせるクラス。
他にも特殊なクラスがあるそうだけれど、特殊なクラスになる方法は未だネット上にはなくて、一先ず良く見かけたのが、テイマーだけは止めとけという書き込み。
何でも、自分の育成に加えて、使役するモンスターのレベルまで上げなければならないそうで、モンスターを使って攻撃するクラスなのに、モンスターが敵を倒した場合の経験値が、半分モンスターに入り、残りの半分がテイマーに入る。
つまり、経験値が半分しか入らなくなり、レベル上げに他の人の倍の時間が掛かるという事だ。
「とりあえず、前衛はパス。僕の運動神経じゃ、モンスターを攻撃したり、その攻撃を避けたりなんて出来ないからね。弓矢も難しそうだし、一先ずバードかメイジ、アコライトのどれかだよね」
着替えを終え、部屋着になった僕はヘルメットを被ってベッドに寝転ぶ。
そして起動ボタンを押すと、視界が暗転し、僕は町の通りの真ん中に立って居た。
少しして、澄んだ青空とレンガ色の町並みに目が慣れて来た時、
「おぉっ! キターッ! 本物だっ!」
「マジでっ! うぉぉぉっ! すげー! 噂は本当だったのか!」
「俺、仕事早退してきた甲斐があったよ」
僕の周りで突然歓声が湧く。
見れば、背の高い男性が十人程、騒ぎながら僕の方を見ている。
何かイベントでもあるのだろうか。一先ず、邪魔にならないようにと冒険者ギルドの建物に向かって歩き出す。
「お、歩いたぞ」
「そりゃ、歩くだろ」
「どこに行くんだろ?」
何故だろう。さっきの男性たちが僕と同じ方角に向かって歩き出した。
背後から凄く視線を感じて、背中……というか、首元や脚を凝視されているように思える。
偶然、僕が歩いた方角に何かあるのだろうか。それとも……まさか。でも、念のため。
冒険者ギルドには、今居る通りを真っ直ぐ進めば着くのだけれど、適当に角を曲がり、細い路地に入りこんでみた。
「……」
少し距離を開けて、後ろの集団も僕と同じ方向について来る。
これってもしかして、僕が狙われているの!?
でも、一部のエリアではプレイヤー同士の戦い――PvPやPKが認められている場所もあるそうだけど、基本的に町の中ではそういう事は出来ないと、ネットに書かれていた。
それなのに、僕が後を着けられている理由は何だろう。貴重なアイテムとかも持って居ないし、そもそも昨日始めたばかりだし。
一先ず、逃げようと思って、走りだした直後、
――ゴスッ
石畳に足を取られ、顔から盛大にこけてしまった。
痛くはないのだけれど、こけた瞬間に後ろの集団が走って来て、僕の周りを取り囲む。
僕は地面にペタンと座り込んでしまった状態で、もう逃げ出す事も出来ない。
「えっ!? な、何……?」
今の僕に残された出来る事はログアウトしかないのだけれど、必死に声を振り絞ると、
「ツバサちゃん! 大丈夫!? 痛くない!? これ――ハイポーションをあげるから使って」
「馬ッ鹿野郎! ツバサちゃんは苺味のポーション以外飲まねぇんだよっ! ……ツバサちゃん。ほら、お兄ちゃんがヒールの魔法を使ってあげたからね。もう、痛くないよ」
「ツバサちゃん。これ、オジサンからのプレゼントだよ。見た目は大した事が無さそうに見えるんだけど、回避能力アップの加護が付与されているから、絶対役に立つからさ」
僕を取り囲んだ男性……というか、オジサンたちが一斉に喋り出す。
どうやら害意は無さそうだけれど、僕にポーションらしき小瓶を出したオジサンが、別のオジサンに押し出されたかと思うと、そのオジサンの手が淡く光る。元々痛く無かったけれど、どうやら回復魔法を使ってくれたみたいだ。
そして今、目の前に一足の靴が差し出されている。爪先と底が赤色のゴムみたいな素材で、周りは白い……って、これ学校の上履きだよ。でも、加護がどうとかって言っていたし、見た目とは違ってきっと凄い効果があるのだろう。
「ツバサちゃん。遠慮しなくて良いからね。ゲームを始めたばかりのツバサちゃんにはともかく、僕からすれば全然大した事の無いアイテムなんだ。だから、どうぞ」
「あ、ありがとう」
目の前のオジサンが座った僕に目線を合わせて微笑んでくるので、せっかくだからと手を伸ばすと、
『学びの靴+7を受け取った』
というメッセージが表示される。
学びの靴って、やっぱり上履きの事だよね!? あと「+7」って何だろう。さっき言っていた加護とか、強化とかって事だろうか。
そんな事を考えながら、貰った靴を眺めていると、
「あぁぁぁっ! 先を越されたーっ!」
「抜け駆けしやがって!」
「……だけど、回避の加護って言ってなかったか? あれって、かなり高額じゃねーの!?」
周りのオジサンたちがザワついている。
一先ず、それなりに高価な品らしいので、貰ったからには身に付けるのがマナーというものだろうか。
せめて色が赤ではなく、青だったら良かったのに……と内心思いながらも、その場で三角座りになり、上履き――もとい、学びの靴を履いてみる。
少し小さいので、手間取っていると、
「おぉぉぉっ! ハーフパンツの隙間から見えそう……もう少し」
「おっしゃぁぁぁ! 見えたっ! 白だっ! そこのあんた、GJだ!」
「マジかよ! 俺も、俺にも見せてくれよっ!」
何が見えたのだろうか。何故かオジサンたちが、靴を履く僕の前でギュウギュウと押し合いをしている。
「あ、そうだ。ステータスウインドウから装備出来るんだった」
うっかりゲームの中だという事を忘れてしまっていたけれど、ステータスウインドウから靴を装備すると、一瞬で靴が変化し、小さいかなと思った靴がピッタリサイズになっていた。やっぱり、ステータスから装備するのが正解みたいだ。
一先ず改めてお礼を言おうと立ち上がると、何故か残念そうな声がオジサンたちから聞こえた後、おぉっと低い声の歓声が上がる。何かあったのかと、ちょっと気になったけれど、先ずはお礼が先だよね。
「あの、この靴ありがとうございます。履き慣れているからか、何となく動き易くなった気がします」
「そうだよね。やっぱりツバサちゃんには上履きが一番だよね。良く似合っているし、きっとその靴も喜んでいると思うよ」
上履きって言っちゃったよ。やっぱり、この人も学びの靴が上履きみたいだって思ってたんだ。
内心、クスッと笑いながら深々と頭を下げ、冒険者ギルドへ向かって歩き出そうとすると、
「あ、ちょっと待って。ツバサちゃん。良かったら、レベル上げとか手伝おうか? まだゲームを始めたばかりだよね?」
「ありがとうございます。でも、もうレベル10になったので、これから一次クラスに転職しようと思ってて」
「なるほど。じゃあ、転職クエストを受ける訳だ。どのクラスに転職するにしても、ちょっと面倒なクエストがあるし、良ければ僕が手伝ってあげるよ」
靴をくれたオジサンが、親切にも一次クラスへの転職の手伝いまで申し出てくれた。