第3話 レベルアップ
「やったー! すごーい! ツバサちゃん、おめでとー!」
町から少し離れた山の上で、ジャイアントワームとかいう、ちょっとした犬ぐらいの体長を持つ大きな芋虫を、旅人の杖でつついて崖から落とす。
そんな事を幾度か繰り返すうちに、レベルが上がり、その度にアオイが僕を抱きしめてくる。
これで八回目だろうか。柔らかいし、良い匂いするし、気持ち良いしで嬉しいのだけれど、その度に窒息しそうになるのが難点だけど。
「それにしても、早いねー。もうレベル9なんだねー」
「アオイのおかげだね。魔法で武器を強化して、防御魔法で護りを固めて、おまけに美味しくない敵を倒してくれて。ありがとう」
「ふふっ。いいの、いいの。お姉ちゃんは、ツバサちゃんが頑張る姿を眺めているだけで、眼福なんだから」
こんなに可愛い人が、僕なんかを見て、何が眼福なんだろう?
眼福と言うなら、アオイが神聖魔法を使う度に、裾の短いローブが捲れ上がってチラチラ見える女子高生の白い太もも……これこそが眼福だと思うのだけど。
……ところで、このゲームはどうやってスクショを撮るんだろう。画像として残しておきたいシーンが有り過ぎるよっ!
「あ。ツバサちゃん、ちょっと待ってね。また、ちょっと強めの奴が湧いてきちゃったから。こいつさえ居なければ、ここは初心者に絶好の狩り場なんだけどねー」
そう言って、アオイが手にしたメイスで大きめのカブトムシみたいなモンスターを殴りだす。
お兄さんと組んでプレイしているから、完全に回復役に特化したヒーラーだと思っていたのだけれど、メイスでの打撃にキレがある。
所謂、殴りアコライトと呼ばれるタイプなのだろうか。
かなり硬いカブトムシとアオイが戦っている間、僕は邪魔にならないように少し離れて、ジャイアントワームを探しだす。
好戦的なカブトムシと比べて、こっちはほとんど攻撃してこないし、動きも遅い。その分、体力が多いのだけれど、流石に崖から落ちると即死するし、それで経験値まで入ってしまう。とにかく、美味しい敵だ。
「ワームさーん。居ませんかー?」
モンスターが返事をする訳がないのだけれど、草をかき分け、茂みに入って行くと……居た! しかも二匹も。
ちょっと突いて、僕に意識を向かせると、先程まで居た崖の傍へと誘導する。
ジャイアントワームが近づいてきたら、反対側に回って、後ろから杖でひたすらつつく。
二匹いるから少し大変だけど、動きが遅いのでいけるはずだ。
トストストストス……突いて突いて、また突いて。一心不乱に突きまくっていると、二匹のジャイアントワームがフッと視界から消えた。
そして、その直後、
『おめでとうございます。レベルアップしました。レベル10になりましたので、一次クラスが解放されます。尚、年齢制限モードのため、ステータスは自動割振されました。スキルの取得は手動となります』
この短時間で何度も見たシステムメッセージが表示された。
しかし、バタバタしていて聞く暇がなかったけれど、気になる言葉が幾つかある。これは一体……
「ツバサちゃん。おめでとー! やったね。レベル10だよ! これで一次クラスに転職出来るよっ!」
むぎゅっ。
一次クラスという、まさに僕が気にしていた言葉が聞こえた直後、柔らかい膨らみが僕の顔を包み込む。
どうやら、カブトムシを倒したアオイが僕の元へと駆け付けていたようだ。
「アオイ、い、一次クラ……」
「あはは。そんな所で口を動かされたら、くすぐったいよー」
いや、だったら僕を解放してくれたら良いと思うのだけど。でも、このままで居たいと思ってしまう僕も居たりするんだけどさ。
そして、名残惜しそうに少し強めにギュッと僕を抱きしめると、アオイが腕を離してくれた。
「あ、アオイ。一次クラスに転職って?」
「一番最初の分岐点で、レベル10になると、冒険者ギルドで転職クエストを受ける事が出来るんだ。丁度良いから、一旦町へ帰ろっか」
アオイがくれた帰還石というアイテムを使うと、一瞬視界が真っ白になり、気付けば僕が最初に居た町の入口へと戻っていた。
ゲームで良くある移動系のアイテムだけど、リアルなゲームで使うと、一瞬で景色が変わるからビックリさせられる。
「ツバサちゃん。ついてきてー」
流石にアオイは慣れているみたいで、既に歩き始めていた。
しかし小一時間程前に冒険者ギルドから町の門まで歩いた時は、ほとんど人が居なかったのに、今は随分と人が増えている。
しかも、可愛いアオイと一緒に居るからか、ジロジロと……主にオジサンたちがこっちを見ていた。
「見てみろよ。スゲー可愛い」
「うほっ! 持って帰りたい」
「マジかよ。幼女じゃん」
可愛いって言葉は分かるけれど、幼女は流石に言い過ぎではないだろうか。
アオイは童顔だけど、胸も身長も大きいし、どうみても女子高生……いや、オジサンたちからしたら、女子高生も幼女みたいなものなのかな?
「ねぇ、アオイ。何だか、さっきより人が増えて無い?」
「リアルの時間が六時を過ぎているからねー。学校とか会社が終わって、みんなログインしてきたんだよー」
「あ、そっか。……って、六時を過ぎているの!? ごめん、アオイ。僕もうゲームを終わらなきゃ!」
「そっかぁ。でも、仕方ないね。あんまりゲームをやり過ぎると、お父さんやお母さんに怒られちゃうよね」
そう言うと、またもやアオイが僕を抱きしめてきた。
「おぉぉっ! 凄ぇのが見れた!」
「ボクっ娘だと!? 俺も抱きつきたい」
「おまわりさんこっちです!」
町の通りのド真ん中で抱きしめられたから、益々視線を感じる。
僕は注目されるのは好きじゃないけれど、アオイは他人の視線に慣れているのかな? 周りを全く気にせず離してくれない。
「あ、アオイ。ごめん、僕もう本当に時間が……」
「そっか。じゃあ、また一緒に遊んでね。一次クラスの転職も手伝うからね」
「うん、ありがとう。じゃあ、またね」
「うん。バイバイ」
僕はメニュー画面を出すと、一番端にあるログアウトという文字に意識を向ける。
ログアウトの確認メッセージを応答して……僕の視界が見慣れた白い天井に変わった。
「す、凄かった……これは、皆ハマるよね」
ヘルメットを外して、ベッドから降りると大きくノビを一つ。
階段を下りてリビングへ向かうと、
「あ、お兄ちゃん。お勉強終わった? 渚と遊んでっ!」
僕を見つけた渚が、猛ダッシュで突進してきた。
子供特有の温かい体温が僕の身体に密着して、その温もりが伝わってくる。
温かくて柔らかいけれど、平らな感触は少し物足りなくて……
「渚。これから大きくなろうな」
「お兄ちゃん、突然どうしたの?」
不思議そうに僕の顔を見上げる渚の頭を撫で、夕食の準備が出来るまでの間、暫くトランプに付き合ったのだった。