七夕の恋 02
今日は、七夕。11年目の七夕。
「今年は、雨ね。」
久しぶりに迎える、週末の七夕。そして、和也の7回忌。和也の家には、命日に花を送っていた。和也の父親からは、毎年丁寧な礼状が届けられるが、昨年の礼状には、来年からは遠慮したい旨が書いてあった。
「亜紀さんは、和也を忘れて幸せになってください。」
その理由も理解していたけど、今年は特別な7回忌だから、やはり寂しい。和也の思い出がどんどん薄れてきて、和也に抱かれる腕の感触も、あのやさしい声も、忘れてしまいそうで必死に、思いだそうともがいていた。
「久しぶりに、プラネタリウムへ行こうかしら。」
プラネタリウムが入っているビルが取り壊しになっている。驚いていると、竹下が声をかけてきた。
「どこへ、行くつもりだったんですか?」
「なんで、貴方がここにいるの?」
「なんでって、たまたまですよ。」
あけすけに笑って、見下ろしている。
良いように口説かれて、ホテルのバーまで着いてきた。知っている。今の自分は、自棄になっている。年下の竹下が、なんで面倒くさいアラサーに興味を持ったかなど、かまいやしない。口説かれているなら、それでいいじゃない。あとは、こっちが何も言わなきゃ、きっとそのままおしまいよ。
ついて行った部屋で、甘いキスに翻弄されてベッドへ運ばれる。無言のまま、洋服を脱がされ荒々しく抱かれた。
「あー、和也だったら…」
何度も、何度も、その言葉が頭をよぎる。涙が頬を伝って流れ、それを掬うように竹下が、キスをしてきた。
「知ってるよ。和也だったらって思っているんだろ。」
竹下は、和也が大学生になって始めた家庭教師の教え子だった。4年間教わって、就職の年に、私と同じ大学へ入学して来た。
「和也、言ってた。4年に自分の彼女がいるけど、ちょっかいだすなよってさ。言われれば、興味持つじゃん。亜紀、可愛かった。」
「そうして、あの七夕の日。和也は死んで、亜紀は、お通夜、告別式と、友達に支えられて、声を殺して泣いていた。」
「僕は、ただ、それを見ているだけだった。」
「それが、亜紀は、気づいたら、和也のいた会社に就職していて、すごいなって思ったよ。」
「泣いてるだけじゃないんだものね。」
「僕も必死に、勉強したよ。あの大学だってやっと合格したのに。亜紀や和也と同じところへ就職しようと思ったら、そうとう努力しないといけないと思ったからさ。」
「3年後、どうにか就職して、和也と同じ制作部に配属になって、仕事、必死に頑張ってるよ。和也に笑われたくないし、自信をもって、亜紀を任せてくれって言えるようにならなきゃってさ。」
「俺、6年前から、亜紀のこと見てきた。君の眼にはどんな男も映っていなかったことも知ってる。」
「亜紀、社長の息子のプロポーズけったんだってね。」
「それ聞いて、冷汗出たよ。」
「その時、プロポーズ受けていたら、僕にはチャンスなかったからね。」
「でも、同時に、なかなか落ちないなって覚悟もした。」
「長期戦だなって覚悟してたけど、やっと、この間話をすることができて、うれしかった。やっと、僕の存在を知ってもらえたなってさ。」
「それが、先週、和也の家にお線香をあげに言ったとき、君の名前が出て、和也のお父さんが、今年からお花も遠慮すると伝えたって聞いたから、君が、そうとう落ち込んでいるんじゃないかと思ったら、居てもたってもいられなくなって、直球勝負になってしまったのさ。」
「良いよ。俺、」
「2番目でも、良いよ。」
「俺、和也、すごく好きだったから。尊敬してた。あこがれてた。もし、10年前に和也に出会っていなかったら、今の僕はいないよ。どうなっていたかな。」
そこまで話すと、東京湾の夜景を見て遠い眼をして黙った。ゆっくりと、腕を伸ばし、私を引き寄せて、やさしく抱いてくれた。
傷口を庇い合うように始まった結婚生活だけど、娘の誕生とともに、ままごとではない現実の生活となっていった。娘の周りには、双方の家族が集い、笑い声が絶えない。私は、穏やかなこの生活を大切にしたいと願っている。娘は、だんだんと私に似てきた。おませさんの娘は、たくさんの言葉を覚えてきて、
「パパ、残しちゃだめよ。」
「パパ、早く起きて、遅刻よ。」
「パパ、忘れ物は?」
私がいつもヒロシに言っている口真似が可愛い。
「ママが二人いる。」
と、ヒロシはゲラゲラ笑わっている。
「和也、私、幸せよ。」
満月の夜空に向って、つぶやいた。
「ヒロシを、私に出会わせてくれて、ありがとう。」
振り返った部屋では、テレビをつけたまま、ヒロシと美緒がソファーで寝ていた。
「私、ぜったい幸せになるから。見てて。」
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涼音色 ~言ノ葉 音ノ葉~ 第3回 七夕の恋 と検索してください。
声優 岡部涼音が朗読しています。
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