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七夕の恋  作者: 風音沙矢
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七夕の恋 01

 私は、ベランダに出て、夜空を見上げた。

リビングからは、娘の美緒と夫、ヒロシの笑い声が聞こえている。

「今日は、晴れてるけど、満月だから、星は見えないだろう。」

そう、ヒロシが言った。

「そうね。星は見えないわ。」

今日は、7月7日、七夕だ。


 15年前、高校3年の七夕の日、私は初恋の彼、和也と初めて手をつないだ。

その日は、クラスの子の発案で、近くの河原で肝試しをしようということになって、夕食の準備で忙しくしているお母さんにねだって、浴衣を着せてもらっていた。履きなれない下駄の鼻緒があたって、足が痛かった。その上に、河原にゴロゴロしている石で、下駄では不安定で転びそうになって、思わず、彼が腕をつかんで支えてくれて、そのまま手をつないでくれた。転びそうになったことも恥ずかしいのに、ぎこちなくつないだままの手が汗ばんで、ますます恥ずかしくて、でも、うれしくって、一生の宝物のような時間だった。


 彼が好きだった。高校へ入学した時から、好きだった。一度も告白できずに、私の初恋は終わるんだろうと思っていた。それでも、今日、浴衣を着て行こうと思ったのは、少しでも可愛く見せたい乙女心。親友の美樹からも、「今日は、どうしたの?」と、からかわれたけど、やっぱり着て良かった。ゴールしても、手を放そうとしない私たちに気付いて、クラスメートから、からかわれて赤くなっている私を横目に、

「俺、亜紀が好きだー!」

わーと歓声が上がり、周囲の目は私に集まった。小さい声で、

「うん。」

それだけで精いっぱいの私に、

「うん。だけかあ。」

「まあ、良いか。亜紀、大学も一緒に行くぞ。」

「うん。えっ?」


 受験勉強も、すごく頑張ったっけ。必死に勉強したけど、彼は合格して、私は落ちた。

「世界の終りだ。」

卒業式の後、誰とも言葉を交わさず帰ってきた。ベッドの毛布を頭からかぶって、泣いた。握り締めている携帯が、ずっとブルブルとなっている。出れずにいたら、メールの着信音。震える手で、メールを見た。

「亜紀、好きだよ。これからも、よろしくな。」


 私は、予備校へ通いだした。学年は違っちゃうけど、彼がこんな私でも、好きだと言ってくれるのなら、負けたままなのは、いやだったから。勉強、勉強の日々。

「たまには、デートしない?」

のメールがくる。そう、メールだけにしてもらったの。だって、声を聞いたら、すぐに弱音を吐いて泣いちゃうから、メールだけ。たまに、写メを送ってもらうけど。

「俺にも、写メ、送れ!」

そんなことできるわけないでしょ。私、とんでもない格好してる。


 7月7日、去年は、人生の中で一番幸せだった日。でも、今年は、最悪の日、和也からのメールは無し。予備校で9時間の講義を受け、校舎を出たときには、雨が降っていて、もう夜の7時を過ぎていた。

「あー、傘ないよ。」

「最悪だ」

ぶつぶつ言って、走り出そうとしたら、腕をつかまれた。和也が笑ってる。黙って、ぐいぐい引っ張られて、近くにあるプラネタリウムへ入った。席に座らされて、座席がグイーンと倒れていく。

「皆さん、こんばんは。今日は、七夕です。あいにくの雨ですが、このプラネタリウムで、織姫と彦星に会いに行きましょう。さあ、満天の星空です。天の川が、くっきりと判りますね………」


「どう、よく眠れた?」

「亜紀、寝てないだろう。頑張るのも良いけどさ、ムチャなことはするな。」

まだ、寝ぼけている私をのぞき込んで、やさしくキスをしてくれた。その後は黙々と手をつないだまま家まで歩いた。あんまり帰りが遅いので、お父さんに二人とも、こっぴどく叱られたっけ。

次の年の3月、やっと、合格できた。うれしくて、うれしくて。でも、隣で、彼が

「亜紀、やったな。おめでとう。亜紀、好きだー!」

そう言って、私に抱き着いて泣いてた。


 大学一年の七夕の日、私は初めて、彼に抱かれた。やさしく、やさしく。彼は、震えていた。私も震えていた。怖いからではないのだけれど、震えていた。今思うと、彼の一生懸命のやさしさがいとおしい。

「可愛いかったなあ、二人とも。」


 大学4年の七夕。彼と付き合いだして、まる5年。彼は希望の会社に就職していた。私は、就活中だけど、私の就職がはっきりした時点で、双方の親に正式に挨拶に行こうと言うことになっていた。

今日は、あのプラネタリウムでデート。駅前で待ち合わせ。自分と同じように待ち合わせているカップルを次々と見送りながら、今朝の電話を思いだしていた。

「今日なら、亜紀も最後まで上映を見れるよね。」

クスクス笑いながら、誘ってくれた。

「ぎりぎりになるけど、行けそうだから。」


 メールが来てたけど、もう最終回の7時30分が過ぎていた。8時を過ぎても、彼はやってこない。返信がこないまま10時が過ぎた。もう少し、もう少しと待っていたけど、不安なまま帰路に就いた。そして、朝方、美樹から連絡があった。

「亜紀! 和也、事故で死んだって聞いたけど、あなた、大丈夫!」

「会社を出たところの交差点で、ちいさな女の子をかばって、車に巻き込まれたんだって。」


 次の年、私は、彼がいた会社へ就職した。ソフト制作会社。私はもともと理系ではないので、彼の配属先とは違い、総務部。彼との時間の共有はできないが、彼がしようとしていたことの一部でも知ることができればうれしかったから。

「和也、私、一人でも大丈夫。」


 就職して5年がたち、私は、29歳になっていた。

 梅雨に入り、朝の満員電車は、傘を持っている人でいつもより膨らんでいるような感じで、ここの所、早めに出勤していた。今日は、総務へ行く前に制作部の部屋の前を通ってみよう。和也も見ていただろう窓の風景を眺め、彼に話しかけていた。

「和也、もうすぐ11年目よ。」

「11年目って、何ですか?」

ふいに、どこからか、声がして、驚いていると、3年後輩の制作部の竹下がぬっとソファーから顔を出した。

「前から気になっていたんですよね。」

「先輩、時々、制作部の前で独り言、言ってから、総務の部屋に入っていくじゃないですか。」

不躾な問いに答える気にもならず無視をして、総務へ向かった。


そ の後、たびたび廊下や社食で顔を合わせる機会が増え、竹下は、そのたびににっこりと手を挙げる。苦笑するしかないがずっと無視もできずに、頭だけ下げるようなって行ったころ、

「和也より背が高いわね」

なんて、比べている自分がいた。


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