『土龍』と『家族』
「なぁ?あのローブの黒髪のヤローちゃんと金貨持ってくんのか??カルロ?」
黄昏のギルド入り口付近で1人の冒険者がカルロと呼ばれるスキンヘッドの男に質問をなげかける。
「あぁ?心配すんなよ!こっちは魔法契約してんだぞ!?用意出来なきゃ犯罪奴隷として死ぬまで迷宮でコキ使って金を稼がせて、元を取ったら奴隷屋に売っちまおう!」
「まっ!それがいつものやり方なんだがな!」
「はっはっは…俺達、頭良すぎ!!」
「でも…あのバカ獣人が本当に迷宮に潜っちまった時は肝を冷やしたがちゃんと戻って来たから安心したぜ!」
「危うく前金を回収出来ないところだったもんな!」
「アイツはどんどん借金地獄だけどまぁ獣人だからな…ハハッ!儲け儲け!」
そんな悪巧みをした3人の冒険者が、黄昏の迷宮にて琉偉達と取引をする為待っていた…そんな中、ギルドのロビーがお祭り騒ぎの様に活気づいていた。
「…よう!中でなんかあったのか??」
カルロはギルド入り口から小走りで出てきた若い冒険者に声をかけ、尋ねた。
「なんだ!あんた知らないのか?1時間ぐらい前にここの最下層から黄昏の水晶石を持ち帰ったパーティが現れたんだ…でも、更に凄いのは最下層でなんとあの守護龍を討伐したんだ!!」
興奮しながら若い冒険者は、あるパーティの成し遂げた『偉業』を声高らかにカルロに伝えた。
「はぁ?お前、頭平気か?そんなもんガセネタに決まってんだろ」
カルロは最初から信じていなかった。
「…でも、確かに黄昏の水晶石をギルドが買い取ったって!!ギルドが発表したんだぞ!ってせっかく親切に教えてやってんのになんだハゲ!!俺は行くぞ!」
若い冒険者は走り去った。
「……まさか…獣人とあのローブの男…クソ!!!許さねぇーぞアイツら!!!!」
カルロは烈火の如く怒りを露わにする。
「アイツは魔法契約を破りやがった!殺しても文句は誰にも言われねぇー…おい!やっちまうぞ!」
「「おう!!!」」
唖然していた2人の冒険者もカルロの言葉で理解した。
だか、3人の冒険者は勘違いしていた。ファーランが無事クエスト成功させて、カルロ達に嘘の報告をしていたと考えてしまった。
「…だからあのヤローは獣人なんかに金貨90枚をすんなり出すと言ったのか?……チクショー!金に困ってる奴に最下層のお宝なんか無理なクエスト発注して嵌る筈が逆に嵌られたか…クソ!行くぞ!!」
小悪党3人は、正義は我にありと言わんばかりにギルドのロビーの通路に足先を向けた…その道が…死道とは知らずに。
「はぁ…なんか疲れた…なんで只の換金でこんなに疲れてんだ…?…俺達…はぁ…」
「あ…あの…さ…先程は取り乱してしまい本当に申し訳ありません…」
「オイラも何がなんだか分からなかったよぉ…なんだか腹ペコだぁ…」
1時間の間に衝撃的な事件があった3人は、琉偉がため息をつき、ファーランは己の行動に反省し、ポコは可愛くお腹を鳴らした。
「でもまぁ…無事に聖金貨20枚ゲットだ!!よぉーし!気をとりなおして行くか!」
売買交渉を終え、ミルティスを慰めてようやく水晶石の換金を済ませた3人は応接間に散らばった20枚の聖金貨を探し出して取引を無事成功させた。
そんな中、ポコが真面目な顔で喋り出す。
「ねぇ…ルイ…その…報酬の事なんだけど…こんな事になるなんて思っても見なかったから最初のクエスト報酬は無しでいいよぉ…琉偉が納得する額でオイラは大丈夫だよ…文句は言わない…約束する。その……その代わりにお願いがあるんだ!!」
ポコが、声の質を落とし唐突に報酬内容の変更を願い出た。
「…おい……どうした?ポコ?…」
琉偉は真剣な顔でポコの瞳を見る。
「ルイはさぁ…これから一流の冒険者の仲間入りだ!きっと王国の騎士や国賓なんかになると思う……それくらいの事をしたんだ!!……だからさぁ…報酬は要らないって言ったら嘘になるけど…本当にたまにでいいから……オ…オイラとまた迷宮に潜ってくれよぉ…それが報酬内容変更の条件だよ…」
ポコは寂しそうに…恥ずかしそうに琉偉に正直に伝えた。
「ポコ…なんで…そんな事言うんだよ!お前どーしたんだよ?俺がなんかしたか??」
突然の事に琉偉は良く分かっていなかった。
「…ルイは冒険者になったばかりだから知らないと思うけど、冒険者は普通パーティを組むんだ…」
ポコはいつもの笑顔が消え、静かに語り出す。
「でも…オイラはどこのパーティにも入れて貰えないんだ…」
「………」
琉偉は俯くポコを見る。
「…ルイにはさぁ…カッコつけて『土竜』なんて言ったけど…本当は違うんだぁ…ソロの冒険者は圧倒的に稼ぎが少ないんだ…だから毎日迷宮に潜りお金を稼がないと暮らしていけないんだ…そんな冒険者の事を蔑称で『土竜』って言うんだ…オイラの事を知ってる冒険者は…オイラを『モグラのポコ』って言うんだ…嘘をついてごめんなさい…」
気まずそうにポコは琉偉に告げ、小さく謝罪する。
「ポコ…」
琉偉は呟く…
「実は…オイラはさぁ…禁忌の子…精霊族と人族の混血の血が流れてるんだ…オイラの爺様は『土の精霊ノーム』だった…だから…オイラはずっと一人だった…」
小さな手を握り締めてポコは瞳を震わせる。
「…でも…でもね?平気だった!!オイラは爺様の事が大好きだったんだ!爺様はオイラの誇りだ!!だから一人でずっと生きてきた!………でもさぁ…知っちゃった…知っちゃったんだ…笑って探索する迷宮を……誰かと一緒にいる心強さを…そして自分の命を捨ててでも他の命を守ろうとした本当の英雄を!!」
ポコが震える声で言葉を紡ぐ。
「……知っちゃったんだよぉ…だから…ワガママは言わないから…オイラといると…ルイは他の奴に笑われちゃうかも知れないけど…この先も…ほんとうに…たまにでいいからオイラと一緒に……」
ポコは苦笑いをして琉偉に必死に嘆願した。
「……」
同じ痛みを知るファーランは、声を殺して涙をながす。
「…おい!ポコ…!!」
ポコの話を琉偉は止めた。
「ちょっと一緒に来い!!」
「えっ?ルイ?ちょっと…!!」
琉偉はポコの細い腕を強引に掴み、ギルドのロビーに続く通路を抜けて冒険者で溢れかえるロビー出る。
『……おい!出てきたぞ!!どっちが『龍殺し』の冒険者だ?アイツらが迷宮の覇者か??……ってかガキだぞ!それに1人は『モグラのポコ』じゃねーか!!クソ!やっぱりガセじゃねーか!』
1人の冒険者が大声で叫ぶ。
「ル…ルイ??どうしたのぉ?何するんだよ!…オイラどうすれば…」
沢山の冒険者に狼狽えるポコが不安そうに声を上げる。
「…スゥーーッ……『お前らぁ!!聞けぇーーーーーーッッ!!』」
最大声量の琉偉の言葉に全ての冒険者が2人を凝視する。
「俺は琉偉だ!!この迷宮で冒険者をやってる!今日、俺達はこの迷宮の最下層で守護龍ってヤツを倒し、黄昏の水晶石を手に入れた!水晶石を換金して聖金貨20枚を手に入れた!コレが証拠だ!!」
琉偉は、沢山の冒険者達に向かって聖金貨の詰まった袋を見せた。
『は?…何ィィィィーー!?聖金貨20枚だと!!はぁ?そんな金額聞いたことねーぞ!…何者だ?』
『凄いな!!本物の龍殺しか!!』
『だが、あんな奴知らないぞ!それにしても…若すぎるだろ?人族じゃねーのか?』
『いや…いくらなんでも…聖金貨20枚って…信じられん…』
数多の冒険者が驚き、唖然とする中琉偉が更に言葉を発する。
「…うるせぇーー静かにしろ!!!……」
再び琉偉が大声で叫び、冒険者達は静まり返る。
「迷宮の守護龍に勝てたのも、最下層に行けたのも全部1人の冒険者のおかげだ!!!…そいつがいなければ…俺はきっと死んでた…」
『びくっ』とポコは跳ねるように琉偉を見た。
「俺は…今日…冒険者になって初めてこの迷宮に潜った……ランクはGランクだ!証拠だ!」
琉偉はギルドカードを冒険者に見せつけた。
『……こいつは驚いた!!本当にGランク…駆け出しの小僧だ!』
『一体どうなってんだ?あの黒髪が守護龍を仕留めたんじゃねーのか?』
『分かったぞ!!ものスゲぇ用心棒を雇って最下層を制覇したって事だろ?』
『なんだよ…貴族様のお遊びか?』
『お遊びだろうが偉業だろ!!守護龍だぞ!?』
冒険者達は混乱しながら疑問と憶測を口にした。
「…その冒険者は良く笑う奴だったんだ…最初に会った時…笑いながら俺を助けてくれると言ったんだ…何も知らない奴をだ…」
ポコは顔を上げて目の前の沢山の冒険者に語りかけるように話す琉偉の横顔を見上げた。
「…そして、そいつは言ったんだ!この迷宮の地図全てを記憶してるから任せろと!!」
『………』
「それから俺は、何一つ危ない目に遭わず、順調にそいつの案内で最下層まで辿り着いたんだ!!」
琉偉のなげかける様な言葉に全ての冒険者達は引き込まれその声に聴き入る。
「俺が…最下層の龍に殺されそうになった時、その攻撃を防ぎ守ってくれた…ここは自分が守る…逃げろと…今日、初めて知り合っただけの俺を…そいつは…自分の命を必死に燃やして守ってくれたんだ…」
「そして最後も、俺はその冒険者に魔法で守られ、龍にトドメを刺せたんだ!」
「「「…………」」」
琉偉の声は次第に冒険者の心の響いた。
「途中そいつは疲れた俺を気遣い、回復薬を分けてくれた…高価な物じゃないから気にするなって言ってくれたんだ…でも、俺は知らなかった…そいつが毎日、毎日、生きる為に迷宮に潜ってたことを…地図を見なくても…あの広い迷宮を歩き回れるほど潜っていた事をだ!!」
「…ルイ……」
ポコは琉偉の言葉に輝きにも等しい光をみた。
「俺と、その冒険者との最初の約束は今日の俺の稼ぎの半分だ!山分けを約束したんだ…でもな?そいつは金貨をもらってすぐ報酬は要らないって言った……そいつの報酬は半分の聖金貨10枚だ…そいつは…金よりも俺とまた迷宮に潜りたいって言ったんだ…」
既に、冒険者達は誰一人として言葉を発しなかった…
「それを聞いた時、俺はスゲー悔しかったんだ…こんな優しい奴が…こんなに仲間思いの奴が…今までずっと…ずっと1人でいた事がだ!!!」
「俺はもっと早くにそいつと出会いたかった!!そう思わせてくれる冒険者だ!!」
「金よりも命よりも一緒に冒険がしたいって言ったんだ!………俺は、誰がなんと言おうとその男が『本物の冒険者』だと思う!!」
何人かの冒険者が涙を流す。
ポコは溢れる泪をぬぐいもせず、ルイを見上げ、見つめる。
琉偉は、大声で冒険者達に声を通す。
「だから!…皆んなに頼みがあるんだ!!真実を伝えて欲しい。今回の事で俺の冒険者としての功績が認められるのなら1人の冒険者にその名誉と功績の全てを贈りたい!!」
琉偉は大声で冒険者達に願いを口にした。
『……つまりは『龍殺し』の称号はその冒険者にって事か??』
琉偉の近くに居た冒険者が琉偉に問う。
「あぁ!!だが…そんな称号じゃない!もっとピッタリな称号がある!そいつは土の精霊の血を引いてる…龍の攻撃も効かない鉄壁の…真の『英雄』だ!」
琉偉がポコを見る。
泪を流し続けるポコも琉偉を見つめる。
琉偉とびっきりの笑顔を見せて右手をポコに出す。
「俺をパーティに入れてくれないか??…英雄『土龍』のポコ!!」
琉偉はポコに正式にパーティ参加の許可を申し出た。
『ポコだとぉ!?あの赤髪の冒険者か?』
『ほう…龍の攻撃が効かないとは…本当に英雄だな!』
『『土龍』のポコかぁ…スゲーな…英雄の誕生に俺は居合わせたのか?』
『あいつ…今まで強さを隠してたのか??チクショーッ…カッコイイじゃねーか!!『土龍』のポコぉ!!』
『…クソ…いい話じゃねぇーか!クソ…』
『俺も…俺もパーティに入れてもらえないかな…』
『おお!スゲーぞ!!『土龍』の英雄!!』
冒険者達は英雄ノリが大好きだった。
そして迷宮を制覇した2人の熱い物語に冒険者魂をくすぐられた冒険者達が割れんばかりの拍手喝采と賞賛の嵐を巻き起こす。
「…なぁ?どうなんだよ?『土龍のポコ』!答えを聞かせてくれよ!?俺をパーティ…いや、『家族』にしてくれんのか?」
琉偉は最高の笑顔でポコに問う。
「ルイ………うんっ…し…しょうがないなぁ…ルイは迷宮の事なんも知らないからオイラは心配なんだ!!………だから…オイラの…オ…オイラの家族に…………オイラ…本当は寂しかったんだ…ありがとうルイ…本当にありがとう…」
軽口を叩き後半は大泣きして琉偉の暖たかく優しい手を小さな両手でポコは強く握りしめた。
「あぁ…俺たちは今日から『家族』で命を預けるパーティだ!!これからも『ずっと』よろしくな!ポコぉ!」
「…うんっ…よろしく…ルイ!!」
永く、孤独と戦ったポコに今日、待ち望んだ『家族』が出来た。
そこに後ろから静かに話を聞いていたファーランが近づいてくる。
「あの…ルイ様…」
「今のファーランには色々人生が選べるんだぞ!?金貨を払った後はファーランは自由だ!何をしても誰も文句は言わない!!金貨の返金は要らないし、もちろん支度金も出せる!心配はいらない!」
琉偉は寂しそうにするファーランに今後の生き方を選ばせる。
「…わかりました。私は…ルイ様の従者を所望します。よろしいですか?」
悲しそうな顔でファーランは琉偉を金色の眼差しで見つめる。
「で…ファーランの本音は?」
琉偉は分かってるかの様に、白い歯を見せ笑い、ファーランの心に問う。
「……私…わ……私も…ルイ様達の『家族』に加えて欲しいです!!!」
ファーランは透き通る様な白い頬を真っ赤にさせて琉偉に『絆』を求めた。
「ファーラン…意地悪してごめんな…でも、俺はファーランの意思を…ファーランの口から聞きたかったんだ!」
琉偉はファーランに謝罪をしてまた、笑みを溢した。
「これからもよろしくなッ!ファーラン!」
ファーランは潤ませた瞳を琉偉に向けモジモジしていた。
「あのぉ…私にも『ずっと』と…」
ファーランは、最終奥義『上目づかい』を使いこなす。
その時、琉偉はファーランの腰に手を回して『グゥっと』抱き寄せ耳元で囁く。
「改めて…これからも『ずっと』一緒にいような!ファーラン!」
「はい……はい!!……ルイ様…!いえ…御主人様…」
「えっ?今なんて??」
琉偉は聞きなれない呼ばれ方をした。
ファーランもまた、辛く、恵まれない日々の中で、今日、新しい『家族』が出来た。
「…黙って聞いてりゃ…何が『家族』だ!…ガキンチョのお遊びかぁ??」
と。そこに待ったをかける声がロビーに響く。