『黄昏の迷宮』と『赤髪の少年』
黄昏の迷宮入り口付近に、琉偉は立っていた。
人伝に黄昏の迷宮の入口を教えて貰いようやくたどり着いた。
「ここかぁ…なんか…スケールがデカいな!!ん?人が結構いるな…」
山の斜面を切り崩した様な入口を越え、石で出来ている門をくぐり大理石で出来ているフロアを進むと中には沢山の冒険者達の喧騒とホテルの受付の様な作りの場所、そして少し奥に頑丈な柵で囲まれた大きな穴が開いていてその中に冒険者らしき人が入っていくのを琉偉は見た。
「あそこか!よし!!行くか!」
琉偉はその大きな穴に向かい、そのまま入ろうとして衛兵に止められた。
「ちょっと…ちょっと!!」
全身鎧の鉄仮面の男に腕を掴まれる琉偉。
「なに!?こっちは急いでるんだけど…!」
「いや…急いでるって言ったって…こっちも仕事なんだ!…カードを見せてくれ!」
衛兵は琉偉にうんざりしながら言う。
(ヤバイ…入るのに何か資格みたいのがあるのか??…どうする…)
衛兵の言葉に琉偉は焦りながら時を止めた。
「えっと…あ…か…カードね?あぁ…悪りぃ!忘れてた…忘れてた!いやぁ…それがさぁ〜この前無くしちゃっんだよね…だから、その…悪いんだけど今日の所は見逃してくれよ兄弟!頼むよ!!」
琉偉は動揺しつつも頭を下げ、掌を合わせて調子良く衛兵に言った。
「…はあ?なんだ?ギルドカードを無くしたのか?じゃあ受付で再発行してもらえよ!ギルドカードを確認したいとここは通せないぞ!」
「いや…今、急いでて身分証とかも忘れて持ってないんだよ!」
琉偉は必死に食い下がる。
「身分証??え?もしかして…貴族様ですか??」
衛兵がこちらを見定めるように琉偉に聞いてくる。
「いや…貴族じゃなが…何とか頼むよ!!急いでんだよ!!マジで!」
琉偉はだんだんイラつきながら衛兵に頼み込む。
「なんだよ!!ビビらせんなよ!変わった格好してるから貴族様かと思ったぞ!だが、カードの所有してない者はここから先はダメだ!!そう言う決まりだ!」
衛兵は安堵しながら琉偉に対応し己の仕事をまっとうする。
(クソ!こうなったら、コイツをぶっ飛ばしてでも…)
と、琉偉が浅はかな考えをしたその時。
「…だけど…そこのロビーの奥の冒険者ギルドの受付でカードを貰えば通してやるぞ!…ちなみに登録も無料で再発行も、身分証なんてものは要らないはずだぞ兄弟!」
衛兵がいい声で親切に教えてくれる。
「えっ?そうなの??…って早く言えよ!!又すぐ来るから!ありがとな!」
「ああ!」
琉偉は顔の見えない鉄仮面の男に軽くツッコミをいれ、笑顔で感謝を告げ受付に走り出す。
(…変な奴だな…なんつーか…不思議な奴だな…)
受付に走り出す黒髪の青年の背中を、鉄仮面の衛兵は姿が見えなくなるまで見つめていた。
「お待たせ致しました…次の方どうぞ」
受付の、物静かそうな女性が順番待ちをしている琉偉を呼ぶ。
「本日はどの様なご用件でしょうか?」
「あの…ギルドカードってヤツを作りたいんだけど、お願いできるか??」
琉偉は、少し緊張しながら受付の女性に尋ねる。
「はい。新規様ですね、ではギルドカード発行の為、こちらの『黒精石』でマナを読み取り登録を行います。」
受付嬢から渡されたのは黒い『野球ボール』程の石だった。
「えっと…これに触るだけで終わりなの??」
琉偉は黒い石と受付嬢の顔を交互に見ながら、興味深く聞く。
「はい…その石に登録者様のマナを記憶させて、登録完了となります。」
「へぇーっ…そんな簡単なんだ!!」
あまりの速さに琉偉はニッコリと受付嬢に声を発する。
「それと、迷宮探索にはいくつかルールがあります、その御説明を今からしますので、それが終わり次第終了となります。」
受付嬢は無難にテキパキと仕事をこなす。
「そっか!わかった。なるべく早く頼む!」
早く迷宮に行きたい琉偉は迅速な対応を受付嬢に促す。
「承知致たしました…それでは、1番重要な項目になりますのでお聞き逃しのないようお願いします。」
「おう!しっかり記憶するぜ!」
「1つ。迷宮内での争い、冒険者同士の私闘、争いを禁止します。」
「2つ。迷宮上層階での、極大クラスの魔法を禁止します。」
「3つ。魔物のドロップした魔石、魔核はギルド以外に譲渡もしくは売却する事を禁止します。」
「4つ。故意的な、魔物のなすり付け行為、『死の行進』を禁止します。」
「以上4つが最も重要な、禁止事項です。禁止事項を犯せば、重い罰則が発生しますのでご注意をしてください。」
「この他にも細かい説明もありますが、お急ぎの様子なので次回にでもまた、お聴き下さい。」
(1つめ以外は良く分からなかったが…問題なしだ!)
(早くファーランの所にいかねぇーとな!)
「オッケー!ありがとう!助かるよ!」
琉偉は目尻を下げ、目の前の受付嬢に感謝を告げた。
「はい…では、こちらがギルドカードになります、新規の発行なのでランクは一番下のGランクとなります。」
そう言って受付嬢は名刺サイズの金属製のプレートを琉偉に渡す。
「そのカードは所有者本人のマナを流すと同調して光ります。身分を証明するの事にも使えますので、覚えていて下さい。」
そう淡々と話す受付嬢に向かって、琉偉はある事を思う。
「えっと…今更なんだけど…俺の名前とかは必要なかったのか??」
琉偉は一度も自分の名前を聞かれなかった事に不思議に思い、物静かな受付嬢に質問をした。
「?…はい…マナの情報は嘘はつけませんし、御名前もその時に登録しましたよ?ルイ殿」
「……スゲーな!!」
心の声が全面に出てしまった琉偉がカードをまじまじと注視する。
(コッチの魔法技術って俺が居た世界よりもハイテクかも知んないな……つーかなんだこの文字…何語だよ!)
手に持つギルドカードの見知らぬ文字を見て琉偉は少し戸惑。
「一度、確認の為にカードにマナを流して下さい。」
受付嬢はニッコリ微笑みながら琉偉に手続きの最終確認を促す。
(魔法の鞄と同じ要領か?よし…やってみるか…)
魔法の鞄でマナの感覚を覚えた琉偉は、己の右手に持つカードにマナ流す。
するとカードは淡い金色に光った。
「!!!…えっ?…なんで?…………うそぉ!!!」
受付嬢は、今までの対応が台無しになるぐらい動揺してカードと琉偉を大きな瞳で見つめていた。
「本当に光る!スゲーな!じゃあこれで終わりだな??行っていいんだな??」
受付嬢に登録の終わりを確認する琉偉。
「………はっ…はい。い…以上で手続きは完了です…」
変わらず、動揺しながら受付嬢は答える。
「急して悪かったな!説明ありがとう!また何か困ったら聴きに来るかも知んないから、そん時はまた、よろしくな!…それじゃ!」
「あっ…はい。?」
そう言って様子のおかしい物静かそうな受付嬢の元を後にして、迷宮入り口の衛兵の所に駆け寄る琉偉。
「よぉ!兄弟!これで俺も中に入れんのか??」
手にしたカードを鉄仮面の衛兵に意気揚々と見せる。
「…おう!早かったな!大丈夫だ!…よし!確認した!気をつけて稼せいで来いよ!危ない目にあったら、一目散に逃げんだぞ!何より命が一番だ…命に勝る宝はない…覚えたか?兄弟!」
顔は鉄仮面で見えないが、いい声で衛兵が琉偉に冒険者の心得を教授する。
「おう!そうするよ!ありがとな!」
そう言って琉偉は巨大な穴の階段を走って降りて行った。
「……兄弟か…懐かしい呼び名だな…無理して死ぬなよ兄弟…」
誰にも聞こえない程の声で、鉄仮面の衛兵は小さく呟やいた。
黄昏の迷宮内上層部、高低差約20メートル程ある長い大階段を降り、大きな広間に辿り着いた、周りにはチラホラと何人かの冒険者の集団がいる中で琉偉は周りを見渡した。
「マジか…想像してたより全然広いな…まずいな…これじゃファーランを探すのは苦労しそうだな…だけど、早くファーランを助けないとな!取り敢えず1番下まで行けば良いのか?」
「…ねぇ…ねぇ…そこの黒髪のおにーさん!」
広間の大きさに少し不安になりながらも、やるべき事を復唱し確認する琉偉に後ろから誰が話し掛けてきた。
琉偉が振り返るとそこには身長120センチ程の身体に黒い皮製の粗末なローブに、それに不釣り合いに輝く胸当をしている体の小さな、目のまん丸でぱっちりした、赤い髪の男の子が琉偉を深い紅い瞳で見上げ立っていた。
「お?なんだ?」
「おにーさんは救出系の依頼か何かでこの迷宮に居るの??」
赤髪の子供は淡々と琉偉に言葉をかける。
「あ?…おう!そんな感じの事を今からやろうとしてるが…どうした??ってか……お前…迷子か??てか親は?」
赤髪の子供の発した『依頼』と、言う聞き慣れない単語に琉偉は、少し動揺して答え、目の前の幼さに少し心配した。
「し…失礼な!オイラは迷っても無ければ…子供でもないよぉ!!オイラは正真正銘のBランクの冒険者だよぉ!!」
少し怒った様にギルドカードを紅く光らせ琉偉に見せドヤ顔で宣った。
「おぉ…すまん!そりゃー悪かったな!見くびった!…で、なんか用か?…俺こう見えても急いでんだよ!」
琉偉は軽く謝罪して急いでる事を小さな冒険者に伝えた。
「了解了解!じゃあ、要件は…目的地までの護衛をオイラにやらせてよぉ!報酬は今日の稼ぎの3割でどう??」
赤髪の子供…もとい、冒険者は口早に琉偉にそう言って3本の小さな指を琉偉に突き出した。
「何?手伝ってくれんのか??だったら頼むよ!!」
迷宮の大きさに困っていた琉偉はすぐさま話に乗る。
「本当ぉ!?話が早くて助かるよぉ!オイラは土竜の『ポコ』…よろしくぅ!!おにぃさんはなんて名前?」
ポコと名乗る赤髪の冒険者は、子供の様に大喜びしながら琉偉に名前を尋ねてきた。
「どりゅー??なんか…カッコいいな!俺は琉偉だ!今さっき冒険者になったばっかりだ!!よろしくな!」
土竜と言う響きに感銘を受けつつ琉偉は自己紹介をした。
「鎧もローブも装備していないからもしかして…って思ってたけど、やっぱり…新人冒険者だったんだぁ!」
ポコは琉偉の全身隈なく見て新人冒険者と辺りを付けていたらしい。
「だけど…安心してよぉ!オイラは迷宮案内を得意として、この迷宮の護衛兼、道案内を仕事にしてるんだぁ!!」
ポコは小さい胸を張って自慢げに琉偉に話を続ける。
「オイラは、こう見えても下層までの地図を頭に入れてんだ!すごいだろぉ?」
更にのってきたポコは腰に手を当て、胸を張ってドヤ顔をする。
「お…おう!そりゃー心強いな!!じゃあ、宜しく頼むよ!行こうぜ!ポコ!!」
満面の笑みでポコの小さく暖かい
傷まみれの手と握手する琉偉。
「ねぇ?…ところで、さっきブツブツ言ってたの聞こえたけど誰かを助けに行くの?最初は上層で魔物を倒して経験値を積むってのがセオリーなんだけど…」
先を歩くポコが後ろを振り返り、琉偉に尋ねる。
「おう!知り合いがここの、最下層ってトコを目指してこの迷宮に居るはずなんだが、全然場所が分からなくて困ってたんだ!」
ポコに平然と琉偉はやるべき事を告げる。
「えっ??最下層って…冗談でしょ?この迷宮の難易度は…上から3つ目のAランクだよ??」
琉偉に、再度依頼の確認をするポコ。
「最下層から無事に一人で帰還するだけでも凄い事なのに…新人冒険者には絶対に無理だよぉ!…その依頼は断われないの??」
ポコは慌てて、琉偉に事の危険さを伝える。
「いや、危なかろぉーが新人だろうが、何が何でも行かなくちゃいけねぇーんだ!!頼むよポコ!」
琉偉が真剣にポコに、使命なんだと声を少し熱くさせ、伝える。
「…何か…事情があるみたいだね……分かったよぉ!オイラから声を掛けたんだ!!付き合うよぉ!!」
琉偉の強く真っ直ぐな黒い瞳を、紅い瞳で見つめたポコは、琉偉に力強く告げる。
「だけど…最初の約束の3割じゃ割に合わないから、半分半分の山分けで手を打つよぉ!!どうだい??」
ポコは、商売人の顔を出してニッコリと微笑みながら琉偉に、報酬の変更を願い出る。
「おう!約束だ!やってやろうぜ!成せば成るだ!ポコ!」
「うん!!」
ポコと琉偉は、子供と大人程の拳をガッチリ合わせた。
「じゃあ、とにかく急ごう!最下層までの道は分かるのか?ポコ?」
はやる気持ちを落ち着かせポコに問う。
「うん!オイラ自体は最下層は降りた事ないけど最下層に通じる場所までなら行った事がある!だから信用して!最短ルートで行くよぉ!」
「分かった!頼りにしてる!俺はポコを信じるぜ!」
2人の冒険者は最下層に向けて走り出した。
程なくしてポコはある事に気付く。
(おかしいな…ルイと一緒に迷宮を降り出して1時間程経つけど…まだ一度も魔物と遭遇していない…変だ…もうすぐ中層なのに…全く気配すらない?)
ポコは、普段はウンザリする程、魔物と遭遇するのに今日は一度も魔物の姿を見ていない事を不安に思っていた。
「なぁ!?ポコ!本当にここに魔物っているのか??普通にただのデカい洞窟って感じだな!つぅーか裸足はきついな…」
警戒心が薄れて軽口を叩く琉偉。
「…オイラも…こんなの初めてだ…気をつけよう!今日の迷宮はいつもとは違う気がする…」
思考し、困惑しながらポコが不安を乗せて答える。
そこから2人は慎重かつ順調に迷宮をつき進んで行く。
(ありえない…もうすぐ下層に入るってのに小鬼1匹見ていない…絶対におかしい…)
ポコは幼く見えるがもう5年以上この迷宮に潜り冒険者として数々の経験をして来た。
だが、今日みたいな日は初めてだった…。
「あと、1時間もしない内に下層に入るよ!この先に休憩には丁度いい広さの洞穴があるから、そこで一旦装備と体力の回復をはかろう!」
ポコが提案する。
「そうだな…俺も喉カラカラだし…少し休んで行こう!」
ポコの提案に琉偉は乗る。
程なくして、琉偉は人が20人は入れる洞穴の前に辿り着いた。
「ココが休憩最後のポイントだよ!少し体を休めよう!」
ポコが案内した洞穴の中にはランタンの光と思しきわずがな光に照らされ、2人は平な岩に腰を下ろした。
「ほら!ルイ!これあげるよぉ!あと、はい!お水!」
ポコが自分の肩に掛けている鞄をゴソゴソとあさって小さい透明なガラス容器に入っている青い液体を琉偉に渡そうとした。
不思議そうにその液体を見る琉偉。
「ん?これなんだ?薬?」
「えっ?ルイは魔法薬知らないの?…それは『ポーション』って回復薬だよ!」
「ポーション?魔法の栄養剤かなんかか?」
ポコからポーションと水の入った革製の水袋を受け取り珍しそうに琉偉は観察した。
「でも…いいのか?これお前のだろ?」
「いいよぉ!オイラの分もあるし、すごく高価な物でも無いからね!今はそ…その…『仲間』なんだから…気にしないでよぉ!」
そう言ってポコは、もう一つ鞄から回復薬を出して、それを一気に飲み干した。
「そっか!ありがとうな!じゃあ、遠慮なく頂くよ!」
琉偉もポコと同じようにポーションを飲み干す。
「おぉーっこれ激甘だな!ハチミツみたいな味だなぁ!糖分が疲れた体にしみてくる!」
琉偉はすぐに体の変化に気付く。
「ん?なんだ?体がスゲー軽くなって今までの疲れが吹き飛んだ!!」
「ん?ルイは本当にポーション飲んだこと無いのぉ?」
この世界で一般的なポーションを珍らしそうに飲み大袈裟なリアクションの琉偉を見て、ポコは不思議に思いその紅い瞳で琉偉を見る。
「ああ…俺が前いた所にはこんなに効く栄養剤は無かった!すげーな!」
「ルイってカッコもそうだけど、この国の人間じゃ無いでしょ??出身はどこなの??」
Tシャツ短パン姿の琉偉を見てポコは問う。
「ん〜っ…信じないかも知んないけど、実はな…俺ってこの世界の人間じゃ無いっぽいんだよ」
「へ?」
ポコが突然の言葉に琉偉の目をジッと見る。
「って…意味わかんないよな!別にポコを馬鹿にしてんじゃなくて、俺自身も全然今の状況について分からない事だらけなんだ!…だから、うまく説明出来ないんだ…悪りぃな!」
ポコは瞬きをせず…琉偉を大きく丸い紅く綺麗な瞳で見つめていた。
「……ルイ…ルイってもしかして…『勇者』だったりする??」
「は?勇者ってあの勇者?」
唐突なポコの言葉にゲームか漫画でしか知らない勇者のイメージを頭に浮かべた。
「いや…多分違うよ!俺…むしろ勇者に倒される悪役な気がするな!」
それが現世で反社会勢力に加担していた琉偉の自己評価であった。
「……オイラの故郷に、古くからの言い伝えがあるんだ…」
ポコはゆっくりと思い出したかの様に語り出す。
「世界が悲劇と悲しみに包まれた時、別の世界から勇者がこの世界に召喚されるって爺様が言ってたんだぁ…
勇者は人外の強さで闇を斬る光の剣なんだってさ」
ポコは、瞳を震わせこの世界に伝わる伝承を語った。
「ん〜っ…まぁ!俺が勇者じゃないって事だけは確かだな!」
琉偉は笑いながらポコ言った。
「…プッ…だよねぇ…オイラもなんかそう思う!」
そして…吹き出した様にポコも笑った。
「よし、休息もとったし、いこぉーか!ルイ!」
ポコが琉偉に休憩の終わりを促し立ち上がる。
「よっしゃ!行こうぜ!!」
琉偉も立ち上がり2人は目的地、最下層に向けて洞穴を後にした。
そこから更に1時間程の時間が経った。
やはり迷宮の魔物は姿を見せない。
「ルイ…ココが最下層の入口だよ!!」
「ようやくかぁ〜疲れたなぁ…」
ポコが琉偉に声をかけ、小さな指を指す。
そこには、石のトンネルのような穴が奥深続いていた。
「オイラはこっから先は行った事がないけど、このまま一本道の筈だよぉ!気を引き締めて行くよぉ!」
「じゃあ、このトンネルの先にファーランがいるのか…??」
真っ暗なトンネルを見つめて琉偉が決意する。
「おう!行こう!」
「うん!警戒を怠らないでね!!ルイ!」
2人は未知の領域に足を踏み入れた。
15分程進んで行くと何が爆発する衝撃を琉偉は感じた。
「この先に何かいるよ!ルイ…気をつけて!」
ポコの余裕の無い声が洞窟に響く。
気を張り2人は注意深く先に進んだ。
そして先に気づいたのはポコだった。
「!!!!!えっ?なんで!?…ヤバイよ!!ルイ…この先に多分…守護龍がいる!!」
ポコには見えてしまった。
蒼く輝く禍々しいマナを放つ龍が祭壇の前で大暴れしていた。
「守護龍ってなんだ!?ってかこの爆音ってそいつの仕業か?………!!!!!」
ポコに問う琉偉だったが、30メートル程進んだその先に琉偉も祭壇と守護龍を見つけ足を止め、祭壇の前の道に両足を太ももから無くし鮮血の水溜りに沈む金髪の冒険者が倒れているのを琉偉は眼を見開いて確認した。
「おい!ルイ!ダメだ…逃げよう!」
ポコが走り出そうとする琉偉のシャツを掴む。
「離せ!ポコ!あそこに倒れてるのが俺が助けたかった奴だ!!!だから、俺は逃げれねぇ!ポコは来た道を戻れ!!俺に付き合う必要はねぇ!」
「で…でも!!」
「俺は行く!!悪りぃなポコ!!報酬の約束は守れないかもしんねぇー!!ここまでありがとな!本当に助かった!ポコ!」
ポコの手を振り解き琉偉は走り去る。
「ルイ…」
琉偉を止められず、その場にとどまるポコ。
「ファぁーラァーーーン!!」
琉偉の叫び声に反応した蒼く禍々しい龍は琉偉に向けてその大きな口を開け衝撃波を打つ。
琉偉に向けて放たれる衝撃波を何度もギリギリで躱す琉偉は全速力でファーランの元に駆け寄る。
血溜に膝をつきファーランを抱き寄せ、すかさず岩陰に身を隠す。
「おい!ファーラン!!」
(…まだ暖かい!ファーランの心臓は動いてる!!)
確かな鼓動と生ある者の温もりを琉偉は感じた。
「おい!!ファーラン!起きろ!生きてるよな?!!返事しろぉ!!」
ファーランを揺さぶり琉偉が大声をあげる。
「……っ…えっ?ゆ…め?」
ファーランはゆっくりと、まぶたを開けて目の前の漆黒の瞳を見た。
「!!!ル…ルイ…様?…どお…してこんな所に…くっ…」
弱々しくファーランは声を振り絞る。
「どうしてって…ファーランを助けに来たに決まってんだろ!勝手に俺を助けて勝手に死ぬな!!絶対死ぬな!!意地でも生きろ!!」
ファーランはその言葉を聞き、金色に輝く瞳から一筋の泪を流した。
そしてゆっくりとまぶたを再び閉じファーランは意識を失った。
その時。
『ドーーーーーーーンッッ!!』轟音が鳴り響いた。
蒼い龍が続け様に琉偉とファーランが隠れる岩陰に向けて衝撃波を放った。
1度目の衝撃波で岩が爆砕し2発目を刹那の差で躱すファーランを抱いた琉偉……だが、琉偉は分かってしまった…次は躱せない…そう頭の中でけたたましい警鐘が鳴り響く。
(くっそぉーーーー)
『ドォーーーンッッ!!』
だが、ファーランを守り抱き込む様に屈む琉偉の後ろに突如、大きな岩の壁が出現した。
「今だよ!!その子を連れて早く逃げて!!」
それはポコだった…
大声で琉偉に退却の声を上げる。
ポコの魔法が龍の放った衝撃波を間一髪防いだのだ。
「はやくしろぉぉぉーーーっ!!」
ポコが大声で叫ぶ。
「助かった!ポコぉ!……わかった!!」
琉偉は、足を失い子供の様な軽さのファーランを抱き上げトンネルに向かい全速力で走る。
龍が見えなくなるところまで走った琉偉はポコが来ない事に気付いた。
ファーランを見つめる。
「…クソ!…悪りぃファーラン…もう少し待っててくれるか?」
意識はなく、血の気の引いたファーランを岩陰に隠し、自分のシャツを脱ぎ引き裂てファーランの両足の太ももに巻きつけ縛って止血した。
「ファーラン…絶対に死ぬなよ…」
琉偉はまた、祭壇に向かって走り出した。一振の白い短剣を片手に。
(ヤバイ!!防御魔法が破られる…もう、ルイは逃げたかな?…オイラが見ず知らずの奴を逃す為にこんな事やるなんて…自分でも驚きだなぁ…でも、最後ぐらい誰かを助けたら向こうで待ってる父様と、母様はオイラを褒めてくれるかな?それに…あの約束も…)
ポコは額に汗をかき、走馬灯の様に今までの記憶が頭の中を猛スピードで浮かんできた。
(ルイかぁ…不思議な奴だったなぁ…いい奴だったなぁ…楽しかったなぁ…もっと早く逢いたかったな…)
『ビキ…ビキビキ…』
岩の壁に無数のヒビが入るか。
終わりだ…ポコは命を諦め、不思議な新人冒険者を思い出し、少しだけ微笑んだ。
だが、その時。
「おぉーーーーーーっ!!!ポぉーコぉーーーーっ!!」
琉偉が大声量で叫ぶ。
ポコは見た、そこには上半身は裸で右手に純白の短剣を持った琉偉の姿があった。
「ルイぃ!!!なんで…なんで戻ってきたんだ!!…オイラは逃げろと…言ったぞぉ!!!」
ポコが叫ぶ。
「…バカヤロー…俺はなぁ…カッコつけるのは好きだが、カッコつけられるのは嫌いなんだよ!…ポコ!」
最初はしかめっ面で、その後は笑って琉偉は、命を賭け護ってくれた赤髪の冒険者に軽口を叩く。
それを見てポコの口元が緩む。
「ははっ!カッコ付けに来たってんならルイにはとっておきの秘策があるんだろーね??」
身体のマナを振り絞り汗を流すポコが琉偉に笑い、問う。
「あぁ…多分な!!」
「多分かよぉ〜!!」
ちょっとだけ不安になるポコ。
「ポコ!あの龍の近くに行ける方法ってあるか??」
琉偉が口早に問う。
「オイラは…転送魔法や空間魔法は使えないけど…土魔法に『保護魔法』って魔法がある!」
「れぶろん??」
「うん!保護魔法は発動すると数秒の間、大地の加護を纏い物理攻撃以外は効かない!!」
「おお!さすがだぜ!ポコ!」
「厄介なのは龍の口から出す衝撃波だ!!」
「衝撃波はブレス攻撃…風魔法だ!!」
ポコが賭けに出る。
「………オイラはルイに賭けるよぉ!!」
ポコが小さい拳を琉偉に向かい突き出す。
「おう!任せろ!ポコ!」
白い歯を見せて拳を合わせるポコと琉偉。
「もう…防御魔法も限界だ…やるよ!ルイ!」
そう言うと、ポコは詠唱を始める。
《大地の神ガイアよ…我は精霊ノームの血を引く者也。》
《森羅万象聖威なる神よ…我に今一度力を!!》
《レブロン》!!
紅い光が琉偉に向かって流れ出す。
「時間はもって30秒程だよ!その間に仕留めないとオイラ達は終わりだ!」
ポコが額に玉の汗をかいて琉偉に言う。
「それと全ての魔法は無効化できるけど、単純な力による物理的攻撃は防げない!頭に入れといて!!」
「おう!わかった!やるぞぉ!ポコ!」
『ガッシャーーーン!!』
その時、ポコの魔法防御壁が吹き飛んだ。
その音が合図の様に、琉偉の身体に紅い光が琉偉を包む。
琉偉は走った…全速力で。
白く輝く抜き身の短剣を手に。
ポコは走り去る琉偉の背中を、紅眼をいっぱに開いて、見つめていた。
そして、昔に聞いた精霊達の『神話』を思い出す。
それは、勇者の御伽噺ではなかった。
世界を創造した神様と龍の神話だった。
その物語の中で登場した神様と龍の争いを止めた人物を思い出していた。
懐かしき声が響く…
『其の者は、漆黒の黒髪に漆黒の黒眼の青年、真白で美しく全てを斬ってしまう神から授けられし剣を持ち背中に龍の紋章を刻みし異国の龍騎士』
それは全ての始まりの神話だった。
ポコは、琉偉の背中に大きく彫られた龍の『刺青』を瞬き一つせず大きく見開いた紅眼をさらに大きくし、食い入るように見続けていた。
「うぉーーーーーッッ!!」
爆音、爆風渦巻く祭壇の道を全速力で走る琉偉。
琉偉はある事を思い出していた。
宿屋の店主を殴った時の事だ。
(多分あのクソヤローをぶん殴った時の力がマナだ!!それを剣にも纏わせる事が出来たらあの龍を殺れるか!?)
琉偉は、己の中にあるマナを右手の短剣に注ぐ。
感覚は魔法の鞄とギルドカードと同じ要領だった。
龍との間は5メートル強。
(行けるか……!?)
その時、龍が反転しその太く長い尾を叩きつけてきた。
(ヤバイ!!)
琉偉は頭の中で2度目の警鐘を聞き、焦った。
だが、その太く長い尾は琉偉には当たる事はなかった。
後ろから放たれた岩の氷柱のような物が龍の尾に当たり軌道がそれ、間一髪、琉偉は回避出来た。
「ナイスアシストぉ!!ポコぉ!!」
後ろで膝をつき、苦しそうに笑みをこぼしているポコに琉偉が叫ぶ。
「いっけぇーーーー!!ルイ!!」
力を振り絞りポコが叫ぶ。
「うぅぉぉぉーーーーーーーっ!!」
「こんのぉ…デカクソトカゲ!!いっぺん死んどけぇーーっ!!!!!」
あり得ない跳躍を見せる琉偉が頭の上に構えた短剣を振り下げる。
(クソっ!射程が足んねぇ……)
その時、短剣の刀身が伸びて白金色に発光し、龍を頭から真っ二つに切り裂いた。
龍は一瞬で光の粒子となり琉偉に吸収される。
「おおおおお!!ルイ!!すごぉぉぉーいぃ!!」
ポコが興奮し、驚きと称賛を口にする。
龍を撃破した琉偉はポコの元に駆け寄った。
「よし!!コッチは大丈夫だな!ポコ!悪りぃ…さっきのポーションもう無いか!?」
琉偉はポコに尋ねる。
「まだあんなら…分けてくれないか!?ファーランの血を止めないと!!ファーランが死んじまう!!頼む!!」
琉偉は焦ってポコに願い出る。
「…ポーションはあるけど…さっきの子の傷は…重傷だ…オイラのポーションなんかじゃ…役に立たないよ…ごめんよ…」
下を向き申し訳なさそうなポコ。
「で…でも、最下層の…それも伝説の守護龍を倒したんだ!もしかしたら『最上級回復薬』や、可能性は低いけど、それを上回る伝説の『神薬』がこの階にドロップしてる可能性もある!」
「…そうか………!!!?」
希望はあるとポコは俯く琉偉に声をかける。
「え?ポコ!?『神薬』で助けられるのか!!!?」
琉偉は驚きポコに問う。
「う…うん!『神薬』は本当に貴重な物だけど、その力は本物だよ!グズグズしてられない!早く探しに行こう!!」
「いや…ポコ…!『神薬』って奴なら俺、持ってる!!」
琉偉はポコにそう言った。
「えっ??本当に!?だって…神薬ってそれ一つでお屋敷を買えるくらい高価で貴重なんだよ…?」
「…なぁ!?ポコ!!その神薬があればファーランは助かるんだな!?」
「う…うん!!その可能性は高いよ!でも…ど…どこで手に入れたのぉ!!?」
興奮して驚くポコ。
「ひとまずその話のはあとだ!!先にファーランの所に行こう!ポコ!」
「う…うん!ごめん!行こう!」
2人はファーランの元に走った。
琉偉がファーランに駆け寄り一緒に置いた魔法の鞄に手を突っ込み神薬を出す。
(頼む!出てきてくれ!!…掴んだ!!!)
琉偉が取り出したのは小さなガラスの容器に入った血のような真っ赤な液体だった。
「赤い魔法薬……本で見たのと一緒だ…本当に持ってる……!?それに…その鞄って…」
ポコは呆然と、開いた口が塞げないないぐらい驚いてた。
「話はあとだ!!これどうすればいい??ポコ!」
琉偉は焦りポコに問う。
「う…うん!まず両足に少しずつかけて!あと頭にも傷を負ってるから頭にも掛けて!最後に口に流し込むんだ!!」
ポコは動揺しながら琉偉に答えた。
琉偉が神薬の入った容器の蓋を開けファーランの太ももの切断面に液体を少しずつ掛けると、すぐに変化は現れた。
「…っておい!!どうなってんだ!足生えてきたぞ!!てか、もう治ってるよ!こんな事ありえるのか??」
エリクサーの効果はビックリするぐらい抜群だった。
「す…すごい!本物だ!!!」
ポコも、信じられない物を見て驚愕していた。
「あ…あと、頭にかけんだろ?」
琉偉は少し動揺しつつ、ファーランの頭にも少量の神薬を掛けた。
すると今度は頭から真っ白の兎の耳が生えてきた。
「ファーランは兎だったのか??」
琉偉は驚ろいて、ファーランを見つめた。
「あとは、飲ませるだけだが、まだ…気を失ってるぞ!?どうすればいい?ポコ!?」
「口移し、しかないよ!ルイが口に含んで飲ませてあげて!!」
(いいのか?こんな状態だから仕方ないか!!…ファーランも分かってくれるだろ!よし…いただきます!)
琉偉は神薬を口に含みファーランに飲ませた…ゆっくりと…琉偉の命を分け与えるように…
数分後、ファーランは目を覚した。
金色の瞳が最初に見たのは心配そうに話しかけてくる琉偉の汚れて、ボロボロで、傷だらけの顔だった。
「ファーラン!俺が分かるか??どこか痛い所はないか??無理しないで言ってくれ!」
「ルイ様…どうやってこんな所まで…えっ?あ…足が!?え?…どうして!?」
ファーランは自分の身体を確認して驚愕した、吹き飛ばされたはずの足が元どおりに治っており、更には迷宮の底にいるはずのない琉偉がいたからだ。
「まぁ、何とか助かったって事だ!なっ!ポコ!」
「ちゃんと後でオイラにも話してよぉ!?ルイ!」
琉偉とポコは笑いあった。
「あの…ルイ様…この最下層に居たあの龍はどうなったのですか??」
ファーランは状況が掴めず、さらには吹き飛んだ足が何もなかったかのように元に戻ってる事の答えを聞けず、困惑して琉偉に問う。
「あぁ…あのデカいトカゲは挨拶の仕方が気に食わなかったからちゃんと躾といた!だから気にすんな!なぁ?ポコ!」
「…はははっ!…うん!そうだねッ!」
冗談っぽく琉偉は傷だらけの顔で、ポコに同意を求め、唖然とするファーランに笑いかけた。
目を点にしたファーランはそのあと…笑っていた。
『クスクス』と、金色に輝く瞳から溢れる泪を止めず、暖かい気持ちで笑った。
ファーランはこの時、生まれて初めて『幸せの泪』を流した。
そしてこの後程なくして3人は無事に黄昏の迷宮の上層に立っていた。