冷え性
闇の中、光の粉が波のように、時には花火のように駆け回る。右肩には粘り気のある気怠さが纏わりついており、足元には何やら冷たい視線を感じる。そんな感覚に浸っていると、フッと意識が手元に戻ってきた。あゝ俺は今目が覚めたのか。瞼の裏にチラつく光の粉や硬いベッドで寝た後にやってくる体のダルさ、掛け布団から放り出された足の冷たさ。どれをとっても気分が悪く、そしていつも通りの在り来たりな起床だ。
あいつがまた何処かへ行こうとする。
もう何処へも行くべきじゃない。俺がそんな考えを襖の開いた押入れの中から口にしたところで、そいつの耳には入らない。
冷たい風が往来し、足元に広がる色味のない落ち葉達がそれに合わせて舞う。陽射しはない。曇天だ。曇天と、それを見上げる私の視線とを年老いた木々の腕が遮っている。木々はその皺だらけの腕を伸ばしながら、風の往来に合わせ、活力なく体を揺らす。コントラストを落としたような色味のない林の中で、私はただ何も考えず、空を見上げ、ただ立っている。あゝ今日は誰とも会わないんだろう。そう、押入れの方から声が聞こえたような気がした。
水圧の弱い古びたシャワーによって、徐々に頭も身体も目が覚めはじめた。髭を剃る。俺は髭剃りが嫌いだ。特に冬は。肌が枯れ、五枚の歯に抗う力がない。今日もまた、負けてしまった。曇った光に照らされ、湿気に塗れた鏡と見合わせて頰に軟膏を塗る。俺は髭剃りが嫌いだ。
冬の朝の重たい空気を読まず、塗装の剥げかけた黒い携帯電話が口を開く。
こんな時間から誰だろう。きっとあいつに違いない。手についた軟膏を履いているジャージで拭いながら、押入れの方に目をやる。無駄に長いコールが止んだ。着信履歴を確認し、やはりそうかとため息をつく。着信音は無機質な方がいい。諦めがつくから。