ACT3 憤怒のミノタウロス
着々とマップを攻略していき、いよいよ本命も本命、ボスモンスターの扉の前に来た。マップごとに小ボスが存在するのだが、今回のボスは以前のヴィーナスの順序から言えば、最初の街から行けるマップの中で一番強い敵である。死ぬということは無いがあまりにも操作がヘタクソだと、延々と殴られ続けることもあるような振りに多少の規則性のある初心者にとっての強敵だ。
道中で拾い集めた水晶石を扉の両横にはめて、ゴゴゴ……と、重厚な音と共に扉が開かれていくのを待った。ちょっとばかりドキドキとする。
「――グルルルルルッ!ギャオー!!!!!!」
「オゥ……すっげえ叫び声……」
「"憤怒のミノタウロス"、ここまでは元とおおよそおんなじだな」
「動き方次第だよな~パソコンと違って俺らがマトモに動けねえからな……」
「VRは体力の著しい低下を感じるな」
「それ(笑)」
大きな唸り声を上げ、大きな斧を片手に石でできた台座の中央でフーッフーッと鼻息を荒くさせている牛。体長は180と少しの俺よりも、もう1メートル高いぐらいである。
憤怒のミノタウロス、とは一応ヴィーナスでボスとしては最初に出てくるミノタウロスの名称だ。ちなみに他に、赤鎧のミノタウロス、巨剛のミノタウロスと後に登場するほどに、どんどんデカくなっていく。
「さーて、タゲは明らかに俺なわけだけど」
「先に周りに居るゴブリンを片付けるから、上手いこと頼んだ」
「白状だよな~!」
体格的にはヒロシの方がぜってータゲじゃん!と喚くケンセイはさておき、鞘に収めていた剣を抜く。
初期に貰った片手剣。安心と安全の片手剣である。盾は無いが。
憤怒のミノタウロスさえ討伐すれば新しい剣を村長から貰える筈なんだが、効率よくいかないと、体力的に、そう体力的にキツい相手だ。
考えてもみて欲しい。普段から俺はこんな上段で何かを振り回すことなんてしない。
職場である居酒屋にあるのなんて、ダンボールに、酒瓶。振り回していればとんだスラムである。
ここが正念場だな~!とケンセイも片手剣を抜いて、構えをとる。
さすが初期武器だけにずいぶんと鈍い光を放っている。初期装備としか見えない淡い色の布地も、少し薄汚れてきているおかげですっかり様になっている姿がなんだか凛々しくて、少年漫画の主人公っぽくて、それだけなのになんだがそういうアニメを見ているような気分になってしまった。
「俺には村で待ってるやつが居る……」
「あそこから動かねえだけだけどな」
「将来を約束し……温かな未来が」
「腹を殴られ身体があつくなる未来か……」
「オイッ!台無しだろー!」
「勝手な妄想しちゃあ、アカネが可哀想だろーがよ」
くっくと笑えば、ケンセイは得意げに笑った。
ブラウンの瞳を見つめ返し、俺も口角を上げ、腰を落とす。
「転けるなよ、ケンセイ?」
「そん時はすかさず起こしてくれよな……ッ!」
俺とケンセイは同時に走り出した。
まず先に捉えたのは頭に冠をつけたゴブリンだ。個体も普通のゴブリンより、一回りほど大きく、特徴としてはラッパを持っている。
一見、かわいい。そうこいつはかわいいのである。
ヴィーナスのゴブリン事体結構かわいい作りをしているので、冠にラッパなんてオプションまでついてみろ。女性人気が高くぬいぐるみまで販売されているぐらいだ。
そしてこのゴブリン、名前をゴブリンリーダーと言う。
基本的には群れてわらわらと好き勝手に走りよって石で殴ったり刃物で刺そうとしてきたりと、近接攻撃をしかけてくるゴブリンであるが、こいつは違う。戦うことはしない。けれど放っておくと仲間を次々と召喚するのだ。
『パーパラパ~』
陽気な踊りも加えて、今のラッパだけで2体増えました。ケンセイが睨んできているのがわかります。すいません。
「っ、と、」
周りに集るゴブリン達の攻撃をかわし、ゴブリンリーダーを上段から斜めに裂く。2、3度と繰り返すとギャウウ!と声を上げて、HPがなくなったらしいゴブリンリーダーが粒子となり消滅した。
ゴブリンリーダーはかわいい見た目な上に、召喚することしかできないので、倒す際は結構心が痛む。VRでのリアルな描写故に、申し訳ない気持ちも高いが、ミノタウロスにあっちだこっちだと振り回されているケンセイのことを思えば、これ以上時間をかけるわけにもいかない。
頭部を破壊すると一発で死ぬので、順序よく1,2、3と倒していく。そろそろ腕も疲れてきたが(実際に筋肉痛になっているわけではないが、3時間ほどプレイしているとこうもなる)最後の1体迷いなく振り抜いた。
「ケンセイ!」
「待ーってましたぁ!っとぉ!」
「グオオオオオオ!!!!」
――――ガキィン!
振りかぶったミノタウロスの斧をケンセイが両手で握った片手剣で受け止める。ネトゲの頃じゃあ食らう一方で、受け止めるなんてことはできなかった。しかしながらVRの世界なら、武器のSTR値、またVITの値が低すぎなければそれが可能なのである。
しかしながらミノタウロスのSTR値はそれなりに高かったらしく、すぐに武器の耐久度に響いたらしくやべ、あんまもたねえわこれ!とのケンセイの声に、後ろから左太ももへの斬撃をお見舞いしてやる。
するとミノタウロスは悲鳴のような叫び声を上げて、グルリと俺に鼻息荒く向き直った。
「すっげー迫力だな……っお、わっ……! ヤベ、」
「ほーらこっちだって!」
「グルルウウウウウ!!!!!!!!」
次は迷わずケンセイがミノタウロスの右腕を斬りつけ、なんだかもう大変申し訳無い。
よってたかってイジめている現状にもう何も、何もいうことができないし良心も大変痛んでいるが、
「ヒロシ!右腕から!」
「おーよ!」
ザッと俺からも右腕を斬りつける。ミノタウロスは斧を取り落とし、左手に持ち替えて振りかぶるか、すかさずケンセイが腕に攻撃を加え――
「悪いな」
「グォオオオオ………」
俺が胴体に刀身を半分ほど突き刺すと、ミノタウロスは粒子になって消えていった。
インベントリを開き、ミノタウロスのドロップアイテムを確認していると、ミッションクリアと表示され、報酬にポッと2つ宝箱が落ちてきた。
ジャンケンでどちらを開くか決め、せーので開けると、俺の方の宝箱に入っていたのは、茶色い革の手袋だった。
「ミカムが昔ここで落としたとされる手袋。ラッキーボーイであった彼の奇跡がここに集約されている。……つまるところ装備時異性にたいへんモテる」
「いやいやいや!申し訳程度の記述としてもモテるはおかしいだろ!」
「そういうお前はどうなんだよ」
「憤怒の飾り 怒りの面 これを被ればあなたもすぐに怒りの表情に はいパーティグーーーッズ!」
怒った牛の面を見ながら、ケンセイが声高らかに言い放った。
「まあいいじゃねえか、ほら、アカネだって牛好きかもしれねえし」
「俺聞いたの。好きな食べ物ある?って。そしたら菜食主義って……」
「相反するな……」
まあ元気出せよ、と言いながら、茶色い手袋を装備する。一見どちらも外見に対するグッズなのだが、ステータス表示は存在せず、スロットが二個開いているようだ。
他にインベントリの荷物で良いものが無いか一通り物色してから、俺とケンセイは村へと戻った。
「おつかれさんじゃった。これでもう、村への脅威あるまい。王都を目指すなら、丘をまっすぐ進んでいくとよいぞ。まあ、気楽にな。いつでも帰ってくるといい。それと、これはささやかながら報酬の剣じゃ。役に立つと思うぞ、大事にな」
と、まあ村長からグレードアップした剣を頂いて、クエスト完了報酬のEXPでレベルが10になった。
「ん~……っと、さて、今日は一回落ちるか」
スタートダッシュこそ遅かったが、ギミックやら何やらやり尽くしている自分達のダンジョン内での動きはなかなかに早かったので、10に達する速度としては上々といったところである。
ぐっと両手を上にあげてのびをしながら、ケンセイを見ると、そうだな~とゲーム内であるのに大きなくびを零していた。
「まあ進んだほうか」
「身体がなあ、あんまり長くもできねえし、明日も仕事だしな」
「だな~じゃあ今日は解散ってことで。どうせまたイン時間被るだろ、そん時は一緒にやろうぜ」
そう言ったケンセイは、システムを操作してログアウトボタンを――、
「あれログアウトボタンがねえ」
「……ハ? ……落ち着いていこう。ステイ、ステイだ。大丈夫か?もう一度確認して」
いやいやと首を振る。申し訳ないが俺のシステム画面にはと画面を引き出して、ありありと表示されているログアウトボタンを押そうとするとその手をがしりと掴まれた。
「だーってねえもん。俺のには!こりゃあれだな……とにかく気づいたうちにレベリングしといた方がいいやつだな……」
「はぁ?」
間抜けな面でケンセイの言い分に呆けた声を返すと、光るような笑顔で微笑まれる。
「よしヒロシ体力尽きるまでやるぞ」
「もう尽きてるが」
「よしやるぞ!」
「もう尽きてるっつってんだろ!お前、手袋根に持ってんな!」
「それがあれば俺はアカネを落とせるかもしれねえだろ頼む交換して」
「帰属アイテムだからな~」
「はい連行」
「あーっとお前ポータル入るんじゃねえよ!なげえだろ!次の街まで!おい!コラ!ケンセイ!!」
――結果、完徹でした。
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