ACT2 剣の振り方
瞼を開けると、――そこにはにぎやかな町が広がっていた。
「……すげえ」
まだ虚ろぐ視界の中、目が覚めた、との印象を反映させた少しだけぼやけた視界であたりを見回す。石畳の合間を縫って、草が生えていたり、芝生が広がっていたり。はたまた、2階建ての建物からは木枠に囲われた窓から家のすぐ隣に生えた木へとロープがぶら下がっている。シーツが干されているのだ、と理解すると同時に、窓からひょっこりと現れた気の良さそうな奥さんが、くるくると器用にシーツを巻き取っていった。
今までであれば、見逃していたような街並み、いや規模で言えば、町と言うのが正しいだろうここには、俺の周囲にだけで50人は居た。
12時ちょうどに接続を開始した、剣士志望のキャクター達である。我先に、と走るよりも、ヴィーナスの古参だろうプレイヤーは、とにかくこの町並みに心を奪われていたのだ。
「……涙ちょちょ切れそう」
俺の隣の男が呟いた台詞に、深く共感した。
現実世界にはないひだまりのようなファンタジー特有の色合い、それに、ここは今までプレイしたことのない、全くの知らない町、ではないのである。
実はこの町、ヴィーナスをやり込んでいる奴には大変見覚えがあったのだ。
「アンばあさん、動いてる、よたよたってほら、動いてる……」
「ポチもだらしない顔で餌を待ってんな」
「そうそう、その顔につられて、クエ報酬のニンジンとかあげちゃうんだよな。そしたらポチが唸って」
「本来やるべき餌のミケのドッグフードが手に入るのは次の次の町だからな、変なもんをやると腹を壊して怒る」
「な! 噛みつかれて5ダメ。ここで瀕死状態だと死んじまったりして!」
ぱあっと顔を明るくさせて話す男に、俺はおかしげに笑い返した。
「さすがに死んじまったことはねえがな」
「俺ってばドジだからなーあ」
茶目っけのある笑顔で後ろ髪をかく男に、お互いずいぶんと楽しんでたみたいで、と言葉を付け加える。
「犬に噛まれて死ぬアンラッキーボーイ、その金髪、ケンセイか。久しぶりだな」
「存じてくれてるところありがたいが、俺は知らねえぞ? そんな、乙女ゲームのキャラみたいな作り込みの男。っつうかそのキャラ、あれだろ。クーラルデンだろ?つうか中身は男っぽいが……男で乙女ゲーのキャラってねえよ、なあ?」
……あるんだなそれが。
堂々と世の中の男性の言葉を代弁してくれたケンセイは、首をかしげながら俺に女かと暗に尋ねるが、俺は首を横に振った。真ん中から右へ寄せた前髪がなびいてうざい。
「ヒロシだ、覚えてねえのか?白状なやつだな」
「えっヒロシ!?ぶあっはっは!!!!ヒロシ!確かに喋り方、それに最初に剣士を選ぶところに身長はヒロシだよな!ヒロシだ!ぜんっぜんキャラちげーけど!あれどこいったんだよ、作る気のない貰い物装飾デフォルトキャラ!」
「笑いすぎだろ」
途端に指を指して笑い始めた金髪のキャラに、呆れ顔である。
ケンセイとは同じ剣士職として時折一緒に大型PTで戦ったり、PVPをして遊んだり、情報交換をしたりと、ギルドこそ違えど、長い間仲良くしていた。オフラインイベントでも会ったことがあるだけに、ヤベー!ギャップ!と笑い転げているケンセイの胸ぐらを掴み寄せる。
「こえーって!はいわかった、さてはシスコン!妹ちゃんに頼まれたんだろ!」
「…………、」
見事に言い当てられてぐうの音も出ない。
言葉に詰まった俺に得意げな笑みを浮かべたケンセイは、さてそろそろ、俺達だけみたいだし? とはじまりの場所からの移動を提案した。
ケンセイと共に、まずは頭の上に!マークが出ている老人と話した。
頭上の!マークとは、クエストを持っているNPCのアイコンで、はじめは決まってそう、一人だけ。このベジュード村の村長、ミカムだ。
2等身かと不思議に思うほどに、その背は低く、こじんまりとした小人のような印象を受ける。
しかしその実、この初老は世界を救う英雄の一人だったのだという。
元々は巨大な剣を携えた大男だったのが、呪いを受け、寿命が大幅に伸びた代わりにこの身体にされてしまった、という裏話がある。……とはいえ、この話を知っているのは、ヴィーナスのメインストーリーを辿っていた人間だけなので、今こうしてケンセイと話をウンウンと聞きながら、依頼を受ける、……筈、なのだが。
「しかしお主ら、剣の振り方も知らぬだろう。持ってはいるようだが、一度、アカネから習っておきなさい」
→剣の振り方 クエストを受注しますか?
「おお……確かになんもわかんねえよな」
「いつもみてえにシステムが先導するチュートリアルもなかったし、そういうことなんだろうな」
ミカムの提案に頷いて、いつものように、村の困りごと・探しモノクエスト をされかけたところで、チュートリアルにあたる内容が始まった。
腐ってもここはVR、フルダイブ機能の世界である。
今までのようにキーボードを操作して、マウスで剣を振って、というようにはいかない。
スキルだってそうだ。数字をタイプするのではなく、念じて、発動の構えの動作に入らなければならない。
クエスト受注のボタンを押し、アカネってどんな人なんだろうなーと話していると、俺とケンセイは現れた美女に度肝を抜かれた。
「あーら、アンタたちが剣士志願ってとこかしら? 最初に剣を選ぶあたりは評価が高いわね」
未だかつてこんなに自信満々に話すポニーテールを見たことがあっただろうか。
中華服に両の脛の部分だけスリットが入っている。抑えめのくらい朱をベースにグラデーションがかっており、袖は白く、派手すぎない金色の太めのラインが肘より先で折り返されている。
くびれは簡易版コルセットできゅっと締められ、控えめな胸が存在を主張していた。帯刀する為のベルトがコルセットと同体になっており、それがまるで銃を持つメイドのように、ギャップをそそる。
意志の強そうな赤い瞳も、黒髪のポニーテールも。
クイッと上げられた顎からは人の感情のようなものが伝わってきて、う、と言葉に詰まった。
「……ちょっと、固まっちゃってなによ?」
アカネはむう、と口を尖らせる。その唇は桜色で、どちらかといえば厚みは薄いが触れたくなる質感をしている。
「う、わー……………」
ケンセイが額を抑えた。初期に有無を選択できる、額当ての上を手で覆うが、隠れきっていない頬が少しばかり赤かった。
「……美女すぎ」
「はあ?」
「可愛すぎ」
「な、なに、」
「なあ……なんでこんなかわいいの? ……タイプなんだけど」
「う、うるさいわよ!!!!」
「おぶっ!!!」
困ったようにぽつりと零したケンセイは、アカネから思い切りのいいみぞおちパンチをくらったのだった。
その後プンスコと怒られながらも素振りを教えてもらい、他にも戦闘に必要な基本的な動作をアカネから学んだ。
聞けばアカネはミカムの弟子の一人なのだという。娘と言われたらどうしようかと思った。
ケンセイは迷いなくLIMEのIDを聞いていたが、そいつはLIMEなんてやってねえと思う。
もしやってても絶対アイコンは昼寝してるネコだろうな。
「しっかしVRってむっずかしーのな。俺、ぜんぜん当てられる気がしねえよ」
そう言いながらゴブリンの首を掴み、容赦なく裂いていく姿には昇天し魂になったゴブリンもびっくりだろう。
無邪気な言葉を並べつつ、その手は止まることはない。
数回ほど進めたクエストのスキル習得を兼ねた戦闘も手慣れてきたものだ。
「剣士なら、よく剣道とかやってるといいって聞くけどな」
「えー何やってた?」
「サッカー」
「アハハ!俺も!」
「知ってるっつうの、一緒にフットサル行ったろ」
そういやそうだった、とケンセイはレバーを引いてギミックを解除していく。
俺は移動をしつつ、ゴブリンを倒しては通り道に転がる木箱をスキルを使い、脚で蹴りつけとどんどん壊していき、アイテムを拾っていった。
システムがリアルよりスポーツ系に近いのか、箱を壊しさえすれば、アイテムは粒子状になって回収が可能だ。
これが農業系だ、ハンター系だのゲームになると、狩り取ったりの行為が必要になるのでつくづく良かったと思う。
ヴィーナスで最終的にグランドクエストとして出現するのはドラゴンだ。
そんなもん一生かかっても狩り取れねえだろうな……。
そういうのが好きなやつには天国かもしれねえが。