ACT1 王子様爆誕
「王子様って……こんな感じでいいのか?」
目下、俺こと森山広志はゲームのキャラクターを前に悪銭苦闘していた。
現実の容姿である182cmが予定する王子様像にピッタリと当てはまっていたおかげで、身体については弄る必要が無かったのがせめてもの救いである。しかしながら、この顔。そもそもゲームで作成する顔というのは、基本的に左右均等にバランスの取れた美形だ。……それを俺のような三白眼の男が、ああだこうだと弄くり回すのは悪あがきをしているようで悲しくなってくる。
「……結構うまくできてんじゃあねえかとは思うんだけどな」
カーソルを右に左にと引っ張りながら、髪の跳ねを調整していく。
手本にしている、王子様の理想像ことアインツ・クーラルデン王子は赤銅色の髪をしている。品良く言えば、レッドブラウン、競馬にでも出てきたなら強さと速さを兼ね備えていそうな馬の色だ。ぱっちりとした二重ながら、目元は少し下がり、意志を感じさせる強い眉毛。いわゆる、キリ眉タレ目という美形になせる荒業で、その端正な顔立ちに花を添えていた。
前の髪の毛は目の真ん中から右を横断するように鼻まで伸ばさなきゃならない。加えて襟足は少し長く、結うことができるくらいだ。これ前見えんのか?つうかこの尻尾みたいなチョロ毛いんのか? との疑問が浮かぶが、この男にしたって好きでこんな髪型をしているわけではないのだろうと、俺は同情の念を抱くことにした。
肌は象牙のように白く、透き通っている。設定上、クーラルデンは騎士団に顔を出し副団長として副団長としても研鑽しているらしいが、こんなに白い肌を保てるってことは、地下で訓練しているのだろうか。と、思わずにはいられなかったが、こちらも黙っておこう。
できあがったアバターをくるくると回して確認してから、大きく伸びをして、タブレット端末をテーブルの上に置いた。電子時計を見れば時刻は18時、キャラクター作成を始めたのが15時だったので、俺は3時間も美形の顔と格闘していたことになる。
見つめすぎて見飽きたなという想いを胸に抱きつつ、キッチンへと向かった。
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「今日もおいひい~! お兄ちゃんの料理は絶品!」
「そりゃ良かった」
ハムスターのようにモグモグと咀嚼する女子高生を前に、ついつい頬が緩む。
お茶碗を片手に、やれ小松菜を大根をとかき込んでいく姿は作った方としても大変嬉しい。妹は揚げと水菜の入った味噌汁をぐっと飲み干し、ご馳走様でしたと箸を置き、きらきらとした笑顔でおいしかったよ! と再び口にした。これはダメだ、可愛い。
「何回も言わなくても聞こえてるぞ」
「何回も言いたいだけなの」
「相変わらず返しがうまいな」
ふふんと得意気に笑う妹のなんたる可愛さか。エンジェルリングを纏った黒のサラサラのロングヘアも、小顔な顔に存在を示すぷっくりとした紅い唇、ぱっちりとした二重にそれこそ、本物の象牙のような白もち肌。名前は森山紗良と言う。サラ、実に美しいネーミングだ。親に死ぬほど感謝した。ここまで妹の過度な紹介が続いているが白状しよう、俺は自他共に認めるシスコンなのだ。
呆れたような顔を作り、なんとかはしたなくニヤけそうになる顔を誤魔化して、俺と妹は食器類を仲良く片付けてから、リビングのテーブルに戻り、昼間に格闘していた端末を取り出した。
「わ! できたの!?」
「一応な。お前の納得がいく出来かチェックしてくれ」
「するする! きゃあ私のクーラルデン様……!!」
両手をゴマすりするかのような形で合わせ、クーラルデンを覗き込み、俺がしていたようにタップしてその風貌を確認している。一通り見た後に、ばっと顔を上げた紗良は、ダメ!と、顔面、とくに目元をズームして言った。
「クーラルデン様はこの、髪に隠れた右目に泣きぼくろがあるの!小さいんだけど……」
それぶっちゃけゴミかなんかじゃねえのか。
と、絵師の消し忘れを懸念したくなるような見本の点に、すまんと口で謝った。悲しそうな声で言うので、一応重要なポイントらしい。紗良のことは産まれてから一緒に居る時間も長いし、よくよくわかっているつもりだが、趣向までは把握仕切れない。しかも移ろいやすい。この間まで何度目になるかもわからない、戦国ものの乙女ゲームの坂本龍馬がかっこいいと言っていたのに、今やファンタジー世界の王子様だ。共通して言えるのは、どちらも後ろにチョロ毛のような申し訳程度のポニーテールがあることだけだ。
「これでいいか?」
「うん!うん! あとは完璧だよ!」
すごいお兄ちゃん!と言われると、やってよかったなと安直に嬉しくなった。
VRMMOがゲームの最先端を駆け抜ける昨今、数々のタイトルが実装される中、満を持して発表されたのがこの、The Venus Online VRというゲームである。
元々はパソコンでプレイできる基本無料オンラインゲームだったのだが、その人気ゆえに多くのオフラインイベントが開かれ、グッズ化、フィギュア化、コミック化にアニメ化とプレイヤーに沿った内容は国内外で評価が高かった。けれど最近はアップデートの動きが無かったなと思えば、未だにパソコンの平面でゲームを続ける亡者をたたっ斬るかのように、オンラインゲームでのサービスを終了しVRに乗り込んできたのだ。
既存ユーザーは勿論VRに流れることとなる。
うだうだとハードが高いだと文句は言えど、皆待ち望んでいたのだ。
The Venus Online、通称、ヴィーナスがこちらにやってくるのを。
キャラクターの作り込み、高いグラフィック性、衣服のバリエーションが豊富である、等いくつもの特徴があるヴィーナスだが、今回のVR化により、これまで戦闘職しかなかったシステムに生産職というものが誕生した。スキルツリーは公式の発表では今までと同様に、レベルアップによって得られるポイントを振って、一定の段階で新たなスキルが解放される。というものだ。それが戦闘職用、生産職用の2つを個人で所有することとなった。つまりは、他のゲームにありがちな全体共通スキルとしてのスキルポイントではなく、戦闘も生産も両方を楽しむことができるのだ。
無論戦闘をメインに行っていれば、そちらのポイントばかりが上がるし、生産をメインに行っていれば、職人のように卓越した知識を蓄えることとなるだろう。
けれどここで重要なのは、全員に平等にその機会がある、ということである。
後戻りも可能なリセットの機能もついており、パソコンからやって来たオンラインゲーマーは肩の荷を降ろした。やっぱりヴィーナスはヴィーナスだった、と。
そこにあるなら全部を楽しまないと! とはヴィーナスで有名なネットアイドルが語った言葉であるが、運営がこうして積極的にすべてのコンテンツを皆に楽しんで欲しい、と考えているところが俺も長らくヴィーナスのプレイヤーである所以だ。
ところで、話が長くなってしまったが、ここまでが一応公開されている情報である。
ヴィーナスのリリースは明日0時、要するに今日の夜までがアバター作成期間で、日付を越えた瞬間に本格的なサービスが開始する。
キャラクター作成はアカウントを繋いだ端末で行えるので、わくわくと紗良も自分のキャラクターを作って楽みに待っているようだ。どんなキャラなのか見せてくれないのが悲しいが、特にこだわりのない俺は紗良にこのキャラで作って! とお願いされたキャラで黙々とプレイすることにしたのだった。
性格までは知らないが、そこまでは何も言わんだろう。というか、ゲーム内で会えるかどうかもあやしい。インスタンス形式を取りやめ、フィールド形式だとも聞いている。最初に選択した戦闘職によって始まる街も違うらしいしな。
「楽しみだねーお兄ちゃん!」
「そうだな」
「他にも色んなイケメンキャラ居るといいなー!」
やけに楽しみにしてると思ったら、お前の狙いはそれか……。
確かに俺みたいなキャラが居るのだったら、乙女ゲーのキャラが居てもおかしくはないだろうが、このゲーム、VR化したに伴って、体格の違和感をなくすために男は男、女は女におおよそ固定される。身長と体重を近づければ、逆の性別でも可能らしいが、そうなると始めのキャラクターがヘッドギアを付けリアル寄りに算出されるので、結構キャラメイクが面倒臭い。
風呂から上がり、テレビを見る紗良の髪を乾かして、コーヒーを飲みながら時間が経つのを二人で待った。