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双対への序の章



第七話 双対への序の章



暗い室内。

人が滅多に来ない、工場のようなその場所に数人の人影が立っていた。

一人は見張りの為、外の入り口を徘徊し、残りの者達はその場所で集まり、話し合っている。

そして、彼らの直ぐ側に地面に横たわる一人の少女、縄で両腕を縛られた妼峰アゲハの姿があった。


「ぅ……っ……」


妼峰の意識が次第に蘇ってくる。

クラクラとした頭に、ぼやける視界。

校内を歩いていたとき、背後から布のようなものを当てられ、何かを嗅がされた。

そこから意識が落ちるまで数秒と掛からなかった。

思うように力が入らない妼峰は瞳だけを動かし、見知らぬ場所であることを確認しつつ、周囲にいる者達が誰なのか確かめようとする。

だが、その時。

工場内の入り口に、また新たな人影が現われた。

その場にいた者達が頭を下げる中、その者はゆっくりとした足取りで妼峰に近づいてくる。


そして、離れていた距離から、近づいて来た。



「!?」



次の瞬間。

妼峰の瞳は見開き、彼女の顔は驚愕を表情に染められる事となる……。




◆ ◆ ◆




雪先がそこに通りかかったのはほんの偶然の事だった。

以前からある部活に依頼していたものを受け取りに行った帰り道。喧嘩だの何だの、という騒ぎが視線の先、教室前の廊下で起きていた。

本当に、ただそれだけのことだった。そう、一人の男子から出た言葉によって、雪先の心は大きく騒つくまでは―――



雪先は駆け足で他の生徒達たちの集まりを突き抜け、押し切り、火鷹の目の前で暴れるようとしていた男の胸ぐらを掴み上げる。

突然のことに男は一瞬呆然となるも直ぐに怒りを込み上がらせる。だが、それよりも先に雪先の叫びがその怒りを抑えつけた。


「どういうことよ!! 魔法部を潰しにって、何で貴方がそんな事を知ってるのよッ!!」

「ッなっ、はな」

「いいから、答えなさいよッ!!」


眼前で向けられる怒りの言葉は圧を生む。

雪先の威圧に怖じけついた男だったが、以前とその口を割ろうとはしなかった。歯ぎしりと共に、拳に力を込める雪先は声を荒げ、手を振り上げようとしかけた。

だが、そんな時だった。


「クゥン!!」


火鷹の側にいたヴァルス。

子狐の容姿を持つフラルが男に対し、鳴き声を上げた。

端から見るそれは何ら犬と変わらない鳴き声に聞こえるかもしれない。だが、その持ち主たる主人にとって、その声を同時に新たな疑問を生み出した。


「おい……お前、どういことだ」

「はっ……なに、いって」

「いいから…答えろよ」


今まで全くの抵抗を見せなかった火鷹がゆっくりと姿勢を持ち直す。

そして、目の前にいる男に対し、眉間を寄せた険しい表情を向け、その言葉を問いかけた。



「何でお前の体から、妼峰の匂いがするのかって聞いてんだよ!!」



その言葉は、決定的に男の状況を不利に追い込む。

周囲にいる生徒達の視線が、さっきまでの火鷹と入れ替わるように男へと注がれる。数秒と掛からないうちに、男に対する味方は完全に誰一人としていなくなっていた。

今まで感じたことのない、多くの疑いの視線に怯え始める男は、大声を上げることすら出来ず、ただ黙り込んでしまう。

しかし、そんな男を更に追い詰めるように、妼峰のクラスメートの一人。

眼鏡を掛け、弱々しい幼げな印象を残したおかっぱの少女、燈月糸未(とうつき いとみ)はオドオドとした動きでゆっくりと手を上げた。


「わ、私が読みましょうか?」


そんな彼女の頭頂部には、クルクルと自転する野球ボールほどの大きさをした藍色の四角いボックスが宙を浮いている。

それは火鷹と同様に、彼女の持つヴァルス。

そして、燈月はそのヴァルスを利用することで、ある魔術を使用する事が出来る。

それは相手の記憶を読むという、記憶干渉の魔術だ。


「数分前のビジョンしか読めないんですけど、…そ、それでもいいなら」

「や、やめっ!?」

「頼む、やってくれ」


男の言葉を上から潰し、そう頼む火鷹。

その場にいる妼峰のクラスメートたちも皆同じ気持ちだった。周囲の空気が騒がしくなり、徐々に集まりが多くなる中、燈月はコクリと頭を頷かせ、手元にヴァルスを移動させる。

そして、数人の生徒達に取り押さえられる男を見据え、ゆっくりと呼吸と魔力を意識しながら魔術を起動させた。


「………っ!!」


指定させた男とのリンクが始まると同時に記憶との干渉が起き、周囲の景色と一度切り離される。

だが、そうすることによって、燈月の視界には数分前までの男の記憶をまるで当事者でもあるかのように、見ることが出来る。


魔術を初めて数秒が経過する。

現時刻から数分前。

男のいた場所は、校舎から少し離れた所にある林が見える場所だった。

そして、そんな林の入り口へと進もうとする生徒会の面々、さらに加えてそんな彼女たちの後ろに続くように歩く魔法部部長のルトワ=エルナの姿が映った。


「…せ、生徒会の人たちは今、校舎近くの林の奥、そこに向かっていますっ」

「ッツ!!」


その言葉を聞いた直後、雪先は駆け出す。

彼女たちがそこで何をしているかなど、聞くまでもなかった。雪先は燈月に謝礼すら言えないほどに、切羽詰まった悲痛な思いで一杯だったのだ。


(ルトワっ!!)


心の中で、彼女の名を叫ぶ雪先。

間に合ってほしい! という思いを胸に、ルトワたちがいる林の奥、決闘の場へと向かっていく。



◆ ◆ ◆



慌ただしい足音を立て、離れていく雪先。

そんな彼女の後ろ姿を見つめる生徒達がいる一方で、


「おい、それでっ! 妼姫はっ」

「ち、ちょっと待ってください……今、ッ!?」


火鷹の声に驚きながらも燈月はさらに記憶を読み進める。

だが、彼女がそう言い終わろうとした次の瞬間、突然と彼女の肩は震え上がり、その顔は青ざめ、さらには開いていた唇が震え始めた。

その顔色からも分かるように、まるでその顔は見てはいけないものを見てしまったといった雰囲気を周囲にいる者達に根強く植え付ける。


「と…燈月さん?」


周りにいたクラスメートたちもまた心配した表情で燈月に声を掛けようとする。

だが、そんな彼らの言葉を待つまでもなく、彼女は震えた体を動かし男に視線を向けた。

そして、燈月は尋ねる。


「ど、どういうことなんですか……っ…」


その言葉は、その場にいた者達全員を驚愕に染めることになる。




「何で………トグマ先生がっ、妼峰さんの誘拐に手を貸してるんです、か…」




その瞬間。

その場にいた全ての生徒たちの口から、音が消えた。

突然と出されたその名前に対して―――――

誘拐、手を貸すという言葉に対して―――――

予想もしなかったその名前に対し、唯々、驚くしか出来なかったのだ。

だが、一番にその真実に驚愕の表情を浮かべていたのは他でもない、焔月火鷹だった。

何故なら、彼はそのトグマ=オエータという名に最も近い存在でもあったからだ。


トグマ=オエータ。

その名は、火鷹のクラスを受け持つ担任教師の名だった……。



◆ ◆ ◆



校舎から離れた林の奥、そこに人知れず整えられた決闘場が存在している。その場所は、学園に住む生徒達やその他、世間にも公開されていない、生徒会の者たちだけが知る秘密の場所だった。


木や雑草を除かれた、正方形に整えられた平地の決闘場。

その両端には四人の生徒会メンバーの面々に加え、そんな彼女達に反するように向かい側に立つ魔法部部長、ルトワ=エルナの姿があった。

小柄な容姿にも関わらず、怯えることなく立つ彼女はその手を強く握り締め、生徒会たちを見据える。


「よく、私たちとの決闘を覚悟しましたね、魔法部部長ルトワ=エルナ」


生徒会会長、エルティー=ワプトはそう口を開く。

優等生らしき顔立ちに加え、煌めくような金髪を持つ彼女に言葉は、どれも礼儀正しい貴族らしい言葉使いだ。


「……私が勝ったら、魔法部は」

「おい、コイツ勝つ気でいるみたいなんだけど、ははっ笑える」


だが、そんな彼女とうって変わって、そう声を上げる者がいた。

荒々しい髪をした生徒会の一人、業芽シャル。貴族とは掛け離れたような荒れた気性を見せつける彼女は舌を出し、その手に持つ長棒を肩で担ぎながらルトワを見据える。

そんな中、隣に立つエルティーは息をつきながら、視線をそんな彼女へと向け、


「口を慎みなさい、シャル」

「ッチ…」

「はぁ………魔法部部長ルトワ=エルナ、今貴方が言いかけた問いに私が答えしましょう。今回の決闘で彼女、業芽シャルに貴方が勝つことが出来たなら廃部の件はなかったことにします。ただし、貴方が彼女に負けたとするなら、その時は…」

「…わかってます」

「…なら、結構です」


了解を得たと認識した業芽は、高笑いを上げながら闘技場の定位置へと進み出す。

ルトワも同じく、手の内にかく脂汗を握り締め、歩き出す。

そして、両者が定位置に立った中、エルティー=ワプトは凜々しく声を上げる。



「それでは両者、今より部の存続を掛けた魔術戦を始めます」



その瞬間。

魔法部部長ルトワ=エルナと生徒会、業芽=シャル。魔法部存続を掛けた、魔術戦が開戦された。

その直後。エルティーの言葉が言い終わった、そこで先に動いたのは業芽の方だった。


「じゃあ、行くわよっ!!!」


駆け出すと同時に長棒を関して魔力を操作する。

彼女の魔術、その基本は魔力強化による肉弾戦を得意とする。

その事は、この学園に住む生徒なら誰もが知る情報の一つだった。そのため、地面を蹴飛ばし迫り来る業芽に対し、対戦相手は皆遠距離魔術を使用するというのがいつもの流れだった。

だが、対するルトワは以前と動こうとしない。

業芽は眉間に力を込めると同時に両足に魔力強化を施し、接近間際で高い跳躍を見せる。

そして、ルトワに対し、彼女は自身の考えを言い放つ。


「今はもう魔術の時代よ! 魔法なんて、もうこの世界には必要ないのよッ、だから! いい加減に消えやがれッ!!」


上空からの落下に合わせて、ルトワ目掛け長棒を振り下ろす。

その一撃は地面を割るほどの威力を持ち、それを回避したとしても地割れの衝撃で相手に隙が生まれる。

そこを業芽が攻め落とす、それが毎回の勝負の結末だった。

生徒会の面々は、見飽きたように雰囲気を醸し出す。

ただ一人、エルティー=ワプトを除いて……。


「……………」


ルトワの視界に映る、魔力の込められた武器。

だが、焦ることを見せない彼女は呼吸を整え、足下に青光を纏わせた魔法陣を展開させる。そうして、瞳を細めながら両腕を迫る業芽に向けて、彼女は手のひらをかざし、


「防壁魔法・デストル」


次の瞬間。

振り下ろされる長棒が突如動きを止めた。

それは、ルトワが展開させた魔法陣の壁によって起きたことであり、多大な威力が与えられていたにも関わらず、魔法陣はヒビ一つ入っていない。


「っな!?」


業芽が飛び退きながら後退する中、ルトワはかざしていた手を下ろし、真っ直ぐと彼女を睨み付けた。

自身の攻撃が防がれた、その事に舌打ちを打つ業芽。

一方で思いも寄らない展開に離れていた生徒会の者達が驚く中、


「確かに、魔法は今の時代にして思えば古くさいものです。魔術を使う者にとって、それは馬鹿にされてきたものかもしれません。でもっ…」


古の魔法と新世代の魔術には圧倒的な技術の差がある。

だが、ルトワ=エルナはそんな常識に負けることなく、魔法を使う者達の代表に立つように、言葉を告げる。



「魔法だって、まだ死んでないんです! だから、勝手な思い込みで魔法使いを舐めないで下さい!!」



そして、それは同時に双対のかたわれが生まれる切っ掛けとなる戦いであり、一つの序章への物語へと繋がっていく…。






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